やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

Asia Pacific Civil-Military Centre of Excellence

<人助け集団か人殺し集団か?>

 防衛大学入学希望者の入学理由で圧倒的に多いのが「人を助ける仕事がしたい」ということだそうである。同大学福嶋輝彦教授から伺った話だ。

 確かに自然災害や国際的平和構築分野での自衛隊の役割は、議論もあるが、目覚ましい。

 

 この8月キャンベラ出張で参加した安全保障に関する会議に参加した。なるべく多くの人に会って人脈を広げ、情報収集をしてこい、との羽生会長の指示である。

 カクテルパーティの時に国防省の若手インテリジェンス担当者と話をした。ミリタリーとノンミリタリーの違いは何か?境界線は?

「ミリタリーは人殺し集団だよ。」という答えが返ってきた。

 その時は二の句が出なかったが、後々考えれば、軍人自身に国家主権によって承認された人殺しの集団であるという明確な認識があるから、軍人こそが一番戦争を嫌う、という言葉が確信的になる。

 

<Asia Pacific Civil-Military Centre of Excellence>

 2008年11月、労働党ラッド政権の肝いりで設立されたのがAsia Pacific Civil-Military Centre of Excellenceである。キャンベラから1時間あまりのクインビアンという町にある。

 上記のキャンベラ出張の会議参加の際に講演を伺った同センターのExecutive Director, Michael Smith氏との面談が9月に叶った。同会議主催者であるASPIのAnthony Bergin博士の紹介である。

 オーストラリア国防軍による平和構築維持活動は東チモール、ソロモン諸島等の実績がある。2004年のスマトラ沖地震も大きな転機となった。

 これらの活動の中で、紛争、自然災害に対応するには軍隊の能力では限度があることと、国内国外のあらゆる政府機関、NGOとの協力が必須である、という強い認識の元に同センターが設置された。

 

<役割>

 同センターの役割は一に研究調査活動の結果、政府に民軍協力(*)の具体的政策、方法の提言を行う、二に民軍協力のための人材育成を実施し、3.各国政府、国連、NGOとのネットワーク作りにある、という。

 限られた人口で広大な国土、領海、そして国際支援活動を展開しなければならない豪州政府が標榜しているのがWhole-Government-approachである。政府一丸アプローチだ。

 身近な例として、太平洋島嶼国で展開するPPBPが王立海軍から国税国境警備局に移管する動きもその流れの一つと理解してよい。そもそも同国の国境警備自体が、国防省、国税局、連邦警察等の政府一丸体制が取られている。

 同センターの約20名前後のスタッフ自体も外務省、国防省、連邦政府、援助機関(AusAID), 法務省(Australian Government Attorney-General's Department)、ACFID(Australian Council for International Development, 国際NGO連携機関)からの出向であり、政府一丸体制を体現している。

 

<設立2年目の課題>

 ラッド新政権の肝いり事業と聞いていたので、立派なビルと多くのスタッフを予想していたが、こういっては失礼だが中古でしかも修理途中のビルに数名のスタッフ。何か小さなNGO事務所を訪ねたような印象であった。

 スミス所長のミッションは同センターをゼロから立ち上げること。即ち組織体制、事業方針の確立にある。豊富な資金に裏打ちされている訳ではなく資金調達活動もミッションの一つのようである。

 2年目にして約15本の調査研究を実施。肝心のWhole-Government-approachに関する政策提言報告書もすぐに発行され、ウェッブで閲覧可能だという。またアジア大平洋と組織名にあるが、アフリカ、中東と活動範囲は広く組織名称の検討もしている、とのことであった。

 

<海洋安全保障は未踏分野>

 当方から財団が進めるミクロネシアの海洋安全保障関連事業を説明し、民間のNGOと豪州政府、特に軍隊の協力が可能か伺った。

 同センターでは海洋安全保障については手をつけていない分野だそうで、逆に新しい視点として検討したい、という反応があった。海洋安全保障分野でNGOである日本財団が戦後イニシアチブ取って来たという状況は、世界から見れば特殊な状態であるので、そこの説明は難しかった。

 ”civil”の定義も多様であり、定まっていない、とのこと。同センターにはNGOからの出向者もいるが、まだ民軍協力の中でのNGO役割ということについては具体的な話はないようであった。

 

 (*)「軍民」という表現が一般的であるが、ここは同センターの順番を尊重し「民軍」とする。