日本に原爆を落す原因となったかもしれない、新渡戸の死を早めたかもしれない、米国の反日の動き ー オーウェン•ラティモア
評論家、江崎道郎氏に紹介いただいた、長尾龍一著『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』は一機に読み終えたが、気になる点があった。この長尾氏の本を読み終えた感想が、米国の、コミンテルンの陰謀論、という話になってしまう、ような気がした。
他方、日本人女性のモンゴル研究者磯野富士子氏が『中国と私』というラティモア伝を書いているのだが、いったいどういう立ち場で書いているのか、読む前に知りたかった。
1985年に発行された『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』は15年後の2000年に『オーウェン•ラティモア伝』という違うタイトルで再発行されている。2000年版には「付録十五年後に」がオリジナルの4部構成(第一部真珠湾まで、第二部対日戦争、第三部対日終戦、第四部魔女狩りの中で)の後についている。
1985年は、長尾氏が「アマチュアの付け焼き刃で」しかもかなり急いで書いた様子が後書きから伺えるが、15年間の考察を是非読んでおきたいと思った。
2000年版の『オーウェン•ラティモア伝』(信山社発行)図書館にないのである。
それで「付録十五年後に」を読みたいがために注文した。高い!2,900円
しかも「付録十五年後に」はたった12頁!
「付録十五年後に」は下記の四部からなる。
一 中国派の呪い
ニ 「親ソ派ラティモア」
三 VENOA
四 ハーバート•ノーマンの日本史観について
一 中国派の呪い、ではこの本のオリジナルが発行された1985年前後の米国の反日の動きが書かれている。ラティモア始め、戦前、戦後の米国知識人の反日は根が深い。殆ど「呪い」の世界。
ニ 「親ソ派ラティモア」 は、「大量殺戮と大量餓死をもたらしたスターリン体制」(同書293頁)をなぜラティモアが支持したかが考察されている。
しかし、この再発行版で一番重要なのは 三 VENOA であろう。
ここに「陰謀論」に陥りそうになる読者(私を!)を押しとどめている。
米国に入り込んだソ連のスパイ情報を1995年7月に米情報局が公表しているのだ。そこにラティモアの名前はないが、彼を蒋介石につなげたロークリン•カリー氏は名前が出ており、ラティモアがスパイではなくともソ連支持をしていた事は明確だ。この点を長尾氏は下記の通り議論している。
「この点については。「ルーズヴェルトは、日米を戦わせようとするソ連の陰謀に乗せられたのだ」という陰謀説が、マッカーシー期より唱えられている。しかしこれは、「陰謀説」というような次元の問題より、ルーズヴェルト政権の親ソ的体質ないし政治的世界像の問題であろう。」(同書296頁)
長尾氏は続ける。
「そのような「体質」を背景としてみるならば、高官たちがソ連の情報機関と接触し、一定の情報をソ連に流すというような行動も、米国を裏切ってソ連のために働くというより、友好国との接触の一態様としての外交活動であった可能性がある。」(同書295頁)
当時スターリンは民主主義者に愛されたのである。日本の「進歩的文化人」論もこの大量殺戮者スターリンを愛した民主主義者の論理と心理という「今世紀中葉思想史の大きな課題」である、と長尾氏は議論する。
「レーニンを「創造的指導」として誉め上げる、満員の大教室での丸山真男教授の姿なども思い出される。」と長尾氏はこの三部を結んでいる。
四 ハーバート•ノーマンの日本史観について も最高に面白いのだが長くなるので割愛する。
ペリーに開国を迫られたサムライの国はあっという間に世界の軍事大国、経済大国となってしまった。
日本は、数百年の宗教戦争と啓蒙思想の痛みを超えて世界を制覇した西洋人、米国人には簡単に理解できないのだ。日本人自身が千年以上続いた天皇制、即ち社会体制を理解し語れない。少なくとも私は。
ハーバート•ノーマンは魔女狩りの対象になり、映画「修繕寺物語」を見て啓示を受け、飛び降り自殺する。
ノーマン氏の事はよく知らないが、日本の沿岸漁村に連れて行き、地元の人たちとアマモの再生活動をしていれば、もっと健全な日本理解をできたかもしれない、とふと思った。
1985年に発行された『アメリカ知識人と極東 ラティモアとその時代』の再発行版(2000年)
『オーウェン•ラティモア伝』に追加されたたった12頁の付録を読むだけでも、野口英世3人分の価値は充分あった。