2010-01-01から1年間の記事一覧
『色のない島へ』番外編 いったい「神経人類学者」とは何者なのであろうか? 隅夜隅冊で取り上げた『色のない島へ』には本筋のストーリーを彩る小話が山ほど盛り込まれているし、巻末の注は80頁に及ぶ。 10年ぶりくらいで読み返したのだが、気がつかなかった…
知恩院の試し突き 子供がいると、できなくなったことも多い。 キムチやコチジャン入りの辛い料理が食べられなくなったし、夜遊びもできない。 年末行事、除夜の鐘もその一つだ。 京都で日米豪の民間交流活動をしている。 なんてことはない、米豪からの友人を…
『色のない島へ』 オリヴァー・サックス著、大庭紀雄監訳、春日井晶子訳、早川書房 1999 不思議な本である。ノンフィクションなのだが、小説を読んだような印象を受ける。同様の印象を、レイチェル・カーソンの海のシリーズを読んだ時にも持った。まるで叙事…
来年6月にマレーシアで開催される「第22回太平洋学術会議」への申請が通った、との連絡が今朝方あった。 先々週、東海大学の中島功教授からご連絡をいただき、遠隔教育・遠隔医療セッションをいっしょに、というお誘いを受けた。 滞っている博士論文に自ら…
パリからのメリークリスマス パリに住む友人の娘さんからクリスマスメッセージが届いた。 昨年、ソルボンヌ大学に入学したばかりだ。 バヌアツにお世話になった日本人の友人がいた。 現地の中国人と結婚し一人娘を育てながら、コーディネーター業を営む。 基…
阿吽 संस्कृत 「ほら、あっちのライオンさんは口を開けているでしょう?こっちのは閉じている。あっちは”阿”、こっちは”吽”と言っているのよ。」 「なんで~?」 よしッ。この”何故”という気持ちが大切だ。 阿吽をどのように教えよう?と唸っている最中に、 …
十代、二十代までは、嵐山・嵯峨が好きだった。 人工的で整然としている東山より、野趣が強い嵐山だった。 それが三十を超えた頃、急に東山が好きになった。 多分、石塀小路に迷い込んだのがきっかけだと思う。 ==== 西の山の、真っ赤に焼けたお日様が東…
偶夜偶冊ー新カテゴリー 太平洋を知る書籍を偶に紹介して行こうと思う。 カテゴリーを松岡正剛さんの「千夜千冊」をもじって「偶夜偶冊」とした。 偶に読む本。 カテゴリー設定後の第一弾は、オリヴァー・サクッスのミクロネシアを舞台にした『色のない島へ…
2010年11月2日、13年ぶりにニュージーランドの防衛白書が発表された。 クリントン長官がNZを訪ね、防衛を含む二国間の協力関係の強化を明示した「ウェンリントン宣言」に署名したのが11月4日。発表から2日後だ。 yashinominews.hatenablog.com ニュージ…
「在日米軍の数」 クイズです。下記の上位3カ国の国名は? クイズ1、外国にある米軍基地の数 1位 137 2位 123 3位 87 クイズ2、米軍駐留経費負担額 1位 約44億ドル 2位 約8.5億ドル 3位 約5.6億ドル ( " target="_blank">平和フォーラムの資料参照…
「下級武士の天上がり、天下り」 南半球は初夏である。 南極にも近く、日本の小樽と同緯度の町は、短い夏を思いっきりエンジョイしようと、週末はバーベキューパーティがハシゴとなる。 大学町なのでアカデミックが多い。 話もアカデミック、というかバカ話…
Wikiwiki = ポリネシア語で「早く早く」と言う意味。 Wikipediaはポリネシア語の"Wiki"と"Encyclopedia"から取った造語である。 さて、ここ数日Wikileaksに関心を取られている。 米国がキリバスにグァンタナモのウィグル人を受けれ入るよう交渉したこともWik…
The Sasakawa Pacific Island Nations Fund provided a grant to the University of Guam of 56,383,661yen (about USD560,000) from 1997 to 2006. This grant aimed to improve Distance Education policy and systems for the whole Micronesian region. …
「ソーラーHFラジオが離島の人命を守る」 笹川太平洋島嶼国基金は1997―2005年の9年間、グアム大学に対して56,383,661円の助成を行った。事業内容は、ミクロネシア地域全体を対象とした遠隔教育の政策・制度改革である。 この事業の波及的成果として、60近い…
笹川太平洋島嶼国基金での20年。 多くの方に助けられてきたが、まだ20代の頃、海の男の一言が救ってくれた話を紹介したい。 電気通信大学の田中正智教授である。 田中先生は、若い頃船舶通信技師として遠洋航海船に乗船し、世界の海を股にかけていた。 その…
「日本漁船、米国沿岸警備隊に拿捕される」という2010年12月4日付けのニュースがSamoa Newsにあったので、慌てて山川さんに送ってしまった。 関連記事をサーチしていたら、ホノルルにあるコーストガードニュースが2009年3月10日にリリースした記事であるこ…
日本の安全保障と防衛力の在り方を協議した「樋口レポート」は2代目の笹川太平洋島嶼国基金前運営委員長を私がお願いした渡辺昭夫先生(東京大学名誉教授)が書かれたものである。 ミクロネシア海上保安事業のきっかけとなった笹川陽平会長の「太平洋共同体…
パラオ出張の際、Palau National Communications Corporation (PNCC) の社長Richard L. Misech氏から連絡があり、会いたい、という。何だろう、と思ったら、やっとパラオとグアムを結ぶ通信海底ケーブルの話が本格化してきたようで、その進捗の報告をしてい…
金の切れ目が縁の切れ目にならないように、過去の助成先をなるべくフォローする努力をしている。助成した案件が継続し、発展する姿を見るのは自分の子供の成長を見る様に嬉しい。 さらに嬉しいのは、あちらからわざわざ報告をいただく時だ。 <太平洋島嶼国…
Batemanのコーストガード支持論 - Coast Guards: New Forces For Regional Order and Security 2003年に書かれたBatemanの”Coast Guards: New Forces For Regional Order and Security”を読んだ。この10月に立ち上がった「海洋安全保障の新秩序構築研究会」…
2010年11月のパラオ出張で、在パラオ日本大使館の貞岡大使とお話することができた。 ODAが削減される中で、数の多い太平洋島嶼国に遍く平等に支援するのはどうか?というお考えのようだった。 笹川太平洋島嶼国基金は前運営委員長渡辺昭夫先生のご意見で、ミ…
2008年11月に書いたレポートである。 第8回ミクロネシア大統領サミット及び実務者会議に出席した。 私が日本財団、笹川平和財団を動かして進めているミクロネシア海上保安案件。ミクロネシア3国の大統領が合意するまでたった6ヶ月だった。 === 第8回ミ…
不都合な真実ー警備艇が漁船に? 「警備艇をあげても、魚釣りに使われるらしいな~。」 私が立上げたミクロネシア海上保安案件では、沿岸警備艇を各国に供与すべく、そのスペックの調整が進んでいるが、関係者からふとこんなコメントがでた。 どこの国とは言…
Posse Comitatus法 - 軍事力の在り方 (Posse Comitatus: 元々は森に巣くうアウトローや外部からの侵略、犯罪者を取り締まるための臨時召集した義勇団のこと) 米国のコーストガード - USCGが軍隊と別れているのが特殊。しかし有事の際はUSCGは軍隊の指揮命…
(写真は名古屋COP10。環境省近藤副大臣とミクロネシア・チャッレンジの代表団) 2010年11月のパラオ出張で、ミクロネシア・チャレンジ(MC)の前地域コーディネーター、シャーリン・メルサイ女史とお話をする機会を得た。 MCはアメリカに本部のある、The Nat…
3千本の石南花 近くのボタニカルガーデンには3千本の石南花が咲いている。 南半球は今春爛漫。 この時期、何故か出張などがあり、3千本の石南花を堪能する機会をここ数年失った。 石南花、と言えば昔母が、一株何万円もする小さなのを買ってきて大事に育…
メディアクリップと関連資料 「ミクロネシア海上保安能力強化に向けた第3回官民共同会議」 センセーショナルな議論や論文は話題になるのに、センセーショナルな行動はなかなか話題にならないナ~。 6 countries, 2 NGOs meet in Palau to strengthen maritim…
マリファナで生き延びる玉砕の島 ― ペリリュー このブログを始めて、「南の島の楽園」のイメージをガタガタに壊しているようで後ろめたい。観光が主産業の太平洋島嶼国に方々にいつか殺されるのではないか、とビクビクしている。 久しぶりにペリリューを訪ね…
「ミクロネシア海上保安能力強化に向けた第3回官民共同会議」 ― 忘れ物の「P」を拾い、日米安保と日米豪戦略対話の先を越す ー 2010年11月11日、パラオ共和国において「ミクロネシア海上保安能力強化に向けた第3回官民共同会議」が開催された。 2008年5月、…
2年6ヶ月 ― 無謀の道程 2010年11月11日、「ミクロネシア海上保安能力強化に向けた第3回官民共同会議」がパラオで開催された。会議翌日、羽生会長とお話ができた。 「2年半でここまでやるってすごいことだよ。」 2年半を回想した。 2008年5月、日本財団…