やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

魚を持つ国、持たない国、獲る国

魚を持つ国、持たない国、獲る国

 2010年2月25日、パラオ共和国においてナウル協定メンバー国による初のサミットが開催された。ナウル協定は太平洋の漁業資源が豊富な8カ国から構成される。(パラオ、マーシャル、ミクロネシア連邦キリバス、ツバル、ナウルソロモン諸島パプアニューギニア。これらをParties to the Nauru Agreementと呼ぶ。以下PNA)今回の会議はパラオのトリビオン大統領の呼びかけで、マグロ資源のOPEC版を、ということで開催された。では、なぜ今このような動きが出て来たのか?

魚を持つ国、持たない国、獲る国

 広大な太平洋。漁業資源は均等にあるわけではない。マグロにも好みの住処があるようで、一般に赤道を挟んだ南緯北緯30度の範囲。他方EEZ制定により広大な経済水域を得た国は、ミクロネシア連邦キリバスなど離島を多く持つ国で、サモアなどはEEZも小さければマグロも少ない。

 EEZ 制定の過程の中で、漁業資源が太平洋島嶼国の重要な外貨獲得に繋がることは当初より注目されており、国単独ではなく地域一丸となって日米等との漁業交渉を進めることが急務とされてきた。その結果が1979年Forum Fisheries Agency(FFA)の設置である。しかしFFAの中にも魚を持つ国、持たない国、獲る国、と利害関係が一致しないプレイヤーが同居している。そこで「魚を持つ国」だけで構成されたのがナウル協定である。

マグロ資源のOPEC版未遂に終わる

 現在PNAが得ている漁業権料はマグロ末端価格の1-2%でしかない。これをOPEC同様集団で価格設定をし、30%位まで上げようとする案だ。年間収入が5-6百億円との試算。2008年のミクロネシア大統領サミットでマーシャル諸島政府が提案したのが最初である。資源のない島嶼国にとって唯一の収益として、世銀、ADBも後押ししている。

 なんのタイミングか不明だが、本案をパラオのトリビオン大統領が取り上げ、第1回首脳会議開催となった。しかし、結果としてOPECならぬOTEC 案は合意されなかったのである。(OTECのTはTUNA)

ミンダナオの女王に助けられる

 首脳会議でありながら数時間のみ非公開になっただけで、ほとんどが公開。自分はオブザーバ席に座った。隣はフィリピン人。なぜここにフィリピン人が?と疑問に思ったが彼らこそOTEC案を未遂に終わらせた犯人であった。話しをしていく内にミンダナオの女王にしてムスリム社会のリーダー、ラモス政権では閣僚を務めたアミーナ・ラスール・ベルナルド女史が共通の知人であることがわかり、一挙に親しくなり、本会議の楽屋裏を聞く事ができた。

 フィリピンからは造船会社社長、ツナ缶会社経理責任者、そして漁船会社から1名ずつ3人が来ていた。在フィリピンのパプアニューギニアPNG)大使に誘われ会議に参加することなった、と言う。フィリピンにPNG大使館があるのも始めて知った。PNAの中でもPNG は経済規模が格段に大きい。OTEC案に強硬に反対したのはPNGソロモン諸島との噂。なぜか?低い漁業権料の見返りとして国内の雇用促進のため缶詰工場の運営を条件づけているという。30%もの漁業権料にしたらフィリピンの漁業産業は撤退する。他方、キリバスパラオ等国土も人口も少ない島国には缶詰工場等の運営は難しい。必ずしもPNAの足並みが揃っていないことが露呈したサミットであった。

 

ナウル協定の行方

 OTEC が合意されずとも、PNAの漁業資源管理体制は強化されつつある。

1982年に調印された同協定は長年ソロモン諸島に事務所を置くFFA内で運営されていたが、魚をあまり持たない国(サモアやニウエ)、魚を獲る国(豪やNZ)も数多くいるため、強気の交渉が難しい。いよいよFFAから離れ、単独PNA事務局をマーシャル諸島に開設。4月下旬には大臣レベル会合が開催され同事務局の公式オープニングと以下の内容が合意された。

・北緯10度から南緯20度の西中央太平洋の4,555,000 sq km における公海での巻き網漁業の禁止。(パラオのサミットで合意済み。世界初の公海における漁業活動禁止規定。2011年1月1日発効)

・ 巻き網と延縄漁船はVessel Day Schemeで対応する。(漁業許可日を設定し、入札方式で高値をつけた漁業会社に売る。)

・ 共同監視体制。PNA国が他のPNA国の監視ができるシステムを検討する。

参考資料

PNA MINISTERS AGREE: OPEN PNA OFFICE, STRENGTHEN FISHING LIMITS & COOPERATE TO EXCHANGE FISHING OBSERVERS, 22 April 2010

(文責:早川理恵子 2010年5月6日)