やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

オセアニアのICT近現代史 — PEACESAT, USPNet, Wifi and Cyber Crimes <DRAFT>

現在同志を共にする民主主義先進国である米・日・豪を中心に太平洋島嶼国を結ぶ海底通信ケーブルの支援が活発だ。その背景には国際秩序、特に安全保障面で挑戦を続ける中国の存在がある。しかし、今から50年前、米・豪・英・新西蘭そして日本などが支援し無料の衛星通信サービスが太平洋島嶼国の島々に提供された。米国が中古衛星を無料で提供したのである。ハワイ大学が運営するPEACESATとフィジーに本校を持つ南太平洋大学が運営するUSPNetである。旧宗主国が残した独占体制の高価でユニバーサルサービスと言った概念とほど遠い、当時の通信格差に対する挑戦でもあった。当時の歴史を紐解くと太平洋島嶼国の人々が先進国の情報通信技術や政策を受動的に受け入れたわけではなく、自らの強固な「政治的意思」を示したことが理解できる。

「実験」として運営されていたPEACESATは現在は運営されていないがPEACESATがオセアニア地域に残した遺産は未だ検証されていない。衛星を失い物理的な情報通信ネットワークを失っても、その事業に関与した人々、特に太平洋島嶼国の人々に強く記憶に残っている。その記憶は情報通信技術や政策に関する経験と政治的意思として生き続け、さらなる通信環境の発展の動力となった。

他方、米国の無料中古衛星の使用を拒否し、地元の通信会社から独立した商業衛星を利用することを決めた南太平洋大学のUSPNetは現在も健在で、大きな青年人口、すなわち教育の重要性がますます増すオセアニア地域で重要な役割を担いつつ発展している。既存の独占通信会社の使用を拒否した背景には通信会社のサービスが大学の運営や教育に適さない、不安定で高価なものであった事が挙げられるが、当時、通信の独占運営が法的に決められていた島嶼国政府にとって、地域大学教育のための独自の通信サービスを持つことは大きな決断であった。南太平洋大学はオセアニアに広がる12の島嶼国がメンバー国(フィジー、サモア、ナウル、トンガ、ソロモン諸島、クック諸島、ニウエ、トケラウ、バヌアツ、ツバル、キリバス、マーシャル諸島)となり、各国の教育大臣が運営委員となっている。その各島嶼国の教育大臣が国の通信規制を変えてまで、南太平洋大学独自の商業衛星を利用した通信ネットワーク構築を政治的意思として進めた結果である。その背景には1968年に南太平洋大学が創設される際の理念「???」があることも指摘したい。

筆者は世界で唯一人1991年から10年以上、この2つのネットワーク、USPNet とPEACESATの維持発展のための支援に直接関わった。よってこの2つの事業に日本政府がどのように関わっていったか、というよりも関らせる道筋を作ったかという立場で日本の関与についても記述する。

80年代終わり、冷戦終結を迎え米ソ軍事競争は縮小していった。日本は憲法の規制もあり、軍事開発ができない中で、国際協力のための衛星技術開発が議論されていたのである。軍事同盟国の米国事業であるPEACESATと共同でその開発を進めることは最適な選択であった。1992年の国際宇宙年をきっかけに、日本の東北大学にから300名のPEACESAT, USPNet関係者が太平洋島嶼国と米豪26か国(地域)から集まった。日本の衛星開発を進める当時の郵政省と助成財団の支援を受けてである。この結果、現在のJAXA (Japan Aerospace Exploration Agency)は独自の途上国開発支援を目的とした衛星開発に乗り出すのである。これが現在の日本の衛星技術に繋がる。

この動きとはまた別に、日本外務省は1992年から開始したプルトニウム輸送に対する南太平洋フォーラム(現 太平洋諸島フォーラム)からの非難に対応するために1997年第1回太平洋島サミットを東京で開催した。事前に南太平洋フォーラムの事務局長と当時の議長であったマーシャル諸島カブア大統領が日本政府に招待され、この機会を利用してUSPNetの改善申請案を日本政府に渡した。なぜ南太平洋フォーラムは、カブア大統領はUSPNetの援助を要請したのか。そこには明確な島嶼国の人々の政治的意思があったからである。

日本の役割はここで終わらない。2000年の第二回太平洋島サミットはG8沖縄サミットと連携していた。そして主要議題はIT憲章と呼ばれるデジタルディバイドであった。この動きが太平洋島嶼国の情報通信改革につながっていく。ADBやUNDPの通信制度改革支援を受けた規制緩和と競争の導入、インターネットガバナンスをめぐるITUとBRICS諸国の思惑、そして北朝鮮のミサイル脅威に対抗するためにマーシャル諸島にある米軍迎撃ミサイル基地とグアムの基地を結ぶ海底通信ケーブルの敷設。さらにはデジセルという新規加入業者が構築したWiFi技術によるデジタルディバイドの克服と新たな課題としてのサイバーセキュリティや仮想通貨の問題を島嶼国の視点と国際政治の動きを反映させつつ、分析、議論する。