やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

ユニバーサルサービス精神と最澄の「一隅を照らす」

桜が満開の比叡山に海外からの友人を案内した。

f:id:yashinominews:20220201161407j:plain  比叡山延暦寺に咲くスミレ

比叡山はこれが4回目位ではなかろうか? 今回は山桜の静寂に包まれる余裕があった。

伝教大師最澄の『山家学生式』に「一隅を照らす」があるのを始めて知った。

「一隅を照らす」という言葉は知っていたがここにあったのは知らなかった。 ああ、日本のユニバーサル精神は、津々浦々精神は「一隅を照らす」にあるのではなかろうか、と思った。 現在まとめている博士論文では太平洋島嶼国のユニバーサルサービス、情報通信政策を扱っている。

ユニバーサルサービスについて、先進国の例として、米国、日本、フランス(OECD)を紹介した。日本のそれは電話が紹介された明治から始めた。 しかし、日本のユニバーサルサービスは、江戸時代の飛脚や、もっと遡って大化の改新(646)大宝律令(701)のころ道路が各都市を結び、宿駅伝馬制などできたころまで辿れるのではないか、と思ったがその事は宿題としておいた。

それにしても日本の津々浦々を結ぼうとした精神はどこにあるのか? ローマ法が公共分野を支配する欧州ではユニバーサルサービスという概念がなかったという。 米国のユニバーサルサービスはAT&Aの独占を確保するためのものだった。しかしよく調べると、アレキサンダーベルの義父は郵便産業における公共倫理を主張していたのである。 最澄が「一隅を照らす」と唱えた背景を調べて行けば、日本の公共倫理、ユニバーサルサービス精神の論理的背景見えてくるかもしれない。