やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

ツバル女にイアンの涙

 COP15にツバル政府代表団の一人として参加した遠藤秀一さんを招き、報告会を1月14日、東京で開催しました。先にお知らせした通り、テレビに映ったツバル代表の涙がどうにも気になったからです。急な呼びかけにも拘らず、メディア関係者、ツバルを訪ねた事がある高校教師やNGOの方達に参加いただき、中身の濃い報告となりました。

 1時間半の遠藤氏の報告と質疑応答、そして報告会後自分で調べた内容を元にまとめました。なお遠藤氏の報告はご本人のブログにも掲載されています。

http://www.tuvalu-overview.tv/topics/20091218/top.html

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イアンの涙

 凡そツバル人らしからぬ風貌に蝶ネクタイ、国際会議での堂々たる態度。テレビにもよく出たツバル代表イアン・フライ氏はオーストラリア人である。1998年からツバル政府の環境問題アドバイザーを勤め、現在はオーストラリア国立大学の博士課程にも在籍。人材のいないツバルの政府代表にはツバル人5人の他に日本人、オーストラリア人、フランス人、ポーランド人が政府代表団に入っていた。

 なぜ彼は会議の場で泣いたのか?太平洋の島国、ツバル代表としてメディアの注目を浴び、オーストラリアの新聞トップにも登場した。COP15であんなことを言っているがフライ家はCO2 をどれだけ排出しているのか?メディア取材は本人だけでなく、オーストラリアの家族や近所の住人にまで及んだ。『不都合な真実』で地球の温暖化を訴えたゴアと同じケースだ。家族が心配で眠れない夜が続いた。

 COP15に至までの長期に亘る数々の国際会議でイアン氏が心身共に疲れていたところへの家族まで及ぶ誹謗中傷。しかも、正式な過程を経て提案したツバル政府提案は、ツバル大統領のスピーチにあるようにカーペットの下に隠されてしまった。

デンマーク、そしてEUの敗北

 議長国、デンマークの対応はとても褒められたものではないようである。決議文は英紙ガーディアンにリークされた。本来、会議はCOP15/MOP5であったにも拘らず、会場にはCOP15の案内しか出さない。会場に設置された地球儀には、肝心の島嶼国がない、等の批判を招く対応もあった。

 会議半ばでヘデゴー気候変動・エネルギー相が首脳級会合の直前に議長を辞任するという事態を招く。2009年4月5日に就任したばかりの後を継いだラスムセン首相は会議の混乱を収拾できなかったようだ。そこで、会場裏でオバマ大統領を中心とする主要国首脳会談が開催となり、ツバルはカーペットに下に隠されてしまった。EUもメンツを失った。

お金でツバルは救えない

 3年間で150億ドルの約束した日本政府はNGOの集まりで化石賞を受賞してしまった。短期間の資金は長期間の未来を買う事はできない、とツバルの首相は言う。他方クリントン長官は10年間で1000億ドルを約束した。10年でもツバルの未来は買えないであろう。鳩山首相の国連スピーチ始め新政権は「島嶼島嶼」と言っている割にツバルに「共感」を示すことはできなかった。

 途上国間での立場の違いもある。国は沈まないが温暖化対策の援助を期待するアフリカ諸国など100以上の途上国が存在する一方、海面上昇が起これば沈んでしまうかもしれない島国がある。39の島国がメンバーとなっているAlliance of Small Islands Statesという組織もあるが団結力は弱い。アフリカアジア諸国等途上国の中には化石燃料を多く埋蔵していたり、化石燃料をもっと使用し開発を進めたい国もある。39の島国は広大なEEZを持っているかもしれないが、化石燃料もそれを使用して開発進める経済規模もない。ツバルは再びカーペットに下に隠されてしまった。

ツバル女

 一時、日本の有名人のツバル詣でが盛んであった。これらのツバル訪問をアレンジ、サポートしてきたのも遠藤氏だ。帰国後もまじめにフォローしていたのは藤原紀香さんである、とのこと。しかし、これも「ツバル女」と揶揄され、事務所の圧力があったのか、最近は控えている様子とのこと。私は「島女」と呼ばれているらしいが、誰も活動を止めようとしてくれない。(何故紀香ちゃんはだめで私はいいのか?複雑な心境)

 「ツバルが沈む」と騒ぎだしたのは多分先進国である。島嶼国内で温暖化が話題になり始めたのは極最近だ。私も島嶼国に関わって長いので色々な方からツバルのことを聞かれた。海面上昇で島が沈むのならば、なぜツバルで、マーシャル諸島ではないのか?小浜島ではないのか?マーシャル諸島は米国との自由連合協定があり、今でも人口の半分が米国に居住する。小浜島は日本国内どこへでも移住できるし過疎化の方が問題だ。ツバルが問題となるのは平らな島のみで構成される国家だからである。と答えてきた。よってツバルを心配する紀香ちゃんは正しい。

 「ツバルが沈むと言うのは嘘」と言い出したのも先進国だ。そもそも科学の議論が仮定でしかされていないのに、またその根拠となるデータも取り方によってグラフは右上がりにも水平にもなるのに、さらに言えば科学者も人間で環境保護団体や石油会社、政府等からの圧力に無縁でいられるかわからない。断定するのは困難だが、キリバスのトン大統領は真実がわかってからでは遅すぎる、と言う。

 温暖化や海面上昇の問題は既に科学を越えて、政治論、経済論、エネルギー安全保障論、政策論等々で誤謬性を持って語られる。1万人に及ばない主権国家ツバルの声は国際社会で無視され、大国の利益と繋がらない限りツバルはカーペットの下に隠される。

(文責 早川理恵子 2010年1月26日)

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地質学的時間のなかでは現在の海と海岸、そして山々のたたずまいはほんのひとときの待ち時間にすぎない。山はたえまなく水の寝食を受けて砂粒となって海に運ばれ、姿を消して行くだろう。そして、いつの日かすべての海岸はふたたび水に浸り、いまは町と呼ばれているところも海に還っていくにちがいない。

レイチェル・カーソン『潮風の下で』

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