やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて30年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

再び『楽園考古学』篠遠喜彦博士

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私が安倍政権に、インド太平洋構想とオーストロネシア語族の話を200%の自信を持って説明できたのは篠遠喜彦博士との出会いがあったからなのだ。

今書いている書籍に篠遠先生の話を書き込むために1994年に出版された『楽年考古学』を再び開いた。荒俣宏氏との対談だ。

篠遠博士のタヒチでの考古学研究事業を扱う事になったのは1997年だったと思う。政治案件、即ち上から降りてきた事業だった。私が作った基金ガイドラインには当てはまらない事業だ。事業を潰す事はできない。しかし自分のポリシーを壊したくない。即ち基金のミッションは守りたい。考古学事業は広義の教育、さらに観光資源としての文化遺跡運営のためという狭義の教育事業の2本立ての形に、私が作り直したのである。

その背景には篠遠博士が学者であると同時にポリネシア、広く太平洋の島の人々の現実社会、生活を知り、支援しようとした思いがあったからなのだ。

そしてこの事が安倍政権の2018年島サミットに繋がった。その前年の2017年10月14日に篠遠博士は亡くなられた。享年93歳。私はこの本を読みながら篠遠博士と出会えた事を改めて感謝した。

 

色々な記憶が蘇る。嫌なこともたくさんあったのだ。

考古学、お金がかかる。世間の注目を浴びれば予算もつく。偽造して自殺した考古学者もいたはずだ。篠遠博士は話題作りがうまい。メディアに出ると妬み僻みの対象にもなる。篠遠博士に対する学者さんたちの批判も良く耳にした。その中でもバヌアツの縄文土器「事件」は私も巻き込まれそうになって、距離をおく理由になった。

バヌアツに縄文土器があったのだ。複雑な話を簡単に書くと。。縄文土器を巡って篠遠博士は日本とバヌアツの歴史的関連の可能性を否定せず研究を提案。印東道子さんという日本の学者等があれは日本から運ばれたバラストだ、と否定。素人メディアがこれを持ち上げて篠遠批判に発展。縄文時代に縄文人がバヌアツまで?そんなことあるワケないじゃないか、と。

篠遠博士から、博士の主要な研究場所であったタヒチ・フアヒネの研究を促された事がある。私の関心は国際政治と衛星通信だったので、関心はもちつつもそちらの道を選ぶ事はなかった。が、インド太平洋研究会を立上げたのは、篠遠博士の業績を少しでも繋げたかったからである。

とりあえずは安倍政権にオーストロネシア語族の話を繋げたので天国から篠遠博士が「早川さん、よくやりましたね。」

と言ってくれているように思う。

「あ、それからね。。早川さん、」と篠遠博士は続くのである。