やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

日本海洋政策学会の第7回年次大会ー発表を終えて

12月5日に開催された日本海洋政策学会の第7回年次大会での発表を終えて、10日が経過した。

事前に、学会から発表内容が雑である、という指摘を受けて猛勉強したのが裏目に出て、さらにまとまりがなくなった。発表内容を大会前夜まで吟味し、一睡もできず、当日はスライドポインターが暴走し、ボロボロになってしまった。

しかし、このような機会をいただいたからこそ、関連のペーパーを読み込む事ができたと思う。

水産庁の取締船や、ミクロネシアのカツオ漁船拿捕事件の話に関心が集中したものの、多くの質問をいただいたのも励みになった。

 

シシン・ セイン 博士のペーパーをまとめ、70年代に小島嶼国が独立した背景には、EEZ確保のための主権の確立があるかもしれない事。国の規模(人口、GDP、海洋警察)とEEZの比率を数字に表した事は今後の業務でも活用できそうだ。

日本海洋政策学会の方でも発表スライドを公表するそうだが、このブログの読者の皆さんにも御伝えし、広く批判、コメントを戴ければ幸いです。

 

下記に発表内容をスライドごとにまとめました。

 

スライド1

太平洋島嶼国の海洋管理能力と 国際協力の現状と可能性についてお話しします。

 

スライド2 

本日の発表は次の四点です。

1 ミクロネシア海上保安事業と自己紹介

2 太平洋島嶼国とそのEEZの概要

3 海洋管理体制 ー 支援状況(日米豪)

4 まとめと研究テーマの提案

 

スライド3

私は1991年に笹川平和財団に入り、25年間島嶼国を担当してきました。最初にお断りして於かなければならないのは、学術研究として現在行っているのは太平洋の情報通信政策で、海洋問題は2008年から実務として担当しています。よって本日の発表は、学術研究ではなく実務として担当してきたミクロネシアの海上保安事業を中心に発表します。しかし、最後に学術研究の可能性も提案させていただきたいと存じます。

1991年から、衛星を利用した遠隔教育の事業を担当してきました。そして現在この経験を土台に博士論文を執筆しています。宇宙開発の国際政治と言った関心から海洋問題を扱う様になったのは2008年のことです。

 

スライド4 

2008年、マーシャル諸島大統領から海洋問題に関して協力要請がありました。また同年5月には正論に、海洋管理を中心とした「太平洋共同体」の提案を含む議論を発表しました。これは、太平洋司令軍のキーティング司令官が中国軍幹部から「太平洋を米中で分割管理しよう」という提案を受け、米国上院軍事委員会で証言し、ニュースになった事に反応した提案でした。

 

スライド5 

これをきっかけに、私はミクロネシア海上保安事業を立ち上げるべく関係者との協議を重ね、2010年11月には6カ国、即ち日米豪とミクロネシア3国と2NGOが協力合意をし、支援活動が開始しました。

 

スライド6

日本財団は小型パトロール艇の供与、通信機器の強化、操船シュミレーター供与をミクロネシア3国に対し実施しています。なおパトロール艇の供与は10年分の燃料とメンテナンスの支援も含みます。また10年に限った話ではなく、其の後の支援の可能性もあります。

 

スライド7 

支援内容 関係国(主に米豪)との情報意見交換と人材育成です。

 

スライド8

2008年から始まったミクロネシアの海上保安事業を8年間担当してきましたが、その実務の中で抱いた2つの疑問があります。1つは小島嶼国が広大なEEZを保有する事の意味.2つ目がなぜNGOが海洋安全保障といった分野を支援するのか? 後者は自分がオーストラリア、アメリカの国防省、外務省などとの協議の中で直接投げかけられた質問です。次に、太平洋島嶼国と、そのEEZの概要をお話しします。

 

スライド9

地球の表面積3分の一を占める太平洋の海に数千の島々があります。

 

スライド10 

現在、その数千の島々は22の政治単位に別れています。これを表にしてみました。まずは英連邦メンバーで独立国の島嶼。米国との自由連合協定を締結するミクロネシアの3カ国。ニュージーランドとの自由連合協定を締結する2つの地域とニュージーランド領のトケラウ。フランス領、米領、英領です。そして海洋問題を語る時に外せないのが、米領の無人島、ウェーク島、ジョンストン環礁等です。

 

スライド11 

これらの島々が広大なEEZを太平洋に形成しています。

 

スライド12 

太平洋島嶼国とEEZの関係は国土面積とEEZ面積の対比でよく語られます。日本は1対12ですが、太平洋島嶼国はその比率が、数千、数万になる国々があります。

 

スライド13 

キリバス、パラオ、日本の人口、GDP, 海洋警察の人数とそれぞれのEEZの比率を計算してみました。

【人口一人当たり􏰀EEZ】 パラオ31 km2、キリバス32 km2, 日本0.035 km2 パラオ、キリバス􏰁日本􏰀約千倍

【EEZ 1 km2辺り􏰀GDP】 パラオ約400ドル、キリバス約50ドル 日本百百万ドル 日本はパラオの2,500倍、キリバスの2万倍

【海洋警察一人当たり􏰀EEZ】 パラオは25,160km2 キリバスは70,800km2日本は343 km2 パラオは日本の73倍、キリバスは日本の205倍

 

スライド14 

それではなぜ、どのように、国力を大きく超える、即ちほぼ管理不可能なEEZを保有するに至ったのでしょうか?

米国デラウェア大学のビリアナ・シシン・ セイン 博士の興味深い1989年のペーパーがあります。これを表にまとめてみました。まず島嶼国が次々と独立した70年代と第3次国連海洋法会議が開催された時期が重なる事が指摘されています。次に太平洋に於ける非核運動が活発化した時期でもあります。さらには米ソ冷戦の背景を含んだ太平洋の漁業資源の争奪戦も同時期、活発でした。加えて1972年に創立したUNEPの太平洋での動きも同じ時期に重なります。即ち、広大なEEZを形成するために、小島嶼が主権国家となった側面がある、と言えるかもしれません。なお、シシン・ セイン 博士のペーパーにはありませんが、この70年代というのは英国が世界にある小島嶼の植民地を、タックスヘブンを目的に次々と独立させた時期でもあります。

 

スライド15 

太平洋の海洋の管理体制支援は主に次の3つに分けられると思います。1つはオーストラリアを中心としたFFAとPPBPの動き。2つ目はWCPFCが行うHigh Seas Boarding & Inspection3つ目が米国沿岸警備隊が行うシップライダーズ

 

スライド16 

Pacific Patrol Boat Progarmmはまさに島嶼国がEEZを保有するかどうかが議論された70年代から案が議論されました。現在12カ国に22の監視艇が供与されています。しかし2008年の時点で、島嶼国政府に燃料代を払う予算、人員もなく、年間稼働日が30日という状況でした。これを支援している豪州海軍は本事業を中止したい、違法操業を、魚を追いかけるのは海軍の仕事ではないと主張しました。しかし、長くなるので省きますが色々あって、現在は2ビリオン豪州ドルの予算をつけ、継続する事になりました。

 

スライド17 

興味深いのがWCPFCの公海監視制度です。過去数年にかなりの数の米軍艦船が登録されました。米国沿岸警備隊に確認したところ、海軍の船に、沿岸警備隊かNOAAの法執行官を一人乗船させる事で、法執行船として行動する事になるそうです。

 

スライド18 

島嶼国が行う限られた海洋管理、取締の中で注目したいのがミクロネシア連邦司法が日本のカツオ漁船を拿捕し、億単位の示談金、供託金を得た事件です。この情報は在ミクロネシアの坂井日本大使に、この会議で発表する事を伝えたところ、直接いただいた情報です。

 

スライド19 

広大なEEZを商業漁業禁止とする海洋保護区を制定する動きもあります。ただし、監視体制がない中で絵に描いた餅である可能性が大きい、と同時に、タックスヘブンにつながる信託基金の設置をしています。

 

スライド20 

取り締まらない、という選択があります。なぜ取り締まらないのか? 今年、パラオでベトナム漁船が多数拿捕された例をお話しします。2015年6月、パラオ海洋警察がベトナム違法漁船拿捕しました。しかし、パラオは ベトナムと国交がなく、パラオ国内にベトナム語がわかる人材もいず、ベトナム政府に連絡したところ取り合わないとの反応。パラオ政府は拿捕した漁師の健康管理から、食事宿泊の世話、帰国の手配まで全て負担しなければならなかったんです。それだけではありません。これらの違法漁船はダイナマイトや銃を保持し、麻薬、人身売買、 マネーロンダリングなどの越境犯罪を行っている可能性もあり、とても20数名の海洋警察の能力では対応できません。

 

スライド21 

今回パラオ政府は、拿捕したベトナム漁船等を海上で爆破し、映像にして世界に配信しました。日本は何も協力していないのでしょうか?

 

スライド22 

パラオの商業漁業全面禁止の海洋保護区制定案に向けて日本の水産庁が、2014年に約500トンの取締船「みはま」をパラオに派遣しました。

 

スライド23 

みはまは限られた取締活動の中で、次々と違法漁船、違法漁具をパラオEEZ内で発見しました。

 

スライド24

 

スライド25

 

スライド26 

みはまは、パラオの法執行官を乗船させて、海洋監視を行う「シップライダーズ」方式を取る予定でしたが、日本の外務省と法務省が待ったをかけ、支援ができない状況になっています。しかし、いとも簡単に、パラオの海洋監視の支援をしているのが、シーシェパード、グリーンピースと言ったNGOなのです。

 

スライド27 

忘れもしないあの日、2011年3月11日。パラオではシーシェパードのワトソンとパラオ大統領が監視協定締結の調印をしていました。同年グリーンピースも調印しました。今年9月にはグリーンピースの虹の戦士号がパラオの監視艇と協力し違法漁船を拿捕しています。

 

スライド28 

以上非常に雑駁に述べさせていただきましたがまとめると。。

広大なEEZを保有する太平洋島嶼国の海洋管理能力は非常に限定されている。その法執行能力も疑問があるし、漁業資源管理とは無関係な管理が行われている。本来この海洋を管理する立場にある米豪の支援体制は限定的である。それに比べシーシェパードなどNGOや民間の支援は柔軟で、役にたっているかどうかわからないがニュース性がある。これらの内容を学術的研究として取り上げる理論枠組みの可能性として国際政治分野で「小国」の研究があります。小国が誕生したひとつのきっかけが、第一次世界大戦後のベルサイユ会議で、米国のウィルソン大統領が提唱したself-determination というアデイアです。

 

スライド29 

これを受けて植民地ではなく、委任統治、という制度が生まれました。日本はミクロネシア地域を委任統治した歴史があります。大二次世界大戦後は信託統治という形になり、脱植民地化の動きの中で「自由連合」という制度がニュージーランド政府によって提案され国連で決議されました。他には、英連邦という小島嶼国を多く抱える緩やかなまとまりがあります。それからSmall Island Developing Statesという枠組みで国連の支援を受けた動きがあるようです。

 

スライド30 

小国植民に関する研究には次のような資料を読んできました。これらの小国研究は、数万ではなく数百万単位の小国が主流の用です.即ち数千から数万という、しかも広大な海洋で隔絶された小島嶼国の存在のあり方そのものを議論した研究はまだないように思えます。最後に、一番関心があるのが、アダムスミスの植民論を土台に、日本の植民政策論を構築した新渡戸稲造と矢内原忠雄です。が、未だ新渡戸、矢内原の植民論は、キリスト信者である両者の、キリスト教的思想、価値観から考察した植民論の議論が主流のようで、スミスの植民論と絡めた議論はまだないようなのです。この視点を今後検討するとともに、小島嶼国の海洋管理を今後とも勉強していきたいと考えています。