やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

プーチンの自決権

私の専門分野の太平洋島嶼国に関して、その歴史も文化も政情も、時事もフォローしていない、外交官、教授、学者を名乗る人がメディアで発言するのを見ると、その間違いや誤解に身の毛がよだつ。現地の人々が命がけて動いている事を私は知っているからだ。

同様にウクライナ問題は気になるが私は歴史も何も知らないので黙って見ている。

ロシアが4州を併合(加盟)したとのニュースに、プーチンの演説もリンクされていたので読んで見ると「自決権」が出てくるのだ。このロシアの自決権外交については、ロシア専門家の袴田氏が述べていて気になった件である。

袴田茂樹 「ロシア、プーチン大統領の中央アジア戦略」国際問題647、2015年

https://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2010/2015-12_004.pdf?noprint

プーチンは2006年から近隣諸国政策を領土保全から自決権に移したとある。

全く知らない分野はどの資料を読めばいいかもわからないが、渋谷 謙次郎氏が「「自決権」を通じたロシアの国家戦略:その法的基盤と言説」という研究をおこなっていたのをウェブに見つけた。クリミア併合を対象とした研究である。

ロシアが自決権外交でクリミア編入につなげた国際的背景に西側がコソボを自決権で承認した事をあげている。そして自決権外交をめぐる認識が西側とロシアでは正反対である、と。最後に「ロシア側の論理をもっと内在的にとらえる姿勢が必要」とあるがこれは何を意味するのだろうか?

袴田、澁谷両氏の「自決権」に関する定義は読んでいない。自決権に関する日本の国際法権威である松井芳郎氏は我々はレーニンの自決権を誤解していたと述べている。それは自決権が植民地からの独立分離を意味するのではなく、レーニンは夫婦関係に例えて、夫から三行半をされても自立できる立場を維持することであるという理解である。すなわち戦後の国連での自決権の理解は少なくともレーニンの自決権とは違うのだ。ここは丸山敬一論文を再読したい。

プーチンやロシアの研究者はレーニンの自決権をよく理解しているはずである。

 

<国連とICJが無視したチャゴス諸島の人々の自決権>

これも自分の専門分野でないので、概要を押さえているだけだが、旧英領モーリシャスが英国が手放さないチャゴス諸島の領有権について返還を求め、国連とICJが「自決権」を理由に返還を勧告してる。インド洋に浮かぶチャゴス諸島には米軍基地があり、モーリシャスは小島嶼国で中国の影響が強い。国際政治を知れば簡単に返還とは言えないはずだ。さらに、肝心のチャゴス諸島の人々はモーリシャスに統治されたくない、英国市民になりたいと言ってるのだ。国連とICJが無視したチャゴス諸島の人々の自決権完璧に無視したケースである。そして英国政府はチャゴス諸島の人々の要請に応え、特別に市民権付与の法律を今年制定した。ICJの勧告をめぐる国際法のペーパーはいくつか目を通したが、チャゴシアンが英国市民権へのアクセスを可能とした以降の論文はまだ見つけていない。

 

<フランス人人口を増やすニューカレドニア>

ニューカレドニアも住民投票で独立の問題が議論されている。独立しないと、一応結果は出たがまだ燻っている。青年人口が多い先住民、すなわち独立派に対し、フランス政府は本国より、2、3倍の給料や福祉を提示し、フランス人、すなわち反独立の人口を増やしてるいのである。実際の数はわからない。現地で得た情報である。武力ではないが作為的な政治行為である。「操作される自決権」とでも言えそうだ。

 

最後にプーチンの演説を貼っておく。「自決権」は2回出てくる。私が参考にしているアントニオ・カッセーゼは自決権とはexteramly ambiguous conceptと書いている。少なくとも自決権は良いもの、と言い切れないのだ。世界を奈落の底に落とすコンセプト、とも言える。

Signing of treaties on accession of Donetsk and Lugansk people's republics and Zaporozhye and Kherson regions to Russia • President of Russia

・・・

それは間違いなく彼らの権利であり、国連の憲章第1条に封印された固有の権利であり、平等な権利と人々の自己決定の原則を直接述べています。

・・・

国境の不可侵性の原則を踏みにじったのはいわゆる西洋であり、今では独自の裁量で、誰が自己決定権を持ち、誰が不自由権を持ち、誰がそれにふさわしくないかを決定しています。彼らの決定が何に基づいているのか、誰がそもそも彼らに決定する権利を与えたのかは不明である。彼らはそれを想定しただけです。