やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

島と海のネット総会準備作業進む

第7回太平洋島サミットのサイドイベントとして5月25-26日、東京大学伊藤国際謝恩ホールで「島と海のネット総会」が開催される。

昨年、サモアで開催されたSIDSで、姉妹組織だった海洋政策研究財団の事業をお手伝いした事がきっかけ。

この4月に当方が25年勤めさせていただいている笹川平和財団と海洋政策研究財団が統合した後の事業として、引き続き、お手伝いをさせていただく事になった。

詳細はコチラ

 http://blog.canpan.info/ionet-jpn/

日本政府主催の島サミットと笹川太平洋島嶼基金の関係を改めて整理しておきたい。

<島サミットと笹川太平洋島嶼基金

そもそも1997年に日本政府が開催した島サミットの原型は1988年に笹川平和財団が開催した『太平洋島嶼会議』なのである。

戦後初の対太平洋島嶼政策「倉成ドクトリン」を受けて開催された会議で、倉成氏を議長にお迎えし、ソマレ閣下、カミセセ•マラ閣下、ツポウ皇太子(当時)等々、蒼々たる首脳が太平洋から集まった。しかも東京での会議の後これら首脳を北京にお連れしている。

1997年の島サミットの目玉支援事業USPNet。これも笹川太平洋島嶼基金が仕込んだ案件である。1988年、マラ首相が笹川会長に衛星を打ち上げて欲しいと依頼したのがきっかけ。これが南太平洋大学のUSPNetになり、そして笹川会長の判断で日本のODA案件にした。

実はあまりパッとしなかった島サミットの流れを変えたのも笹川太平洋島嶼基金なのである。

2000年の第2回島サミット控え、小渕総理から助言を求められた笹川会長が沖縄開催を提案。基金はメディアカバレッジの強化支援もした。

2003,2006,2009は島サミットの影の運営者である電事連が仕切ったというと怒られるであろうか?

この流れを変えたのが3.11の後の2012年の島サミットだ。

外務省大洋州課課長からの要請で、笹川会長、羽生会長、寺島常務、海野常務の了解を得て、海洋問題、米国の参加を提案した。

前回の島サミットではこれが全て入った。これでプルトニウム対策だった島サミットの流れが大きく変わったのである。

<第7回島サミットと海洋問題>

今回の島サミットでは、海洋問題がまた一歩踏み込んだ形で議案として取り上げられる。

この背景を作ってきたのも笹川太平洋島嶼基金、そして日本財団なのである。

2008年から始まったミクロネシア海上保安事業であり、もっと大きな視点からは、日本財団が過去40年に渡り行ってきた海上保安事業の国際的動きや、海洋基本法制定等々。

だから、今回笹川平和財団が海洋問題をテーマにしたサイドイベントを開催する事は、また一歩も二歩も日本政府の先を進める事になるのである。

以上、「島と海のネット」事業責任者の古川恵太博士に何度も説明しているのだが、どうも信用してもらえていなさそうなのでここに書かせていただきます。

で、どんな準備作業が進んでいるかは次回書きます。