やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

国家安全保障問題担当、元大統領補佐官はマグロのことを知らないかもしれない

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国家安全保障問題担当、元大統領補佐官はマグロを知らないかもしれない

 

トランプ政権がインド太平洋、特に太平洋島嶼国に明確にコミットする様子はしっかりフォローしてきた。しかし、国家安全保障問題担当、元大統領補佐官のロバート・オブライアン氏が、米領サモアの缶詰工場についての記事を『The Diplomat』に掲載しているのを見つけたときは驚いた。まるで、先日退任した日本の北村滋国家安全保障局長が、与那国島の水産業や水産資源について意見を述べているような話だ。それほど、アメリカ政府は太平洋の安全保障を認識し、島々の経済発展や資源管理に真剣に取り組んでいる証左である。

 

私はかれこれ30年以上太平洋に関与してきた。1990年代は冷戦が終結し、米国の太平洋におけるプレゼンスが引き潮の流れのように消えて行った。2000年、中国の台頭に米国だけでなく世界が鈍感だった。2010年、クリントン長官は現バイデン政権の米国家安全保障会議インド太平洋調整官カート・キャンベルと一緒に、アジア太平洋への回帰を掲げアイランドホッピングに出かけた。しかし、クリントン長官の構想は煙のように消えていった。太平洋の島国、特に米領サモアや、アメリカと自由連合協定を結んでいるミクロネシア3カ国の人々は、ハワイ出身の初代オバマ大統領に大きな期待を寄せていたが、その落胆も大きかったのを覚えている。

 

この状況を変えたのは、トランプ政権、具体的にはインド太平洋軍とオブライアン氏率いるホワイトハウスの安全保障担当者たちであろう。この30年間、私は広大な太平洋の海洋と島々、特にアメリカの領土や自由連合国について語ろうとするアメリカ政府関係者には一人も出会っていない。それどころか、私が冗談半分で「そんなに援助をためらうなら、日本に返したらどうですか?」と尋ねたところ、ある島国の米国大使館員は「実は、国会議員たちがそうしたいと思っているようなんです」と答えた。

 

アメリカの太平洋地域の専門家は、アメリカの太平洋島嶼国に対する政策があまりにもひどいため、何もできていないと繰り返し嘆いていた。唯一評価できるのは、100年前に日本の海軍士官であり修道士でもある山本信次郎が手配したイエズス会の存在だと、ある専門家は私に語った。ニューヨーカーで60年間ミクロネシアに住んでいるフランシス・ヒーゼル神父が設立した「ミクロネシア・セミナー」である。彼は今でも現役で元気である。

 

したがって、太平洋に対するオブライアン氏の明快で力強い見解は、驚きと共に快い響だ。アメリカが去った後、オーストラリアとニュージーランドはよくやっているが、この2つの国は広大な太平洋を背負えるほど大国ではない。米領サモアをはじめとする島国は楽園ではなく、支援がなければ広大なEEZを管理・開発することはできない。いつまでたっても経済的に自立しない島嶼国支援を躊躇する中、無条件で大きなインフラ支援に乗り出したのが中国なのである。

 

オブライアン氏の意見は心強いが、彼は太平洋の近代史や海洋問題の専門家ではないと見た。米領サモアの缶詰工場は、主要な雇用産業である。しかし、マグロの供給がなくなった理由は、中国の違法操業ではなく、オバマ政権下で巨大な海洋保護区が設立されたことだ。米国のさらなる海洋保護規制は外国漁船を米領サモアから遠ざけている。現在、米領サモアでは、缶詰工場を維持するために、目の前の海で獲れるマグロではなく、高い値段で輸入することを余儀なくされている。

 

この米領サモアの目の前の海で最初にマグロを獲ったのは、日本の漁船だった。この記事を書くために、1954年のPacific Islands Monthlyバックナンバーを調べた。記事には「ジャップ、ジャップ」と書かれ不愉快極まりないが、読み進めるうちに抱腹絶倒となった。

 

米領サモアは5年前(1949年?)にツナ缶工場に多額の投資をしたが、マグロが獲れず稼働しなかった。オーストラリアの 「専門家」に高額のコンサルティング料を払って調査プロジェクトを行ったが、マグロは獲れなかったという。「専門家」は、1,000km以上沖に出ないとマグロは獲れないと言っていた。ところが、1954年にアメリカの水産会社が契約した日本の漁船がアメリカ領サモアに来て、港の目の前で何トンものマグロを獲ったのだ。米国の「専門家」が日本の「秘密の技術」を見に行っても、特別なことは何もなく、ただの延縄漁だった。要するに、太平洋島嶼の人々も、アメリカやオーストラリアの「専門家」も、遠洋漁業の経験や知識を持っていなかったということだ。オブライエン氏は、アメリカが日本を太平洋から追い出したものの、島の漁業を助けるために日本を招いたことを知らないかもしれない。

 

また、マグロの生態についても、オブライエン氏はおそらく知らない話がある。"マグロが絶滅する!"  と叫ぶ環境保護主義者がいる。

一匹のマグロが一度に1億個の卵を産み、そのうち1%が成魚になると言われている。それは100万匹だ。オブライエン氏が提唱するように、現在パラオで進んでいるような海洋監視体制を強化することが、海洋保護区の制定より重要であることは明らかだ。

 

Reference:

American Pacific Islanders Deserve Protection – In the Pacific It’s past time to provide U.S. maritime protection to American Samoa. By Robert C. O’Brien June 30, 2021

https://thediplomat.com/2021/06/american-pacific-islanders-deserve-protection-in-the-pacific/

Phenomenal Fish-Catching Off Samoa - Japs Show Us How and Put Pago Cannery Into Operation page 63 ~, PACIFIC ISLANDS Monthly, FEBRUARY, 1954 Vol. XXIV. No. 7.