やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

「太平洋共同体」

(2009.6に書いたものです。)

「太平洋共同体」

1.「太平洋環境共同体」とは何か?

この5月に開催された「第5回太平洋島サミット」に先駆け麻生総理が「太平洋環境共同体」構想を提案した。咄嗟に昨年5月に産経『正論』に発表された笹川会長の「太平洋共同体論」が頭に浮かび、笹川会長が麻生総理にブリーフィングしたのではないか?もしくは麻生総理のブレーンが笹川会長の論文を参照したのではないか?と想像しワクワクしていた。

しかし、島サミットの関係者にインタビューしても「太平洋環境共同体」の理念や哲学らしきものが聞こえてこなかった。サミットの結果はPIFへ68億円の拠出、1500人の専門家の育成、といった、数字だけ目立つ。日本がなぜ、どのような共同体を作ろうとしているのか、と言った議論が全くなかったのではないか?

2.「太平洋共同体」25年の時間を越えて

「太平洋共同体」構想は25年以上前に打ち出された大平正芳総理の環太平洋連帯構想に始まる。日本は当初からこの共同体に太平洋島嶼国を入れることを強く意識していた。環太平洋の先進国にいかに途上国の東南アジア、太平洋島嶼国を入れるかが同構想の研究会の課題であった、という。(『アジア太平洋連帯構想』渡辺編、2005)

(1979年に発足したこの研究会に渡辺先生がいなければ日本の島嶼政策はなかった、と言ってもよいだろう。このことは次の機会で述べたい。)

もう一つ、APECにつながるこの環太平洋連帯構想の「意図的に隠されたアジェンダ」は安全保障であった。(渡辺、2005)

そのような中で、昨年発表された笹川会長の「太平洋共同体構想」は渡辺先生を始め多くの方から大きな反響があった。反響の理由の一つは大平総理の環太平洋連帯構想で強く意識された太平洋島嶼、それとの共同体構築を提案していたこと。もう一つは同構想の隠されたアジェンダであった安全保障を同論文は明確に述べていたからだと思う。

3.まずはミクロネシア共同体

さらに同論文は地理的にも歴史的にも近いミクロネシア諸国との共同体の構築を提案している。これは渡辺先生が作成された島嶼基金の第2次プログラムガイドラインの柱の一つ、ミクロネシア重視にも一致する。

他方、麻生総理の「太平洋環境共同体」はPIF, SPREP, SPC、即ちオーストラリア・ニュージーランド等欧米諸国の「縄張り」である地域機関への支援しか見えない。日本がこれらの地域機関におつきあい程度で支援をするのはよいと思うが、正式なメンバー国でない日本が与える影響には限度がある。本気で共同体を作る気があるのだろうかという疑問を抱かざるを得ない。

また、「太平洋環境共同体」は環境といいつつ、日本が太平洋の安全保障に関与する戦略として、国民の反発も予想されず、これ以上ない良策だと思っていたのだが、どうもそこまでは考えていないのではないか?環境問題、特に海洋保護活動と、広義の安全保障が深い関係にあることは活発に議論されている。

それでは「太平洋共同体」をなぜ、どのように構築すればよいか?過去にも何度かご報告しているが、2000年ごろからミクロネシアの地域協力の枠組みが構築されつつある。この動きの背景には基金の役割もあった。日本はまずはこのミクロネシア3カ国との共同体を目指すべきだ。なぜか。答えは明確である。この動きは下記の通り、対オーストラリア・ニュージーランドアメリカであり、中台を除外したものだからだ。

a.オーストラリア、ニュージーランドの影響の強い、即ち英連邦メンバー国が占める南太平洋の地域機関の枠組みではミクロネシアの問題は対処しきれない。

b.昨年のモリ大統領のサミット冒頭の発言にもあるように、米国の影響下にあるミクロネシア諸国は米国との交渉でその主権を脅かされている状態だ。米国対策のためにミクロネシア3国は協力せざるを得ない状況にある。

c.パラオは一貫して台湾支持。ミクロネシア連邦は一貫して中国支持の姿勢を崩さない。他方マーシャル諸島の中台支持は揺れている。それぞれ方針の違う、ミクロネシア3国共同体に中台は入れないし、安全保障を基軸とする米国との自由連合協定を協議する場に中台が関与することは米国が反発する。

ミクロネシア共同体は、日本のために準備されたようにしか見えないのだが、現在この動きをフォローし関与しているのは笹川太平洋島嶼基金だけだ。

4.外務省か島嶼基金か?

なぜ、本来日本政府が、外務省がやるべき内容を島嶼基金がするのか?

小渕総理に言われ、笹川会長にアドバイスを求めにきた大洋州課宮島課長(当時)が「外務省にはそれぞれの地域の専門家がいるが島だけいない」と言っていたようにまずは行政にその専門家がいないという現実がある。大洋州課の職員は2、3年で異動してしまう。政治的な意思も弱いのだろう。その点森喜朗議員の活躍は嬉しい。他方、島嶼基金には強固で継続した笹川会長の政治的な意思がある。日本の島嶼政策の起点を作った渡辺先生の理論がある。そこに羽生会長の「判断と決断」がある。もう基金がやるっきゃない。

人類5万年のドラマーグロ-バライゼーションは”Traders, Preachers, Warriors and Adventurers”が作ってきたのだ。

(文責:早川理恵子2009年6月16日)