やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

バリハイの島 ー バヌアツ

 7月初旬、バヌアツ出張を実施させていただきました。タイのタクシンや、フィジーのバイニマラマのバヌアツ入りと同じ時期で、ローカル新聞を読むだけでも面白かったのですが、西パプア独立運動家、銀行役員・国会議員に出世した友人・知人らからも、多くの情報を得ることができました。

<『南太平洋』バリハイの島>

 1942年、ソロモン諸島まで進行した日本軍を食い止めるべく、ニューへブリデス(現バヌアツ)に米軍10万人の基地が構築された。その中にJFケネディと1948年ピューリッツァー受賞作『南太平洋』の著者、ジェームス・ミッチェナーもいた。同小説に登場するバリハイはバヌアツ共和国のアンバエ島がモデルだ。 

 1980年に独立したバヌアツ共和国は人口約24万人。それまでは英仏の共同統治植民地であった。今でもフランコフォンとアングロフォンが混在する国である。公用語は英語、仏語とビスラマ語(現地化した英語)だが、100以上の現地語がある。

<笹川太平洋島嶼基金の事業>

 バヌアツには笹川太平洋島嶼基金が支援し、同国のみならず太平洋全域で評価されている事業が2つある。一つは南太平洋大学法学部のオンラインコース開発。もう一つは文化保護人材育成事業である。

 基金は故カミセセマラ初代フィジー首相の要請に応え、USPNetの再構築をODA案件につなげた。その次に手掛けたのがUSPNetで配信される遠隔教育コース開発の支援である。’01-‘03と’06-‘08の6年間に約3千万円を助成。法学部全ての授業をオンラインで受講できるようにした。さらに太平洋島嶼国全域の法律関連データを編集しWebにアップ。いつでも、誰でも、どこからでもアクセスできる。ちなみに、豪政府が数億円出して進めたパプアニューギニアの法律データのデジタル化事業は、CDを1枚数百ドルで販売したため、誰も利用せず失敗に終わっている。

 「太平洋考古学の父」である篠遠喜彦博士(ハワイ在住)が指揮し、文化遺跡保護人材育成事業を太平洋全域を対象に実施。’96-‘06年の11年間、基金はこの活動に対し約7千万円の助成をしている。その中でもバヌアツは、当時バヌアツ文化センター所長であったラルフ・レゲンバヌ氏の強いイニシアチブで、50名近い文化保護管理者が育った。今ではバヌアツが太平洋全体の文化活動の中心的存在となっている。レゲンバヌは昨年国会議員になり、バヌアツばかりでなく、太平洋全地域から注目される若きリーダーだ。

<「世界で一番幸せな国」はタックスへブン>

 2006年、環境NGO「地球の友」とイギリスのNew Economic Foundationの調査で、バヌアツは「世界で一番幸せな国」に選ばれた。評価指標は“Ecological efficient” で“well being”。経済動向をGDP 以外で測る試みだ。サルコジ大統領がノーベル受賞者のアルマティア・センとジョセフ・スティグリッツを招いて、2008年に委員会を設置し、経済の新たな指標作りを試みている。余興ではなく経済発展・経済開発を見直す世界的な動きである。

 バヌアツには世界的に有名なもう一つのヘブンがある。但しこちらのヘブンは 世界金融資本を相手にした租税回避地である。このヘブンでオーストラリアの年金運用等もされているが、マネーロンダリング等いかがわしいお金も寄ってくる。タックスへブン制度は旧宗主国のイギリスとフランスの置き土産であるが、島嶼経済の特徴と詳細については別の機会にご報告したい。

<バヌアツの自律性>

 伝統文化への強いアイデンティティ、世界金融資本を相手にしたビジネスは「世界一幸せな国」にどうつながるのか?加えてバヌアツは他の島嶼国に比べ、政治的に自律した動きが目立つ。

 西パプア独立運動ニューカレドニア社会主義カナック民族解放戦線 (Front de Libération Nationale Kanak Socialiste、FLNKS)を一貫して支持。フィジーの現軍事政権も支持し“メラネシア・スピアヘッド・グループ”(Melanesia Spearhead Group: MSG)の緊急サミットを開催した。MSGはバヌアツ、パプアニューギニアソロモン諸島、フィジー、そしてFLNKSのメンバーからなるサブリジョナルの動きだ。事務局もバヌアツにある。

 バヌアツの自律性は英仏(現在は英に替わって豪)2大国の影響化にあることが要因ではないか、という仮説をアネット・フォックスや永井陽之介の「小国論」を引用して締めくくろうと試みましたが、能力と時間不足で、別の機会に持ち越させていただきます。

2009.8.10 (文責:早川理恵子)