2008年に開始した博士論文が先月正式に受理されました。
私事ですが、この26年お世話になった方が山のようにいて、このブログを読んで下さっている方もいるのでここに書かせていただきます。
昨年最終原稿を提出してから約1年。英国式博論は提出後が長いと聞いていましたが、もう茨の道、発狂寸前の細かな修正の連続。例えば "a history" ではなく"an history" との指摘。どっちでもいいじゃないか!
肝腎の中身ですが、1991年から担当した情報通信がテーマ。貴重な経験をさせていただきました。この事業経験がなければ、2つ目の修論もこの1つ目の博論も書く事はありませんでした。
これも1989年1月10日、フィジーでカミセセ閣下が笹川会長に太平洋島嶼国のための衛星を打ち上げて欲しいと要望されたの全ての始まりです。これは事実。しかしそれを実現したのは私で笹川陽平は何もしていないし、何も知らないのです。
論文はオープンアクセスにしてあります。
http://hdl.handle.net/10523/7139
改めてお世話になった皆様にお礼申し上げます。