やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

チャゴス判決(5)Stephen Allenの分析

 チャゴス判決文を読む前に周辺の情報や判決文の目の付け所を知りたいのだが誰がどのような分析をしているのか現時点では全くの手探り状態で資料を探している。

 太平洋島嶼国であれば周辺情報は熟知しているので勘も働くがチャゴスは全くわからない。偶然見つけたロンドン大学のDr Stephen Allen。チャゴス問題の専門家のようである。以下のような文献を出している。

The Chagos Islanders and International Law (Hart, 2014)

Title to Territory in International Law: A Temporal Analysis (Ashgate, 2003, with Joshua Castellino).

The Oxford Handbook of Jurisdiction in International Law (OUP, in press, 2019)

The Rights of Indigenous Peoples in Marine Areas (Hart, in press, 2019)

Fifty Years of the British Indian Ocean Territory: Legal Perspectives (Springer, 2018)

Reflections on the UN Declaration on the Rights of Indigenous Peoples (Hart, 2011)

 

 近々オーストラリアのクイーンズランド大学で講演がある。これは聞きたい。

Self-determination and the Implications of the Chagos Advisory Opinion

https://law.uq.edu.au/event/session/12287

 

 判決が出た後の4月にDr AllenがAmerican Society of International Lawに短い論考を発表している。前から気になったいたがざっと読んでみた。

www.asil.org

 「自決権」が国際法の規範となるのが1960年の国連決議1514ではなく、1970年の2625号、すなわち友好関係原則宣言であるというのが英米の主張だという。

”However, during the advisory proceedings, the United Kingdom and the United States contended that the right to self-determination emerged as a CIL norm with the adoption of resolution 2625(XXV)(1970)—i.e. after Mauritius had become independent.”

 今まで読んできた論考で決議1514がどのように生まれたか、すなわちフルシチョフの靴事件のことは誰も書いていない。 ー  なぜだろう?

 すなわち決議1514号は熟考の上、論理的議論の上から誕生したものではないのだ。まさにカッセーゼ博士が自決権に関する著書の中で議論する"extremely ambiguous concept" であることすら誰も議論していない。 ー なぜだろう?

 もう一点Allen博士の論考で興味深かったのが、モーリシャスが巧みに英国との主権紛争を避けてこの問題を訴えた戦略が、まさにフィリピンの南シナ海へのそれであるとの指摘だ。

"In key respects, the approach adopted by Mauritius in this case was reminiscent of the strategy pursued by the Philippines in the South China Sea Case"

 南シナ海判決のその後の様子を見るとフィリピンは中国から最大の支援を引き出そうとしているようにも見える。モーリシャス政府も英米政府からの支援を引き出す手段としての裁判だった可能性はないだろうか? 

 (このように「自決権」は自立できない小国をたくさん生む結果となったのだ。それは安定した国際社会と矛盾した存在、である可能性がある。ということを自分の博論で議論したいと思っています。)

 そうであれば、日本政府も参加するインド洋の小島嶼支援をさらに強化し、チャゴス諸島の軍事基地の安定を図るという視点もありうる。繰り返すが米軍基地があるチャゴス諸島のディエゴガルシアは湾岸、中東の安全保障に重要な場所でありその恩恵を日本も受けているはずだ。