やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

太平洋にある米領島嶼―「北西部条例」「インシュラケース」「グアノ島法」

太平洋にある米領島嶼―「北西部条例」「インシュラケース」「グアノ島法」

 米国は世界最大のEEZを所有するが、その約40%は太平洋にある米領島嶼の存在によるものだ。太平洋にある米国のEEZは約536万㎢になる。

 西はグアム、サイパン、南は米領サモア、北はハワイ、と広大な太平洋に米領が点在する。太平洋島嶼問題は米国の国内問題でもある。

 米国はなぜこれらの島々を所有しているのか?独立後の領土拡大と1850年頃から活発になった遠洋捕鯨のための太平洋進出が背景にあった。そして「北西部条例」「インシュラケース」「グアノ島法」が太平洋の米領島嶼の存在を理解する鍵だ。

 北西部条例はアメリカ独立宣言の次に重要と言われる。独立時に存在した州の拡張ではなく、州の数を増やすことでアメリカ合衆国が北アメリカの西方への拡大を行う方向性を決めた。

 新たに獲得した土地は「未編入領土」となり人口6万人以上となれば州に格上げされる。

 スペインから獲得したフィリピン、プエルトリコやグアムに米国市民と同じ権利を与えるのか、という議論があった。「インシュラケース」と言う。肌の色が違う、文化が違う島の人々に自分たちと同じ権利は与えたくない。人種差別が当たり前だった当時のアメリカでは驚く話しでもない。裁判の結果、米国憲法の一部のみが適用される「非編入領土」、即ち将来州にはならない、市民権をも立たない領土が生まれた。グアム、マリアナ諸島プエルトリコ、米領バージン諸島、米領サモアがそれである。

 市民権のない米国民(米領民と呼ぶべきか?)は投票権のない代表を連邦議会に送れる。投票権のない、即ち市民としての権限があやふやな島の開発や福祉は、連邦議員の関心が低い。中国大陸から大量の労働者を連れてきて運営していた繊維工場が、繊維業の自由化で全て潰れ、何の対応策をとっていなかったマリアナ諸島の経済が破綻した最近の例がある。

 これらの米領島嶼独立運動もあるが、米国パスポートで自由に世界へ行けて、米国内も勿論自由に移動でき、さらに最低限の社会保障が受けられる環境は手放せない。

 以上はハワイにある東西センターが昨年発行した”U.S. Territorial Policy: Trends and Current Challenges”
(Allen P. Stayman)を参照した。同報告書ではこれら米領島嶼をリンボー=不確実な状態と形容している。リンボーは元々キリスト教用語で地獄と天国の中間を意味する。

 もう一つの鍵であるグアノ島法は1856年に制定された。米国市民がグアノ(燐鉱石、鳥の糞)が堆積している島を領有することができるというもの。占領されておらず、且つ他国政府の管理下におかれていなければ島がどこにあってもよい。そしてこの権益の保護のために米国大統領に軍隊を指揮する権限を与える、という内容だ。極端な話し「市民」であれば子供でも、犯罪者でも、牧師でもだれでも構わないわけだ。

 太平洋の無人島、Kingman Reef, Palmyra Atoll、Johnston Atolls, Howland Island, Baker Island, Jarvis Islandがこの法律により米国領土となった。これらの島々はグアノを掘り尽くした後に核実験に利用された。昨年、ブッシュ大統領がこれらの島々を国立海洋保護地域に指定したのは、悪い冗談としか思えない。

 米国でグアノ島法が制定された年、日本では古賀辰四郎氏が福岡で誕生した。古賀氏は尖閣列島の開発者だ。日本政府はこの若き開拓者に手を差し伸べるところか国有地借用願いを同島の帰属不明を理由に却下し続けた。米国が軍隊を送って支援するのとは大違いである。

 驚くなかれ、このグアノ島法は現在も有効である。

(文責:早川理恵子 2010年2月4日)