十代、二十代までは、嵐山・嵯峨が好きだった。
人工的で整然としている東山より、野趣が強い嵐山だった。
それが三十を超えた頃、急に東山が好きになった。
多分、石塀小路に迷い込んだのがきっかけだと思う。
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西の山の、真っ赤に焼けたお日様が東山を照らすころ。
茜色に輝く東山の森の奥。ひっそり眠る蒼龍のひげがかすかに動く。
清水の霊水を一口飲むと蒼龍は大きなまぶたをくっきり開け、目を覚ます。
東山の森を駆け巡り、昼間、跋扈した魑魅魍魎を蹴散らさなければならない。
西の山のお日様が沈むころ。
まん丸のお月様が東山の後ろから昇ってきた。蒼龍の鱗がぎらぎら光る。
月の引力で山が持ち上がり、森が震える。
満月が天高く昇り、この世を青白く染めるころ。
夜が深まり、物の怪たちもうごめきだす。
西の山の白虎、北の山の玄武、南の朱雀の姿が遠く見える。
東山の後ろからお日様が昇るころ。
蒼龍が倒した魑魅魍魎たちは薄墨色の霞や雲となって太陽に吸い取られていく。
蒼龍は再び、東山の森の奥で大きなまぶたを閉じ、しんしんと眠りにつく。