やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

Japan's Pacific Mandate. by Paul H. Clyde

日本の南洋統治を研究した著書は矢内原忠雄の『南洋群島の研究』しかないと思っていたが、1935年に発行された Japan's Pacific Mandate. by Paul H. Clyde がある事を今日知った。

矢内原の英文著作が絶版となっているようにこちらも絶版のようだ。

しかし下記の2つの書評がオンラインでアクセスできる。

どちらのこの著書が中立で、日本に対する世界の批判は根拠がない事を支持している。

新渡戸稲造が亡くなった、即ち日本が連盟を脱退した2年後の出版である。

Paul H. Clyde博士は1934年、日本政府の招聘で1月ミクロネシアの現地調査に入っている。

どうにかしてこの書籍を入手したい、と思う。

Reviewed Work: Japan's Pacific Mandate. by Paul H. Clyde

Review by: M. Matsuo

Pacific Affairs

Vol. 8, No. 2 (Jun., 1935), pp. 227-229

Reviewed Work: Japan's Pacific Mandate. by Paul H. Clyde

Review by: E. T. Williams

The American Journal of International Law

Vol. 29, No. 3 (Jul., 1935), p. 540

矢内原忠雄の『南洋群島の研究』、新渡戸稲造のその頃の動きを下記にメモする

1931年9月 満州事変

1932年2月 松山事件(新渡戸軍部批判)

1932年4月から1933年3月 新渡戸渡米

1932年5月 太平洋問題調査会が矢内原に「委任統治地域南洋群島の研究」を依嘱

1933年夏 矢内原南洋群島視察

1933年8月 第5回太平洋問題調査会(8月14−28日本会議、8月6−12日各種委員会)

1933年10月 新渡戸バンクーバーで客死

1934年3−4月  Paul H. Clyde教授南洋群島訪問

1934年8月 矢内原ヤップ視察

1935年6月 矢内原著『南洋群島の研究』出版

矢内原が南洋群島研究に着手したのは、まさに満州事変で日本批判が始まった頃の話であり、これを依嘱した太平洋問題調査会の意思決定体制がわからないが、少なくとも日本の立場を科学的精査しようとしたのではないか?そして日本人による日本の委任統治評価だけでは公正を欠くであろうか、米国人のPaul H. Clyde教授は日本政府の招聘で調査を行ったようだ。

参考資料

昭和の岐路◆新渡戸稲造の松山事件 2012年05月04日 | 伊予松山http://blog.goo.ne.jp/onaraonara/e/910cb8363cb2f4d8afe94de5a71fbc5e

博士の業績と世界 60−71才(1922〜1933)

http://www.nitobe.com/nen61_70.htm

太平洋問題資料. 第4 (加奈陀バンフに於て開催さるべき第五回太平洋会議の準備に就て) 昭和8年発行

国会図書館近代デジタルライブラリー」に掲載)

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1452786

早稲田大学で太平洋問題調査会研究がされていたようである。山岡道男教授

http://www.kikou.waseda.ac.jp/WSD322_open.php?KikoId=01&KenkyujoId=R7&kbn=0