やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

『海の民のハワイ』小川真和子 著(2)ジャップを公海上から閉め出せ!

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 『海の民のハワイ』小川真和子 著、人文書院、2017

 

 

<ジャップを公海上から閉め出せ!>

『海の民のハワイ』がぐいぐい読み進むのは著者の小川教授による豊富なインタビュー記述と、貴重な過去記録を掘り起こし、生の声が聞けるからであろう。

 

「ジャップを公海上から閉め出す必要がある以上、戦前の漁獲高を100%回復する事は困難」

同書173ページにある、米国食糧生産事務所のディリンハム所長のコメントだ。

1943年1月の、まさに戦争まっただ中である。

 

興味深いのは日本人は海から出て行って欲しいが、日本人がいないと魚が取れない、とわかっていた事だ。(馬鹿じゃない?)

この本には書いていない、小川教授から直接伺った話がある。

日本統治領だったミクロネシアから日本人を追い出した後どうするか?ミクロネシア人は沿岸漁業をちびちびやっているだけで経済開発にはつながらない。沈めた日本船を引き上げ、ハワイ辺りの日本人漁師を送って漁業産業を興すしかない、と戦争中真面目に議論されていたのだそうだ。(やっぱり馬鹿じゃない?)

 

しかし、米国人がそれほど脅威に感じるほど日本の、山口、岡山、広島、和歌山辺りの漁師さん達は太平洋を面として開拓し、ハワイやサンフランシスコ社会で影響力を持ったのだ。

 

<非差別部落と漁業>

同書にちらっと書いてあって気になった記述がある。

非差別部落の事だ。(40ページ)

明治以降に古い身分制度の廃止と職業自由化によって非差別部落の独占だった皮革産業が自由に。海に行っても差別から新たな入漁が認められなかった。彼らが朝鮮や海外に出て行ったのである。ハワイにとは書いてないが可能性はあるのでは?

 

部落問題というと何も知らないし、センシティブな話なのだと思うが、新渡戸を読んでから興味を持った。皇室侍医ベルツ博士とその弟子であった鳥居龍蔵は部落民族の人類学調査を行い、彼らがマレイ系、即ちオーストロネシア語族であるという説を立てたのだ。しかし鳥居はある時突然この説を引っ込めてしまう。

部落民が海洋民族であるオーストロネシア語族であれば海は自分の庭のようなものであろう。

ちなみに、ベルツ博士や鳥居は日本の祖先(皇室の事だと思うが)は南方系、マレイ系という説を持っていたようだが、まだここはきちんと調べていない。

 

<海の植民>

ハワイの移民、というとプランテーションで苦労した話しか研究されていないのだそうだ。

海を面として植民した日本人達。

同書には彼らがどのように海洋を植民して行ったかが詳細に書かれている。「枝村」という植民方式はオーストロネシア語族の数千年に渡る広大な2つの海を繋いだ植民につながるかもしれない。

そして今の海洋法条約ができる、即ち200カイリで水産資源を囲い込もうとした動きを作った原因はやはり日本にあるのではないかと、以前書いたブリストル湾事件も思い出し、考えた。

 

これからの太平洋の海洋ガバナンスはどうあるべきか、を考える材料ともなる本なのだ。