やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

『色のない島へ』番外

『色のない島へ』番外編

  いったい「神経人類学者」とは何者なのであろうか?

 隅夜隅冊で取り上げた『色のない島へ』には本筋のストーリーを彩る小話が山ほど盛り込まれているし、巻末の注は80頁に及ぶ。

 10年ぶりくらいで読み返したのだが、気がつかなかった記述も多く、ここで3点メモしておきたい。

  <ジョンストン島の記述 p. 34-36 >

 ハワイから出発した旅の一行の飛行機は途中ジョンストン島に寄る。着陸に失敗し、タイヤが破損。2時間以上飛行機の中に閉じ込められた。

 遠くから見た島は「牧歌的な小さな楽園」だったのが、何千トンものマスタードガスや神経ガスが貯蔵されるビルや煙突、高層ビルが立ち並ぶ「地獄」であった。

 1856年に燐鉱石が豊富でったこの島はアメリカ合衆国とハワイ王国がその領有権を主張。1926年に連邦野鳥保護区に指定。戦後は米国空軍が使用。50,60年代には核実験が行われた。

 タイヤは治らず、島に充満した有毒ガスや放射能から逃げるように残った無傷のタイヤで脱出。

 

<クワジェリンの記述 p. 39-44 >

 マジュロからクワジェリンの軍病院の看護婦と乗り合わせた。クワジェリンは米軍のミサイル迎撃基地がある。そんな島の「内部では士気が落ちて重苦しい空気が流れ、自殺率は世界最高クラスに分類されている。」

 「むしろ本当の被害者であり、最も悲惨な運命に置かれているのは、マーシャル諸島の住民自身だ。」

 看護婦は言う。クワジェリンから追い出され、エベイ島に押し込められた島民は「人口過密で不潔で病気の蔓延するひどい環境で暮らすことになる。」「もし地獄が見たければエベイ島へ行ってみるといいわ。」掘っ建て小屋がぎゅうぎゅうに立ち並んだ島は人の目には届かないようになっている。

 

<ビル・レイナー p. 105-107>

 ビル・レイナー。海洋保護活動「ミクロネシア・チャレンジ」に関わるようになって何度も聞いた名前である。彼こそが「ミクロネシア・チャレンジ」だけでなく、「コーラル・トライアングル」等々、アジア太平洋の海洋保護活動の立役者で、レジェンドである、と島の人たちが口を揃える。

 思いがけず彼の名前が同書にあった。

 植物学者のビルはイエズス会のボランティア伝道師としてポーンペイにやって来た。島の人に農業経営と自然保護を教えるつもりが、島民が「島の植物について広く系統だった知識を持っている事を知った彼は衝撃を受けた。」

 ポーンペイの娘と結婚したビルは16年もここに住み(今では30年近いはず)一生ここで暮らすつもりだそうだ。

 

  本は読み返すことが重要だ。読み手の自分が変わっているし、本に書かれていることも変わっているかもしれない。