データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所
[文書名] 防衛問題懇談会「日本の安全保障と防衛力のあり方‐21世紀へ向けての展望‐」(樋口レポート)
[年月日] 1994年8月12日
[出典] 内閣官房内閣安全保障室
日本の安全保障と防衛力のあり方 ‐21世紀へ向けての展望‐
The Modality of the Security and Defense Capability of Japan –The Outlook for the 21st Century
Advisory Group on Defense Issues
防衛問題懇談会
日本の安全保障と防衛力のあり方 ‐21世紀へ向けての展望‐
目次
{目次の頁数は出典における頁数}
まえがき・・・1
第1章 冷戦後の世界とアジア・太平洋
1.冷戦の終結と安全保障環境の質的変化・・・2
2.米国を中心とする多角的協力・・・2
3.協力的安全保障の機構としての国連などの役割・・・3
4.今後に予想される4つのタイプの危険・・・4
5.アジア・太平洋地域の安全保障環境の特徴・・・5
第2章 日本の安全保障政策と防衛力についての基本的考え方
1.能動的・建設的な安全保障政策・・・7
2.多角的安全保障協力・・・8
3.日米安全保障協力関係の機能充実・・・10
4.信頼性の高い効率的な防衛力の維持および運用・・・11
第3章 新たな時代における防衛力のあり方
冷戦的防衛戦略から多角的安全保障戦略へ・・・12
第1節 多角的安全保障協力のための防衛力の役割・・・13
1.国連平和維持活動の強化と自衛隊の役割・・・13
(1) 自衛隊の任務と平和維持活動・・・13
(2) 自衛隊の組織上の改善・・・14
(3) 国際平和協力法の改正点・・・15
2.その他の安全保障上の国際協力・・・15
(1) 軍備管理のための国際的協力・・・16
(2) 安全保障対話の促進・・・16
第2節 日米安全保障協力関係の充実・・・16
(1) 政策協議と情報交流の充実・・・17
(2) 運用面における協力体制の推進・・・17
(3) 後方支援における相互協力体制の整備・・・17
(4) 装備面での相互協力の促進・・・18
(5) 駐留米軍に対する支援体制の改善・・・18
第3節 自衛能力の維持と質的改善・・・18
(1) 予想される軍事的危険・・・18
(2) 防衛力整備に当たって考慮すべき要因・・・19
(3) 新しい防衛力についての基本的考え方・・・20
(4)改革の具体策・・・21
第4節 防衛に関連するその他の事項・・・25
(1) 安全保障に関する研究と教育の充実・・・26
(2) 防衛産業・・・26
(3) 技術基盤・・・27
(4) 今後の防衛力整備計画のあり方・・・28
(5) 危機管理体制の確立と情報の一元化・・・28
おわりに・・・28
参考資料
防衛問題懇談会のメンバー・・・33
防衛問題懇談会の経過・・・34
要約・・・39
まえがき
日本国民が、第二次大戦のもたらした物的・精神的荒廃のなかから立ち直り、深い反省を心に秘めつつ、新しい日本を作り上げるための歩みを始めてから、やがて半世紀が過ぎようとしている。ときあたかも、世界の諸国民は、永きにわたった冷戦の試練を乗り越えて、半ば希望と半ば不安とを抱きながら、新しい時代を切り開こうと模索を始めている。日本もまた、21世紀を展望しつつ、国の今後の進路について、改めて考え直すべきことを迫られている。安全保障と国の防衛力のあり方も、このような立場から、根本に立ち返って、検討しなければならない時期を迎えている。
戦後日本の再出発に当たって、われわれは、外には国際連合憲章、内には憲法によって、新しい国家の基本方針の枠組みを与えられた。しかし、創立なお日の浅い国連の掲げる集団安全保障の理念は、冷厳な国際政治の現実にさらされて、その実現の基礎を急速に失っていった。諸国民は、国の安全の最も確かなよりどころが自衛力であることを改めて認識した。そして、米国とソ連という二つの超大国を中心として世界の主要国が相対する状況のもとでは、基本的な利益と価値観を同じくする諸国との同盟を基軸として自国の安全をはかる他ないことを知った。こうして、日米安全保障条約が、戦後日本の安全保障政策の現実的な基礎として選択されたのである。
1952年4月、サンフランシスコ講和条約の発効によって、戦後の国際社会への復帰を果たした日本は、真剣な議論の末に、上記の選択を行った。以来、日本は、国際秩序維持の責任の最も大きな部分を背負ってきた米国と協力しつつ、自国の経済的復興を成し遂げ、また半世紀前には戦乱と貧困にさいなまれたアジア・太平洋地域が平和と繁栄の地域へと変貌することに貢献してきた。このような戦後日本の歩みを振り返ってみれば、その選択は、全体として間違っていなかったと言えるであろう。
冷戦が終結した今、新しい世界のあり方を諸国民が模索している。そのようななかで、日本でも、安全保障と防衛力のあり方を、国の政治の中心的な問題として正面から取り上げて考え直してみようとする機運が生まれている。冷戦下での「不安定な平和」のもとで過ごしてきた日本国民は、いま新しい気持で、もう一度出発点に立ち戻って、将来の世界の平和と日本の安全保障の問題について、真剣に取り組み始めたのである。
この懇談会は、内閣総理大臣の私的諮問機関として、これまでの防衛力のあり方の指針となってきた「防衛計画の大綱」を見直し、それに代わる指針の骨格となるような考え方を提示することを目的に、5か月余にわたって、議論を重ねてきた。冷戦後の国際環境の変化と、日本社会自身が直面しつつあるさまざまな変化を考慮しながら、新時代に即した安全保障政策の方向を示し、それに基づいて防衛力の新しいあり方について提言することが、本懇談会の課題である。
第1章 冷戦後の世界とアジア・太平洋
1. 冷戦の終結と安全保障環境の質的変化
第二次世界大戦後、半世紀近くの間、国際政治の基本的な枠組みとなっていた東西対立の構図は、「ベルリンの壁」とともに崩れ去った。米国を中心とする西側諸国が自由と民主主義を堅持し、着実な経済発展を遂げてきたので、ソ連をはじめとする社会主義諸国は、経済と技術の競争において明らかな劣勢に陥った。退勢を挽回し、強国としての再建をめざして着手されたソ連の改革は、東欧諸国の社会主義体制の相つぐ崩壊と、最後にはソ連そのものの解体という、意図せざる結果をもたらした。東側諸国で構成されていたワルシャワ条約機構(WPO)の消滅が、最も端的に冷戦の終結を物語っている。
冷戦時代に、地球上のすべての地域、すべての諸国民が、同じように、米ソ対立の影響を経験してきたわけではない。また、冷戦終結は、それぞれの地域、それぞれの国々で、さまざまな影響を及ぼしている。しかし、安全保障問題のあり方に関する限り、冷戦の影響が地球の隅々にまで及んでいたことは否定できない。そして、米ソの対決が終わったいま、安全保障環境がこれまでのものと大きく変化したことも、また否定し難い。その変化をひとことで言えば、はっきりと目に見える形の脅威が消滅し、米露及び欧州を中心に軍備管理・軍縮の動きも進展している一方、不透明で不確実な状況がわれわれを不安に陥れている。言い換えれば、分散的で特定し難いさまざまな性質の危険が存在していて、それがどのような形をとってわれわれの安全を脅かすようになるのかを、予め知ることが難しくなったのである。いつ破綻するかも知れない「恐怖の均衡」から解放されたという意味では、安心感は増大したが、予想し難い危険に備え、時期を失わずに敏速に対応する姿勢を保持しなければならないという意味では、より難しい安全保障環境にわれわれは直面しつつあるとも言えるのである。冷戦の終結とともに生じつつある新しい安全保障問題の出現に鈍感であることは、許されない。
2. 米国を中心とする多角的協力
安全保障環境の現実的基礎となるのは、軍事力の態様と平和維持のための国際的な諸制度のふたつである。軍事力における米国の優位は、ソ連の崩壊によってさらに堅固なものとなった。冷戦時代に米国を中心として作りあげられた同盟のネットワークは、今後も国際関係の安定的要因として、持続されるであろう。そのなかでも、日米安全保障条約と北大西洋条約機構(NATO)とが、最も代表的なものである。米国の軍事力に正面から挑戦する意図と能力をもった大国が近い将来に登場する可能性はない。
しかしながら、総合的な国力において、米国はかつてのような圧倒的優位はもはやもっていない。とくに経済力の分野で、米国とその他の先進国、さらには、新興工業国との間の競争が激化する傾向が見られる。その結果、経済の争点をめぐっては、競合的な関係が、今後、強まる可能性がある。しかし、それが引き金となって、古典的な意味での軍事力拡大の競争が始まるとは思えない。むしろ、関係諸国は、いずれも、そのような事態に陥ることを避けたいと考えているので、ある程度の経済的利害の衝突の発生にもかかわらず、軍事と安全保障の面では、米国を中心とした協力的関係が続くと予想される。
問題はむしろ、米国がその卓越した軍事力を背後に持ちながら、多角的協力のなかでリーダーシップを発揮できるかどうかである。それはある程度までは、米国と協力すべき立場にある諸国の側の行動次第で、きまってくるであろう。安全保障問題を国際的な協力によって解決するための仕組みは、まだまだ不完全ではあるが、国連のレベルでも、地域的なレベルでも、少しずつ、その発展の兆しが見えてきている。
3. 協力的安全保障の機構としての国連などの役割
米国を中心とした多角的協力が保たれることが、国連の安全保障の仕組みが機能するための不可欠の要件である。きびしい米ソ対決のもとでは十分に機能することのできなかった国連は、ここ数年、平和維持活動を活発に展開し、その活動範囲を、地理的にも内容的にも拡大しつつある。今後も引き続き国連のこうした活動が可能であるかどうかは、安全保障理事会の常任理事国である5大国や、財政的に大きな寄与をしている日本、ドイツなどを含めたG7等主要国の間で、どのように協調が保たれるかに、大きくかかっている。
大国間の全面的な武力対決の可能性が低下する一方、世界のさまざまな地域や国々、とくに国としてのまとまりを欠いた社会基盤の脆弱なところで、あるいは国境を越えて、あるいは国境の内部で、諸勢力間の紛争が激化し、武力衝突にまで発展するケースが多くなってきた。このような比較的規模の小さいいわゆる地域紛争への効果的対処が、国際的平和のための主要な課題となっている。
一方、経済発展の成果が、少数の先進国の範囲を越えてより多くの国々や地域に拡がり始めたために、経済的利害の調整がこれまでよりも複雑になってきた。いまのところ、このような経済問題が軍事的衝突に発展する徴候は見られないが、処理を誤れば、地域的な、ひいては地球全体の安全保障を脅かす新しい問題に発展しかねない危険をはらんでいる。国家建設がようやく軌道に乗り始め、ダイナミックな経済発展を遂げつつある諸国を多く抱えているアジア・太平洋では、とくに、この種の危険に対して細心の注意を払う必要がある。せっかくの経済発展の成果が、それをめぐる利害の食い違いから政治的不信の高まりを引き起こす原因とならないように、地域的な規模での政治的信頼関係を築きあげる努力が、安全保障の観点からも重要視されなければならない。
4. 今後に予想される4つのタイプの危険
このような特徴をもった安全保障環境において、今後、生じやすい危険とはどのようなタイプのものであろうか。
第一には、かつての米ソ間にあったような主要国間の直接的な軍事的対立は、さし当たり考えられない。したがって、世界的な規模での武力紛争の可能性は、ゼロとは言わないまでも、大幅に低下した。世界の大国はいずれも、ここ当分の間、国内の経済・社会問題に意を注ぐであろう。社会主義体制からの困難な転換の過程を経験しつつあるロシアや市場経済化に取り組みつつある中国も、その例外ではない。問題はこの両国を含む国連安全保障理事会の5つの常任理事国が、今後、その責任に応えて、国際社会で建設的な役割を果たす意思と能力を持ち続けるか否かである。米国を中心とする大国間の協調が失なわれる{前5文字ママ}ならば、世界全体の安全保障環境が一挙に悪化する危険がある。
第二に、局地的な規模の武力衝突が多発し、その性質が複雑化すると予想される。このような「地域紛争」は、冷戦期にも、数多く発生していた。その意味では、なんら新しい現象ではないが、これまでのように、直接二大陣営間の緊張に連動する危険が遠のいたという意味で、新しい。大国の利害にかかわりが少ないということは、国際社会による地域紛争への対応を容易にする面もみられるが、逆に冷戦期に比べ大国の調整力が働きにくくなり、有効な解決策が施されないままに事態が悪化するおそれも生じてきた。
第三に、局地的な武力衝突の原因ともなりその結果でもある武器や軍事関連技術の拡散の危険が高まっている。在来型の兵器もさることながら、とくに、核および化学・生物兵器とミサイル技術の拡散が放置されるならば、国際社会全体の安全が脅かされるであろう。とりわけ、旧ソ連から核技術や核物質が流出し、国際的規則に遵わないものの手に渡る危険は深刻である。
第四に、上に述べたような局地的武力衝突の誘因となるのは、経済的貧困や社会的不満であり、それと関連した国家の統治能力の喪失である。たとえば、最貧国を多くもつ地域や、資源は豊かだが地域的安定度が極めて低い地域などは、注意が必要である。この点に着目すれば、安全保障問題の解決には、単に軍事的手段による対応だけではなく、経済・技術援助を含めた多元的な手段を駆使して、総合的に取り組むことがますます必要になってくると思われる。
5. アジア・太平洋地域の安全保障環境の特徴
国際社会の安全をおびやかす大規模な危険は、今のところ遠のいている。しかし、現代社会の経済的・技術的な条件からいって、地球はますます相互依存的になっているので、局地的な紛争であっても、国際社会全体に波及しやすい構造となっている。とりわけ、日本の経済は、中東の石油への高い依存をはじめ、世界各地との深い関係を基礎として成り立っているので、その安全保障上の関心は全世界に及んでいる。
にもかかわらず、日本がアジア・太平洋地域の安全保障に特別の関心をもたざるを得ないことも、たしかである。冷戦後の世界における安全保障問題の質的変化に関してこれまで述べてきたことは、アジア・太平洋についても、あてはまる。と同時に、すでに触れたように、ダイナミックな変化の過程にあるこの地域には、安全保障上、特別に注意を払わなければならないいくつかの特徴がある。
第一に、ソ連の強大な軍事的脅威に備えるために永年にわたって高度の防衛態勢を築いてきたヨーロッパ諸国の場合と異なって、アジア・太平洋ではソ連の崩壊は、安全保障環境の劇的な変化を意味しなかった。これによって、軍事的緊張のレベルが急激に低下したという事実はない。むしろ、この地域の諸国は、概して、これまでよりも、安全保障問題により大きな関心を払い、国の資源のかなりの部分を軍事力の向上に向けるようになっている。
第二次大戦後の半世紀は、大多数のアジア諸国民にとっては、みずからの国家を建設し、国際社会において主権的存在としての自己主張をし始めた創造の時代であった。国家建設・国民統合の営みは、冷戦期のアジアの歴史の一大特徴であり、この地域の諸国民に社会建設のエネルギーが溢{溢は原文ではさんずいに益}れていたことが、アジアが東西両陣営の体制選択をかけた激しい主導権争いのための恰好の舞台となったひとつの理由でもある。
冷戦が終わり、かつての両超大国の影響力が相対的に後退するにつれて、若々しい活力に満ちたアジア諸国がより自主的な安全保障政策を追求し始めたとしても、不思議ではない。アジア諸国がこれまでよりも真剣に安全保障問題に取り組むようになった背景には、冷戦の終結にともなって、アジアでの力関係が流動化しつつあるという状況がある。いずれにせよ、このように中国を含む多くのアジア諸国が、軍事力の向上をめざす政治的動機と経済的基盤を持つようになったことが、この地域の安全保障環境の第一の特徴となっている。
第二に、アジア・太平洋地域の安全保障システムは、未成熟な形成途上の段階にとどまっている。朝鮮半島における休戦ラインをはさんだ緊張関係は、核兵器拡散の危険をはらんだまま、持続している。南北分断が解消し、持続性のある政治的和解が成立するのは、容易ならざる道筋である。民族統一の時期、態様、その後の統一国家の性格や対外政策の方向づけなどは、今のところ、予測が困難である。
中国は、最近の歴史に例を見ないほど安定した国際環境に恵まれて、近代化に最大のエネルギーを注いでいるが、台湾海峡をはさむ諸問題や、香港の地位、内陸部と沿岸部との経済格差拡大など、未解決の問題を残している。インドシナ半島では、ようやくカンボディアの戦火がおさまり、ベトナムをはじめとする諸国家は経済建設の時期に入ろうとしているが、まだカンボディアでは、武力衝突再燃の危険が完全に去ったとは言えない。中国大陸の沿岸に散在する島嶼の領有権をめぐる利害関係国の間の紛争が、軍事衝突に発展する危険もまた軽視はできない。これらはすべて、政治的・軍事的に十分に安定した状況が、まだ、この地域には存在しないことを物語っている。
第三に、アジア・太平洋、とくに北東アジアと北西太平洋地域は、米国、ロシア、中国という、世界でも有数の軍事大国の利害が集中しているという地政学的事実が重要である。ロシアと中国は伝統的にはユーラシア大陸に基盤をもつ大陸国家であるが、その経済活動が拡大するにつれて、太平洋に目を向けた海洋国家的な性格を持ちはじめている。また、この3国はいずれも核武装をしている。とくに、ロシアの場合は、北極圏をはさんで、米国と相対する核兵器保有国として、強い関心を北西太平洋にもっている。米国は、安全保障上の観点に加えて、ますます増大する通商上の利益からいっても、今後、この地域に対する関心を持ち続けるであろう。日本は、このような世界的な軍事大国の利害の交錯を特徴とする北東アジア・北西太平洋に位置している国として、安全保障問題に敏感たらざるを得ない。
これらすべての特徴 ‐ アジア諸国の持つダイナミズムとエネルギー、地域的安全保障協力システムの未成熟、主要な軍事大国の利害の交錯 ‐ からいって、アジア・太平洋の安全保障環境には、プラスとマイナスの両方の可能性が潜んでいる。アジアが大国の利害追求のための受け身の舞台にすぎなかった時代は、すでに終わった。20世紀後半にみずからの国家をもつようになったアジア諸国が、21世紀にかけて、かつてヨーロッパ諸国が狭い大陸のなかで競い合いながら国家形成に没頭した諸世紀に経験したのと同様、絶え間ない戦争の歴史を繰り返すとは思えない。地政学的な条件はもとより、時代環境も大きく異なるからである。いずれにせよ、アジア・太平洋が豊かな機会に満ち、そして主要大国が深いかかわりをもつ地域であるだけに、今後のアジアの動向が世界の安全保障の将来をきめるひとつの重要な要因であることは、間違いがないであろう。日本をはじめとする関係諸国の責任は大きい。
第2章 日本の安全保障政策と防衛力についての基本的考え方
1. 能動的・建設的な安全保障政策
前章で述べてきたように、国際的安全保障問題は、冷戦時代には、米ソ間の2極的緊張の推移に焦点を合わせて論じられてきた。今日の安全保障は、そのような焦点が失われ、分散的で予測困難な危険が存在する不透明な国際秩序そのものが、われわれの不安感の原因となっている。しかし一方、国連など国際的な諸制度のもとで米国を中心として主要国が協力することにより、集団的な紛争処理能力が発展していく兆しが現われはじめているので、ひとつの新しい方向は示唆されている。今日の安全保障環境には種々の危険が存在しているが、国際社会が協力して紛争の発生を未然に防ぎ、発生した紛争の拡大を押しとどめ、さらには進んで紛争発生の原因を除去することができるであろう。このように、世界の諸国民が協力の精神に基づいて、持続的な「平和の構造」を創りあげるために能動的・建設的に行動するならば、今までよりも安全な世界を作り出す好機も、また、生じているのである。もっとも現状では、各国は、各自の防衛力を保有するとともに、自国だけでは防衛を全うできないことから、同盟国との絆を保つことによって安全を確保していることも忘れてはならない。
日本は、これまでのどちらかと言えば受動的な安全保障上の役割から脱して、今後は、能動的な秩序形成者として行動すべきである。また、そうしなければならない責任を背負っている。国際紛争解決のための手段として武力行使を禁止するのが国連憲章の意図するところである。そのような姿に国際社会がなることは、地球的な規模で経済活動に携わり、しかも軍事的大国化の道をとるべきでないと決意している日本にとって、国益上、きわめて望ましいことである。したがって、能動的・建設的な安全保障政策を追求し、そのために努力することは、日本の国際社会に対する貢献であるばかりでなく、何よりも、現在および将来の日本国民に対する責任でもある。
そのような責任を果たすために、日本は、外交、経済、防衛などすべての政策手段を駆使して、これに取り組まなければならない。すなわち、整合性のある総合的な安全保障政策の構築が必要とされる。第一は世界的ならびに地域的な規模での多角的安全保障協力の促進、第二は日米安全保障関係の機能充実、第三は一段と強化された情報能力、機敏な危機対処能力を基礎とする信頼性の高い効率的な防衛力の保持である。
2. 多角的安全保障協力
集団安全保障の機構として50年前に創設された国際連合は、いま、ようやくその本来の機能に目覚めつつある。
そもそも、国連憲章第2条第4項で禁ずる「武力による威嚇又は武力の行使」とは、国際紛争解決の手段として個々の国家が独自にとる行動をさしている。その点は、国連憲章のみなもとである1928年のパリ条約(戦争放棄に関する条約)においても、同様である。言いかえれば、国連憲章の前文で述べられている通り、いかなる国家といえども、国際社会の「共同の利益の場合を除いて」、武力を行使すべきでないというのが、その本来の趣旨である。
実際、国連憲章は、その第2条第3項において、「国際紛争を平和的手段によって」解決するよう加盟国に求め、さらにその第4項は、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と、規定している。このように、国連加盟国のすべてが、「武力による威嚇又は武力の行使」を慎むことを、国際社会全体に対して誓約しているのであり、日本国憲法第9条の規定も、その精神においてこれと合致している。
しかし、仮に、国連の平和活動を支える上で特別の責任を負っているはずの大国自身が紛争当事者となった場合には、国連のこの機能が事実上失われるのは、避けられない。そのことが示すように、国連の集団安全保障機構が本来の機能を発揮するためには、国際的環境の安定が必要である。冷戦が終わって、主要国の間に深刻な軍事的対立がない現在は、そのような条件が、最低限、満たされている。この好機を利用して、諸国民がどれだけ協力的安全保障の実績をあげ、その習慣を身につけることができるかどうかが、21世紀の国連の運命を占う決め手となるであろう。平和国家日本は、だれのためよりも、まず自国の国益の見地から、この歴史的な機会を積極的に利用しなくてはならない。
もっとも、国連の集団安全保障機構が、完成したかたちででき上がるのは、まだ遠い先のことのように見える。むしろ今の段階で国連に求められているのは、憲章第7章による正規の国連軍による武力衝突への対処というよりも、統治能力の主体がはっきりしない不安定な諸国の内部で発生する武力紛争の予防とその拡大防止、さらには紛争停止後の秩序再建に対する支援など危機の態様に応じ、国連の平和維持活動がますます多様化しつつある。日本は、これらの平和維持活動にできる限り積極的に参加することが必要であり、そのための制度や能力の整備に力を入れるべきである。
なお、平和維持活動の民生部門や、紛争収拾後の平和建設が、安全保障のための国際協力の重要な分野であることを、ここで、強調しておきたい。この分野では、日本がとくに有意義な貢献をすることができるはずである。政府レベルでは、たとえば、開発援助(ODA)政策をこのために積極的に利用すべきである。また、民間の自発的な参加が、この点では、とくに有意義であるので、非政府団体(NGO)の活動が活発になるように、社会全体が真剣に取り組むべきである。
他方、国家間の利害の衝突が武力紛争に発展する危険も、もとより、なくなったわけではない。各国が自衛力を最後の備えとして持つことは、それが自衛権の行使の範囲にとどまるものである限りは、容認される。しかし、それらの諸国が極端な相互不信を抱いたままの状態で軍事力の増強に走るならば、武力紛争の危険は高まるであろう。したがって、相互不信のレベルを低下させ、逆に安心感を高め、少しでも相互信頼の状態へ近づけていくことが、まず必要である。そのためには、世界的・地域的な規模での軍備管理の制度を効果あるものにしていく努力が必要である。日本の提案で国連に設立された通常兵器移転登録制度はすでに実施に移されている。また、核・生物・化学兵器やミサイル技術などの大量破壊兵器とその関連技術の拡散を防止することは、人類共通の重大な関心事であり、そのための国際的管理・監視の体制の強化に、日本は今まで以上の努力を注ぐべきである。
協力的安全保障政策は、国連においてだけでなく、地域的なレベルにおいても、進められなければならない。すでに、ASEAN地域フォーラム(ARF)の場で、参加国の間の安全保障対話が始まっている。日本は、このフォーラムの設置に当初から積極的に関与してきたが、今後もその発展に意を注ぐ必要がある。たとえば、武器移転と取得、軍事力の配置、軍事演習などに関する情報を相互に公開してその透明性を高めるための地域的制度を設けるとか、海難防止、海上交通の安全、平和維持活動に関する協力の仕組みをつくるなどといった問題が、そこで取りあげられるべきであろう。政府レベルの地域的対話を補完するものとして、民間レベルのアジア・太平洋安全保障協力会議(CSCAP)が最近発足した。このような場を通じて、中国、ロシア、そしてゆくゆくはインドシナ諸国や朝鮮民主主義人民共和国など、軍事政策に関する情報が得にくい国々との対話が進むならば、アジア・太平洋の安全保障環境の透明度が増し、それによって、地域諸国の間の安心感が高まるであろう。
北東アジア・北西太平洋地域の多角的安全保障対話は、準民間レベルでの日米中韓露の5か国のフォーラムの試みなど、いくらかその兆しが見え始めているが、朝鮮民主主義人民共和国の参加は、まだ実現していない。政府レベルでは、さしあたり、韓国、中国、ロシアなど各国別に2国間の軍事交流を促進することで、相互に透明度を高める努力をすべきであろう。
アジア・太平洋地域の諸国が協力して、国連の平和維持活動に従事するための常設の地域的制度を持つ日は、まだ先のことであろう。しかし、カンボディア暫定機構(UNTAC)への参加を通じて、地域内のいくつかの国は、この分野での協力について経験を積んだ。日本はオーストラリア、カナダなど、国連平和維持活動の豊かな経験をもっている国々との交流を進めることで、地域的協力についてより多くを学ぶことができる。そのほか、日本は米国をはじめその他の諸外国との間で、できるだけ、軍事面での相互訪問、研究交流、相互留学、共同訓練などの経験を積み、地域的安全保障のための協力の基盤を広げていく努力をすべきであろう。
3. 日米安全保障協力関係の機能充実
日本自身の安全をいっそう確実にするためにも、また、多角的な安全保障協力を効果的にするためにも、日米間の緊密で幅広い協力と共同作業が不可欠である。そのための制度的枠組みは日米安全保障条約によって与えられている。今後、日米両国が努力すべきことは、この枠組みを活用して、新しい安全保障上の必要に対応してより積極的に対処できるよう、両国の協力関係をさらに充実させることである。
冷戦期の東西対立を背景に、ヨーロッパにおいて北大西洋条約機構(NATO)が設立されたが、アジアでも朝鮮戦争の勃発など東西対立を背景に、日米安全保障条約が締結された。しかし、米国を中心とする国際的協力が冷戦後の安全保障体制においても現実的な基礎となることを考えれば、これらの条約機構が、新しい安全保障体制の形成にとって貴重な資産として受け継がれるのは、理由のあることである。
アジア・太平洋地域の安全保障環境との関連においても、日米間の協力は不可欠の要素である。多くのアジア諸国が望んでいる米国のこの地域へのコミットメントを確保し続けるため、日米両国がその安全保障関係を引き続き維持するという決意を新たにすることの意義は大きい。米国の財政的考慮や軍事情勢の評価次第では、アジアにおけるその態勢に多少の修正があるかも知れない。また、フィリピン基地の撤去やシンガポールとの軍事施設利用に関する新たな協定の締結の例にみるように、米軍のプレゼンスの形式には、すでにいくらかの変化が生じている。米国が今後も日本をはじめ、韓国、オーストラリア、シンガポール、フィリピン、タイなどの地域諸国とそれぞれの仕方で作りあげている安全保障協力の枠組みを維持していくことは、この地域全体の安定のために大きな意味をもっているので、そのような方向で関係諸国が協力することが望ましい。
このような広い国際的かつ地域的視点から見るとき、日米安全保障条約は、これまでにもまして、重要な意味を帯びてくるであろう。また、日本のとるべき能動的・建設的な安全保障政策にとって不可欠の枠組みをなすという意味からも、この条約の意義を再認識する必要がある。したがって、この条約の存続をよりいっそう確実なものとし、そのよりいっそう円滑な運用をはかるため、さまざまな政策的な配慮と制度的な改善がなされなければならない。
4. 信頼性の高い効率的な防衛力の維持および運用
安全保障の最終的なよりどころが、国民の自らを守る決意とそのための適切な手段の保持であることは、依然として真理である。自衛力は、いわば国家としての自己管理能力ならびに危機管理能力の具体的な表現である。そのような能力の欠如した国々を数多く抱えた地域で、いま、武力紛争がつぎつぎに発生していることを見れば、国際安全保障がまず、安定した危機管理能力を持った国家の建設に始まることは自明である。
日米安全保障体制の信頼性の向上をはかるとともに、多角的な安全保障協力に日本が能動的・建設的に参加するためには、日本自身の防衛態勢がしっかりしていなければならない。そのためには、自衛隊は情報能力、危険予知能力を向上し、確実に危機対応ができるような態勢を備え、また、そのように行動できるような政策決定の仕組みをつくりあげておく必要がある。
そのような自衛力が国際的な安全保障環境のなかで調和のとれたものでなくてはならないことも、また、事実である。そのような意味で適切な防衛力の質と量を決定することは決して容易ではないが、我が国を取り巻く安全保障環境と、そのもとでの自衛隊の任務を基礎とした上で、同盟国との関係、国土の地勢的特徴、軍事技術の水準・人口の規模と構成、経済財政事情などの要因を考慮に入れて、我が国が平時から保有しておくべき防衛力の質と量が導き出されるであろう。これまで、そのような防衛力を表すものとして、基盤的防衛力という概念が使われてきた。この概念そのものは、今日のような協力的安全保障の時代でも、引き続き意味をもっている。
今後は、基盤的防衛力の概念を生かしながらも、新しい安全保障環境の必要に応じて、また資金的ならびに人的資源の適正配分をも考慮して、強化・充実すべき機能と縮小・整理すべき機能とを区分し、組織の合理化をはかることが肝要である。あるべき防衛力の具体的な姿は第3章で述べることにするが、(1)危険の事前予知能力を高めるための情報機能、(2)危険顕在化の早期の段階における機敏な対処能力、(3)万が一危険が拡大した場合に備える弾力性などが重要である。
第3章 新たな時代における防衛力のあり方
冷戦的防衛戦略から多角的安全保障戦略へ
冷戦期のわが国の防衛力は、日米安全保障条約のもとでの米軍の駐留ならびに来援を前提として、敵対的勢力による日本の国土に対する攻撃に備えることを主眼とし、あわせて、国民生活の維持にとって死活的に重要な海上交通の安全を確保することを、その目的として、整備され維持されてきた。日本はもっぱら個別的自衛権にもとづく自国の防衛を使命としてきたが、その地勢上の位置から言って、おのずから、西側陣営の対ソ戦略のなかで重要な役割を果たしてきた。
冷戦時においても、米ソ間の直接的な軍事対決に至らないが、両者間の対抗を背景にもった地域的な武力衝突が、むしろ国際的紛争の主要な形態であった。まだ連合国による管理下に日本がおかれていた時期に起こった朝鮮戦争は無論のこと、ベトナム戦争を始めとするこれらの地域紛争に際して、日本は、米軍の行動を支える後方基地としての役目を果たしてきた。
冷戦の終結とともに、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変化したが、自国の防衛という本来的な役割は、時代の変化を越えて、変わりがない。また、日米間の協力が今後も日本の安全保障政策の重要な柱であることも、これまでと変わらない。しかし、そのような防衛力と安全保障政策を、協力的安全保障の視点からどのように位置づけるべきかが、今後の新しい問題である。
第1節 多角的安全保障協力のための防衛力の役割
前章までに述べてきたように、新しい時代における国際的安全保障の主要な課題は、世界の各地で発生する多様な性質の危険に適切に対応し、安全保障環境の悪化を防ぎ、さらにはそれを積極的に改善していくことである。そのためには、各国が、同盟関係を基礎に、国連その他の機構などを通じて、世界全体および各地域の安定を増すために、建設的な視野に立って互いに協力しつつ、能動的に取り組んでいくことが肝要である。国際社会とのかかわりがこれだけ大きくなった日本は、それに比例して大きな責任を、この点でも、背負うべき立場にある。日本の防衛力も、そのような国際安全保障のための多角的な協力のなかで果たすべき役割をもっている。
1.国連平和維持活動の強化と自衛隊の役割
日本は、平成4(1992)年に国際平和協力法を制定し、自衛隊の参加を含めて、国連の平和維持活動に本格的に関与する態度をきめた。国連の平和維持活動は、ブトロス・ブトロス・ガリ国連事務総長の「平和への課題」における問題提起と、現に実施中のいくつかの事例に照らしてわかるように、その内容や観念それ自体が、新しい環境への適応を迫られ、経験を重ねつつあるのが、実際の姿である。国連がようやく、あるべき国連に向かって動き始めていることは間違いない。
そのように見るとき、今後の日本の安全保障政策の重要な柱の一つが、平和維持活動の一層の充実をはじめとする国際平和のための国連の機能強化への積極的寄与にあることは、あらためて強調しておくべきであろう。しかも、このような安全保障問題に関する国際的な趨勢に確実にコミットしていくことが、日本の国際的地位にふさわしい役割であるという意味で重要である。また、国連憲章が掲げる「不戦の世界」の理念が実現に近づけば近づくほど、本来の平和主義を志向する日本のような国家にとって住みやすい世界になるという意味で、その目標をめざして努力することは国益上もきわめて重要である。日本の安全の確保を最大の使命とする自衛隊が、この任務から免れてよいわけがない。そのような観点から、自衛隊の運用に関する法制、部隊組織、装備、訓練などの面で、いくつかの改善が必要である。
(1)自衛隊の任務と平和維持活動 まず、国の防衛という第一義的な任務と並んで、平和維持活動をはじめ、国際安全保障を目的として国連の枠組みのもとで行われるさまざまな多角的協力に可能な限り積極的に参加することを、自衛隊の重要な任務とみなすことが肝要である。その意味から、平和維持活動への参加を自衛隊の本務に加えるための自衛隊法改正を始めとする法制上の整備や、国際協力を念頭においた自衛隊の組織改善などの措置が、とられるべきである。そのほか、自衛隊の施設を平和維持活動のための訓練センターや物資・装備の事前集積などの目的に使用することや、他国の行う平和維持活動に必要な整備品を日本が供与したりすることも、積極的に検討されてよい。こうした措置は、平和のための国際公共財の提供という意味をもっている。
当面、国連の役割として最も注目されている平和維持活動は、一定の範囲での武器の使用を必要とする場合があるが、それは既に述べてきた国連の目的からみて、当然許容されるものである。そのような観点から政府は、自衛隊の参加の態様について、今後、内外の世論の理解を得るように、努力すべきであろう。なお、どのような仕方と限度で、平和維持活動に日本が関与するのが良いかは、そのために日本がどれだけ有意義な寄与を行う手段をもっているかの見きわめをはじめ、その他、種々の点を考慮に入れ、総合的に判断すべき問題である。
平和維持活動に自衛隊以外の組織をもってこれに充てるべきであるという考えが一部にあるが、憲法上の疑義を回避するのがその趣旨であるならば、意味がない。平和維持活動の軍事部門に参加する組織は、名称は何であれ、国際的には軍事組織と見なされ、たとえば地位協定では「外国軍隊」としての扱いを受ける。また、国連が各国からの要員派遣を要請する際には、兵種、階級等を指定してくるのであって見れば、自衛隊以外の組織であっても、それが軍事組織として扱われることには、変わりがない。しかも、自衛隊とは別にもっぱら国際的協力を目的とする平和維持部隊のような組織を新設するならば、実質的には軍備増強につながるという疑念を、諸外国に抱かせることになりかねない。むしろ、自衛隊に国連の平和維持活動などに参加する機会を与えることによって、内においては自衛隊や防衛当局の国際的な視野を広め、自衛隊に対する国民の理解をいっそう確実にし、外においては自衛隊の実像に関する透明度を増し、ひいては、日本に対する信頼性を高めるうえで、大いに資するところがあるであろう。
(2)自衛隊の組織上の改善 上に述べたような目的に合わせて、自衛隊の組織の上でも、一連の改善が必要である。これまで、自衛隊は、日本に対する「限定小規模侵略」という事態を想定し、これに対処するための組織、編成、装備の体系をもち、またそれに見合った教育訓練を行ってきた。最近のいくつかの平和維持活動への参加も、既存の組織・装備・訓練の枠内で対応できる範囲のものであった。幸い、カンボディアの例などを見ると、従来の教育訓練や災害救援の経験が十分役立ち、国際的にも高い評価を受けるだけの実績をあげることができた。
しかし、今後は、この種の活動への参加が要請される場合も増えると考えられるので、それに備えたより系統的な取り組みが必要となるであろう。平和維持活動は第一に、何よりも日本国内とは文化的・地理的・政治的に非常に異なる環境での活動であり、第二に、他国の同様な組織との国際的な共同行動であり、第三に、本来の軍事行動とは異なる性質のものである。したがって、その都度に急場に合わせて対応していたのでは、求められている責務を十分果たすことはできなくなるおそれがある。まして、今後の平和維持活動には、迅速な対応が求められることが多くなることが予想されるのであって、日頃からの準備を整える必要性はますます高くなっている。
具体的には、組織・制度面と装備面を中心に以下の改善がなされるべきであろう。
まず、組織・制度面では、平和維持活動その他の国際協力に関連する情報を幅広く蓄積・整理し、要員に対する専門的な教育訓練を施し、実施のための計画立案とその調整の機能をもった専門の組織を新設することが必要である。それに関連して、自衛官を国連代表部に派遣して、種々の経験を積ませることが望ましい。実施部隊については、平和維持活動のみに従事する専門部隊を常設するのは、当面は実際的でないので、避けるべきである。そのかわりに、時々の任務に応じた部隊・隊員をもってこれに当たるという方法をとるのが良い。つぎに装備面でも、平和維持活動への参加にともなって必要とされる装備品(たとえば現地での野外生活や隊員の安全確保のために必要な装備品など)の整備がなされるべきであろう。なお、どのような場合に、どのようなタイプの部隊を平和維持活動に参加させるのが適当であるかについて、既往の経験に学びつつ、なんらかの基準を、政府としてきめておくのが、良い。
(3)国際平和協力法の改正点 自衛隊の平和維持活動への参加の態様に関しては、現行の国際平和協力法のいわゆる平和維持隊(PKF)本体業務の凍結規定をできるだけ早く解除する方向で、論議を煮詰めることが望ましい。これに関連して、武器の使用に関しては、国連で一般に認められている共通の理解について日本も検討すべきである。なお、平和維持活動を含めて、国連の安全保障上の機能は、今後、経験を重ねつつ、新しい必要によりよく適応できるように改善・充実されていくと思われるので、日本もこれまでの経験に学びつつ、あるべき姿の探究を続けるべきである。
2.その他の安全保障上の国際協力
平和維持活動以外にも安全保障に関して国連とその専門機関あるいは非政府機関(NGO)の手で行われる国際的な協力活動の分野が拡がりつつある。そのうち、自衛隊の貢献できるものとしては、現行の国際平和協力法に盛られている人道的な目的のための各種の国際救援活動の例がある。それ以外にも、たとえば、国際協力の枠組みで行われる難民の救援活動などにも、自衛隊として支援ができるものがあるであろう。
(1)軍備管理のための国際的協力 軍備管理については、地域的にも全世界的にも、信頼醸成措置と関連して、さまざまな努力が試みられており、日本も少なからぬ寄与を行ってきた。冷戦後の不確実で不透明な安全保障環境が危険な方向に向かわないようにするためにも、この分野の国際協力は、ますます必要となってきている。自衛隊に関して言えば、これまで、国連その他における各種の軍縮関係の会議への参加やイラクの化学兵器廃棄監視への要員派遣などの例がある。近い将来の問題としては、たとえば、1995年に発効が予定されている化学兵器禁止条約の実効性を保証するために、化学兵器に精通した自衛官を査察員として条約機関の事務局へ派遣することが望ましい。なお、過去に蓄積された武器および戦場に遺棄されたままの化学兵器や地雷の処理などが、今後の課題である。こうした任務の実施に当たっては、部隊規模での取り組みが必要になることも考慮しておかなければならない。
今後、このように、専門的な軍事知識と経験をもった人材が必要とされる分野では、自衛隊員の関与すべき場面が多くなると予想される。この種の国際的活動への参加は、自衛隊員としての業務とみなすのが適当であり、それにふさわしい身分的な処遇を彼らに与えるべきであろう。
(2)安全保障対話の促進 先に第2章で触れたように、アジア・太平洋地域でも、さまざまなレベルで信頼醸成をめざした対話が始まっている。このような各種の安全保障対話には、関係国の軍事・防衛関係者が積極的に参加していくことが大事である。
そのほか、練習艦隊の相互の親善訪問や近隣諸国の部隊との共同訓練なども、相互の透明性の増大に役立つという意味から、すすめられて良い。また、同様の趣旨から、さらには国際的に活躍できる防衛関係者の養成の目的からも、各国との政策担当者や研究者の相互交流、防衛留学生の交換も、従来以上に積極的に実施されるべきであり、政府としても、財政面・人事面を含めて、必要な措置を怠ってはならない。
第2節 日米安全保障協力関係の充実
冷戦後の安全保障環境のもとでも、日米安全保障条約は、依然として、日本自身の防衛のための不可欠の前提である。それだけではなく、日本が、米国と手を携えてアジアの安全保障のために協力していく分野は、今後、ますます広がると思われる。すなわち、日米の安全保障上の協力関係は、単に2国間の視野からだけでなく、同時にアジア・太平洋地域全体の安全保障に関わるものとして見なければならない。
たとえば、日本領域内にある基地と関連施設を駐留米軍の使用に供し、その維持に必要な財政的措置その他の面で支援することも、そのような意味から評価されるべきである。それに加えて、行動面でも、従来よりもいっそう柔軟で積極的な協力関係をつくっていく必要がある。日米間のこのような協力が、この地域、ひいては世界全体の安全をより確かなものにするための礎石となる。このような積極的な「平和のための同盟」という見地から、日米の安全保障上の協力関係の重要性をあらためて認識すべきである。
もとより、日本自身の安全が日米間の軍事面での協力に大きく依存している事実を、無視するわけにはいかない。とくに、米国の核抑止能力は、核兵器を所有する諸国家が地球上に存在するかぎり、日本の安全にとって不可欠である。米国においては、民間レベルで、自国を含めた5大核兵器保有国による核軍縮を手始めに、核兵器の全面的廃絶を長期的な目標に掲げた運動も始まっている。他方、米国政府は、ロシアその他に呼びかけて核軍縮に努力するとともに、新たな核保有国の登場を防ぐことを当面の重要な政策目標としている。日本は、今後も非核政策を堅持していく決心であるので、そのいずれの目標とも、日本の利益に完全に合致している。同時に、このふたつの目標が現実に達成されるまでの間、米国の核抑止の信頼性に揺らぎがないことが、決定的に重要である。核兵器から自由な世界を創るという長期的な平和の戦略と、日米安全保障協力の維持・強化とは、この点でも、密接不可分の関係にある。
より日常的なレベルでの日米安全保障協力関係の促進をはかるため、作戦運用、情報・指揮通信、後方支援、装備調達などの広範な分野にわたる相互運用性(インターオペラビリティ)の確立に配意し、以下のような諸点で、改善を進めるべきであろう。
(1)政策協議と情報交流の充実 日米間の政策協議とそのための情報交流をいっそう促進し、相互の信頼関係をいっそう高めるべきである。
(2)運用面における協力体制の推進 種々の事態を想定した部隊運用の計画の共同立案や共同研究、共同訓練などの充実をはかる必要がある。
(3)後方支援における相互協力体制の整備 米国がNATOその他の同盟諸国との間で、後方支援、補給品および役務の相互提供を円滑化することを目的として締結している、取得および物品・役務融通協定(ACSA)を、日本としても、早急に締結すべきである。
(4)装備面での相互協力の促進 米軍との共同行動を円滑にするには、C³I(指揮、統制、通信、情報)をはじめとする装備体系についても共用性を重視しなければならない。また、今後必要とされる武器・装備品は、品質は高度だが数量的には多くを要しないタイプのものが主流となっていくと予想される。こうした需要に応ずるためには、米国をはじめとした先進諸国との共同による研究・開発・生産がひとつの合理的な選択であろう。なお、この問題には民間が開発した技術がからんでくるので、当該企業の利益が損なわれることがないように、日本政府が関係国政府に対して必要な措置を講ずるよう求めることが肝要である。
(5)駐留米軍に対する支援体制の改善 日本政府は従来から、地位協定のもとで、駐留米軍にかかわる経費の一部を負担してきたが、近年では特別協定を締結して、さらにその割合を増やしてきた。今後も、このような負担は必要であるが、経費運用の柔軟性をはかるなど、技術的な改善の余地はあるかも知れない。そのほか、これらの施設については、引き続き日米の共同利用の円滑化を進めることが望ましい。なお、今後とも必要に応じて、その整理・統合をはかるべきである。
第3節 自衛能力の維持と質的改善
冷戦後の国際的安全保障の趨勢が、対決型のものから協調型のものへと移行しつつあるといっても、種々の軍事的危険のみなもとが一挙に消滅したわけではない。アジア・太平洋地域の安全保障環境が、いろいろな理由で流動的であることは、すでに第1章で述べた通りである。このような事情からして、各国が危機管理・危機対処の自前の能力を備えていることが、安全保障の基礎であることには変わりがない。また、少なくとも世界の主要国がそのような能力をもっていてはじめて、国連その他の機構を通じての多角的安全保障の仕組みが効果を発揮できるものであるという現実に目をつぶってはならない。その意味で、堅実な自衛力を備えていることは、自国の独立維持の最終的な担保であるとともに、国際的安全保障の見地からも望ましいことである。
(1)予想される軍事的危険
東西ふたつのブロックに分かれた軍事的対峙が地球全体を覆っていた冷戦時代には、日本の防衛も、この大きな東西対立の構図の中に、位置づけられていた。たとえばソ連が、西側全体との関係を無視して、日本だけを本格的な攻撃の対象にすることは、ほとんど現実性がなかった。1976年の防衛計画の大綱が日本が持つべき防衛力の水準を「限定小規模侵略」に対応できるものと定めたのは、相手側の日本侵攻を抑止し、また侵攻が実際に生じた場合にそれを排除する米軍の能力を、前提としていたからである。すなわち、相互補完的な関係にある日米両国の軍事力が一体となって、ソ連の侵攻に対応すべきものとされた。そのような戦略的な構想を前提とし、その上に、憲法的制約や政治的配慮が働いた結果、冷戦下においても、日本は、控えめな規模と性質の防衛力を持つにとどまった。いわゆる「基盤的防衛力」である。
今では、軍事的な危険の形態や性質が変わったが、独立国として必要最小限の基盤的防衛力をもつべきだという考え方は、基本的には、今日でも妥当性を失っていない。これまで想定されていたような規模の軍事的侵攻が日本に対して直接加えられる可能性は、大幅に低下した。ふたたび、いずれかの国との政治関係が極端に悪化し、その国からの軍事的攻撃の可能性が高まってくるということが全くないと決めてかかって良いわけではないが、軍事的にも政治的にも米国に対抗する用意のある旧ソ連に匹敵するような国家が出現することは、近い将来にはないであろう。いずれにせよ、そのような意味での脅威の出現は、かなりの時間的余裕をもって予測できるはずであり、わが国の側にも、相応の準備期間があるであろう。そうした場合の防衛力のあり方については、そのときの情勢に照らして、新たに検討すべきである。
当面意を注ぐべき対象は、不安定で予測が難しい状況の中に潜んでいるさまざまな危険である。そのような危険が顕在化した場合に、的確かつ機敏に対処して、それが大規模な紛争に発展しないように管理する能力を維持しておく必要がある。とくに、海上交通の安全妨害、領空侵犯、限定的ミサイル攻撃、一部国土の不法占拠、各種のテロ行為、武装難民の流入といったような事態に対応する能力は、そのなかでも重視されるべきものであろう。
(2)防衛力整備に当たって考慮すべき要因
今後の防衛力整備を決定する際に考慮されるべき主な要因は、上に述べたような情勢認識であることは言うまでもないが、他方、軍事技術の近年の動向や、国全体としての資源の最適配分の見地からの考慮も必要となる。
(i)軍事科学技術の動向 近年の科学技術の進歩に伴う兵器の高性能化には著しいものがある。従来の重厚長大型の兵器からコンパクトで高性能の精密誘導型兵器へと、ウエートが大きく変化してきており、それに合わせた省力化も進んでいる。また、衛星の利用その他の情報、指揮・通信システムの高度化も顕著であり、各種の情報のネットワークなどC³Iシステムが極めて重要な位置を占めるようになってきた。とくに、ソフトウエアの優劣が装備の能力を左右するので、今後はますますソフトが重視されるようになるであろう。このような、装備の高度化は、兵器システムを複雑化し、兵器の価格の高騰をもたらすであろう。こうした高性能兵器の研究・開発・製造およびそれを使いこなす要員の養成は短期間では不可能であり、長期的な視野に立った計画が必要とされる。
(ii)若年人口の長期的な減少傾向 もうひとつの長期的要因は、若年人口の減少傾向である。その結果として、人員確保のための条件が悪化するという問題は、既に中期防衛力整備計画(平成3〜平成7年度)でも、指摘されている。将来の人口動態の見通しに照らしてみると、任期制自衛官採用の主要部分を構成する二士男子の募集対象人口(18歳以上27歳未満の男性)は、平成6年の約900万人をピークに、平成7年度以降においては、急激な減少が見込まれている。とくにそのなかでも中核となる18歳男子の数は、15年後において、おおむね40%の減少を覚悟しなければならない。このような人口動態を前提とすれば、今後は、人的資源の節約の方向で、防衛力の整備を考える必要があろう。
(iii)厳しい財政的制約 人口の老齢化現象は、財政的な圧迫にもつながる。というのも、老齢化が進むのにともなって、今後は社会保障関係の予算が大幅に増大することが見込まれるので、防衛力整備をめぐる財政事情は、長期にわたって、好転する可能性は少ないからである。
そうでなくても、日本の防衛費は、長年の間、おおむねGNP1%以下に抑えられてきた。一般会計予算に占める割合も、6%前後の水準で推移してきた。このように、他国と比べて、防衛の分野への資源配分は、決して多いとは言えない。しかも、自衛官一人当たりの人件費や装備品の価格も、徴兵制度を採用したり、外国の武器市場を当て込んだ低価絡化の方策がとれる面々と比較して、どうしても割高になる傾向がある。また、防衛費のかなりの部分(1994年度予算で約11%)が基地対策費や米軍駐留支援の経費に当てられている。こうして、実質的な防衛費は、もともと、見かけほどは大きくない。
今後の防衛力整備は、限られた予算を最大限に有効に使って、防衛力の水準の低下を防ぐことに、努力を傾けることが、これまで以上に求められる。
なお、防衛費は、隊員の人件費や過去に契約した装備品の支払い経費など義務的経費が大半を占めている。このような特性に鑑み、防衛費の増減については、単年度で実施することは困難であるので、中長期的視点に立って管理するのが適当である。
(3)新しい防衛力についての基本的考え方
以上のような情勢についての認識と、軍事技術の動向や人的資源ならびに財政上の制約を考慮に入れれば、今後の防衛力の基本的なあり方としては、つぎのような考えかたを採用するのが妥当であろう。すなわち、基盤的防衛力の概念を生かしつつ、新たな戦略環境に適応させるのに必要な修正を加える。具体的には、第一に、不透明な安全保障環境に対応し得るような情報機能を充実させるとともに、多様な危険に対し的確に対応できるように運用態勢を整える。第二に、戦闘部隊について、より効率的なものに編成し直し、装備のハイテク化・近代化をはかるなどの方法を講じて、機能と質を充実させる一方、その規模を全体として縮小させる。第三に、より重大な事態が生じた場合、それに対応できるように、弾力性に配慮する。このような考え方に立った防衛力の改革・改編は、今後10年程度を目途に、順を追って、実施されることを期待する。
(4)改革の具体策
(i)C³Iシステムの充実 全般的に、機動性の高い軍事技術が普及しつつある時代において、危険に対処するには、防衛組織のC³Iシステムの必要性が増大した。とくに、抑制された規模の防衛力で、さまざまな危険に対処するためには、迅速かつ柔軟に対応する能力が、重視されなければならない。状況を機敏かつ適切に把握し、必要な兵力を必要な時と所に配置することによって、はじめて、量的に優勢な攻撃力に対する防衛が可能となるのである。それには、よく組織されたC³Iシステムをもっていることが、不可欠であり、また、偵察衛星の利用も含めた各種センサーの活用をはかるべきである。
従来から、情報収集・分析能力や各種警戒監視能力の向上の必要性は、たとえば防衛計画の大綱においても、指摘されているが、冷戦後の不透明な国際情勢では、危険の存在がむしろ分散し拡散する傾向が見られるだけに、情勢の変化を早期に察知し、機敏な意思決定に資するためにも、今後はより一層この点を重視する必要がある。
(ii)統合運用態勢の強化 国連の平和維持活動をはじめとする新しい任務を効果的に遂行し、また、不透明な国際情勢に由来する各種の危険に備えて機敏に対応できる能力を高めるためにも、陸海空三自衛隊の統合運用態勢の強化が急務である。多くの場合に、日米間の円滑な連携が不可欠となるであろうから、その点からも、このことは必要である。とくに、戦略情報機能、指揮通信機能について、統合的観点からの強化がはかられなければならない。それに関連して、統合幕僚会議および同議長の調整分野を広げ、必要な人員を配置して、統合調整機能を一段と強化することが、ぜひとも、必要である。
(iii)機動力と即応能力の向上 抑制された規模の防衛力を効果的に運用するためには、それを必要な場所、必要な時に投入できることが肝要であり、その観点から、機動力と即応能力の向上が必要である。
(iv)人的規模 今後に予想される人口動態に由来する制約を考慮して、有事の際に必要とされる戦闘能力に支障を来さない範囲で、抑制的な人員で効果をあげる工夫を凝らす必要があろう。したがって、常備の自衛官定数については、今後強化すべき機能に見合った要員を含めても、現術の約27万4千人を24万人程度を目途として縮小すべきである。今後は、この範囲で諸任務を遂行するための部署に必要な人員を確保するようにしなければならない。なお、危急の際に不足する人員を早急に補充できるように、新たな予備自衛官制度の導入を検討すべきであるが、この点については、後述する。
(v)陸士防衛力 わが国を取り巻く安全保障環境が如何に変化しようとも、陸上防衛力が、国土防衛の使命をもち、国民生活の安定に寄与するものであることに変わりはなない。これまでは、日本本土に対する敵対的勢力による侵攻に備えて、陸上自衛隊のほぼ全力を集中運用するということに重点をおいて、画一的に編成された師団を全国に配備してきた。今後は、このような本格的侵攻には至らないまでも発生の可能性は高いかも知れないさまざまな危険への対処や国連平和維持活動ならびに国内外の災害救助・緊急援助などの多様な任務に柔軟に対応し得ることに重点をおいて、多機能的な部隊に再編成する。すなわち、地域の特性を考慮に入れた多様な編成を有する師団および旅団への改編および部隊の配置などを実施し、部隊の数ならびに規模を削減すべきである。
陸上自衛隊には定数と実態との間には大幅な乖離があり、このため部隊の維持・管理上の無理があり、たとえば教育訓練や隊務の運営に大きな支障が出ていた。こうした問題を解決するためには、部隊の規模を縮小し、内容的に充実したものに改編すべきである。とくに、平時において任務遂行の機会の多い部門や、機敏な対応能力の求められる部署については、必要な人員を確保し、高い練度を保っておくことが肝要である。他方、危急の際に迅速に対応できるようにするためには、新たな予備自衛官制度を導入することを検討すべきである。すなわち、退職した自衛官の中から予備自衛官を募り、年間相当日数の部隊規模での訓練を施し、有事においては第一線部隊に充当し得るだけの練度の高い予備兵力を作り出すのが、この制度のねらいである。なお、この制度の創設に併せて、予備自衛官の処遇改善や、雇用主たる企業などへの財政措置を含む諸施策を通じて、予備自衛官が所定の訓練に参加できる体制を、政府と民間との協力のもとに、作り上げることが必要となる。
このように人員規模の縮小と併せて、戦車、火砲などの重装備重視から、機動力の向上やハイテク装置重視への転換を進めるとともに、それを操作する隊員の専門的能力の向上をはかることによって、よりいっそう充実した陸上防衛力に改編することが求められている。
(vi)海上防衛力 四方を海に囲まれた日本にとって、周辺海域の防衛や海上交通の安全確保は、有事における生存基盤、継戦能力さらには米軍の来援基盤の確保のために不可欠である。それだけでなく、平時における海上交通の安全確保は、エネルギー等の供給や製品貿易の海外依存度がきわめて高い日本にとって、死活的な問題である。また、海難救助、海賊取締り、麻薬取締りなども、海上保安庁と提携して、海上自衛隊が取り組むべき任務である。
予見できる将来、圧倒的な優位を誇る米国の海軍力が、太平洋をふくむ全世界の海洋の安全を維持する基本的な要素としてとどまるであろう。そのような米国海軍との協力関係を保ちつつ、日本の海上防衛力は、上記の任務を遂行する。
これまで想定されていたようなソ連の潜水艦等による本格的な海上交通の破壊攻撃の可能性は低下したので、従来重点がおかれていた対潜水艦戦や対機雷戦のための艦艇や航空機の数を削減すべきである。他方、よりバランスのとれた海上防衛力を整備することに意を注ぐべきである。たとえば、監視・哨戒の機能や、対水上戦、防空戦の能力などは、これまで以上の充実が必要である。また、国連の平和維持活動などへの参加も考えて、海上輸送、洋上補給等の支援機能についてある程度強化すべきであろう。
また、練度および即応態勢の向上をはかるため、艦艇の乗組員については、現在の一部未充足な状況を解消する必要がある。そのためには、上述した艦艇等の逐次削減の結果生じた要員を充てるという方法などを講じるべきであろう。
(vii)航空防衛力 航空機やミサイル技術の発達を考慮すれば、防空能力が国の防衛に果たす役割は、今後、増加することはあっても、低下することはないであろう。AWACSが導入されたことなどによって、日本の航空警戒管制能力の近代化は一段と進んだ。今後、この面での技術はかなりの進歩が見込まれているので、レーダー・サイト等の航空警戒管制組織については、効率化の見地も含め、大幅な見直しがなされるべきである。また、これまで想定されていたようなソ連による本格的な航空侵攻の可能性は低下したので、戦闘機部隊または戦闘機の数を削減すべきである(なお、弾道ミサイル防衛については、これまでの防空の概念を越える部分を含んでいるので、あとで別のところで扱う)。
他方、空中給油機能の導入も、防空体制の効率化・強化に役立つという観点から、検討に値しよう。また、これによって、飛行訓練も、効率化することができる。なお、パイロットの養成には長期間が必要であるので、その教育訓練の充実に経費とエネルギーを割くべきであろう。
また、今後の国連の平和維持活動などへの参加の視点から、航空機動性の向上をはかるために、一定の長距離輸送能力の保有が必要となると思われる。
(viii)弾道ミサイル対処システム 大量破壊兵器とその運搬手段の拡散の危険に対処するために、核兵器不拡散条約(NPT)、化学兵器禁止条約(CWC)、ミサイル技術管理体制(MTCR)など、さまざまなレジームによる規制の努力がなされている。これらの長期的な観点に立った国際的取り組みの成功が、日本の安全保障上の国益の見地からきわめて望ましいことは、もちろんである。したがって、日本もそれらの国際的管理体制の構築のために積極的な役割を果たしている。他方、そうした目標に到達するまでの移行期間、核ミサイルその他による攻撃やその威嚇に対する有効な防衛手段を備えていることが、上記の長期的目標に立った拡散防止レジームの成功のための不可欠の条件である。なぜならば、不安に駆られた国家が存在する以上は、拡散の動機が消滅しないからである。このような観点から、非核政策をとる日本としては、米国による抑止力の信頼性が維持されることが、絶対に必要である。それに加えて、日本自身が、弾道ミサイル対処能力を、もつ必要がある。そのために、この分野の研究が最も進んでいる米国と提携しつつ、その保有に向けて積極的に取り組むべきである。また、このようなシステムは、米軍との提携が不可欠であり、統合的な部隊運用の体制を必要とするものであることに、とくに留意すべきである。
なお、このようなシステムの導入に際しては、陸海空三自衛隊間の役割分担の見直しを含め、効率的な防空体制について検討する必要があろう。
(ix)防衛力の弾力性の維持 今日、差し迫った脅威がないとは言っても、不透明で不確実な安全保障環境に潜む危険のなかから、将来、いかなる事態が発展するかも知れない。そのような事態に備えて、養成に時間のかかる専門的要員(たとえば指揮官やパイロットなど)や、取得まで長期を要するような装備(たとえば航空機や艦艇など)については、教育訓練の充実にも資するように、その部門にある程度配備するなどの方法で、ゆとりをもって保有しておくといったような配慮が必要である。これと関連して、先に述べたような新たな予備自衛官制度の導入も、検討されるべきである。
(x)人事面での施策
(ア)自衛隊員の処遇の改善 すべての組織がそうであるように、防衛組織についてもその根幹は、究極的には、人の問題である。とくに、人員を節減しながら、組織全体の効率を保つためには、士気と能力の高い隊員によって、任務が遂行されなければならない。そのような観点から、採用から退職後にいたるまでの隊員の処遇やその居住環境などの改善について、行き届いた配慮が必要である。
(イ)募集方法の改善 若年人口の減少により、今後、自衛官の募集がこれまでよりも容易になるとは期待できない。その点を考慮して、募集方法について、以下のような改善が望ましい。第一に、一般公務員や民間企業の例にならって、地方公共団体や学校の協力を得て、それらの機関を通じて入隊希望者を募るという方法を、可能な限り採用するような方面に募集方法を改めるべきである。第二に、景気の変動などの理由による年毎の応募者の増減を考慮に入れ単年度の定数にしばられずに、数年度にわたる募集人員数の管理ができるような採用方法の導入などを、検討すべきである。
(ウ)人材の育成と教育訓練内容の改善 新しい時代に防衛力が果たすべき任務が、国際化し多様化する傾向に鑑みて、必要な人材を養成するための教育訓練内容の改善がなされねばならない。これはまず募集の段階での適性な人材の確保からはじまるが、採用後の教育訓練の果たす役割もきわめて大きい。今後とくに重視すべきは、国連平和維持活動への参加などの国際協力に十分応じられるような、語学や国際関係などについての知識・感覚を持った人材の養成という視点であろう。そのために、多くの隊員に外国留学の機会ができるだけ広く開かれるよう、必要な施策がとられるべきである。そのほか、兵器体系の近代化にともなって単純作業の占める部分は少なくなり、より複雑な能力が必要とされるようなってきているので、教育訓練内容を改善し、専門的な知識技術の習得を重視する一方、できる限り多機能的な任務に耐える人材の養成に力を入れる必要がある。
(xi)駐屯地等の統廃合 現行の駐屯地の配置については、防衛や警備上の観点のほかに、以下のような点を考慮して決定されたものである。すなわち、自衛隊創設直後の時期には、昭和34年の伊勢湾台風や昭和38年の北陸地方の豪雪に代表されるような大災害が頻発したことから、災害派遣が自衛隊の任務として重視された。このような地域社会の需要に応じる必要が、ひとつの要因となっていた。
今日では、防衛力の合理化・効率化の考慮から言っても、地方公共団体の災害対策能力が過去2、30年間に飛躍的に向上した点から言っても、自衛隊の部隊配置を見直して良い時期になった。たとえば、小規模な陸上自衛隊の駐屯地は、当該地方の社会的必要の見地を考慮に入れながらも、それに著しく影響を与えない範囲で、ある程度の整理を行なって、良いであろう。ただし、危急の場合に、国防上、必要になる公算の高い場所について、回復が可能になるような措置をしておくことが必要である。
全体としての防衛力の効率化という観点からすれば、部の駐屯地等を処分して得られた財源を、統合すべき駐屯地等の整備の充実のために充てるという方法で、統廃合を促進させるのが望ましい。こうしたスムースな統廃合を可能にするためには、財政面での特別の工夫が必要であろう。
また、仮に、統廃合によってある程度の効率化ができた場合でも、駐屯地等を維持するには相当の人員と経費が必要になる。他の部門への資源配分と人員配置に対する圧迫を緩和するためには、一般に、この種の駐屯地等の業務はできる限り、民間に委託する方途を講じるべきであろう。
第4節 防衛に関連するその他の事項
この報告書が、主に取り上げるのは、新しい国際情勢と安全保障環境に適応して、防衛力について如何なる改善が必要であるかという問題である。しかし、これまでにも、強調してきたように、防衛は総合的な安全保障政策の体系の中に正しく位置づけられて始めて、その役割を果たすことができる。その意味で、防衛の改善は、安全保障政策全体の新しい方向づけという問題の一部分なのである。したがって、求められる防衛力の再編と密接にかかわる課題のなかで、政府全体あるいは日本社会が全体として、取り組むべきものについて、最後に取り上げることにしたい。(前の三つの節で述べたことの中にも、たとえば新しいタイプの予備自衛官制度の導入など、防衛庁レベルを越えた国全体の取り組みなくしては解決の困難な問題が多々含まれていることも、ここで付言しておきたい。)
(1)安全保障に関する研究と教育の充実
日本では、安全保障に関する研究や教育にこれまで十分な関心が払われてこなかった嫌いがある。平和に対して国および国民が真剣な関心を抱くべき国際環境にあることを考えれば、それが、安全保障問題への研究と教育に反映されなければならない。
安全保障に関する教育は、現状では、極めて不備である。初等教育から高等教育にいたるまでの各段階において、適切な安全保障教育を行うことが、日本の将来の安全保障にとって重要なことである。安全保障は、国民全体が等しく享受する公共財であり、その任務に従事する人々に対する相応の敬意を、社会全体が払うことを忘れるならば、国防も安全保障も、精神的な基盤を失うであろう。そのような国家が、繁栄を持続したためしはない。したがって、自衛隊員が誇りとやりがいをもって職務に邁進できるような配慮が不可欠であろう。
(2)防衛産業
今日の日本の防衛産業は、その生産総額が国内工業生産に占める割合はおおむね0.6%程度にとどまり、国民経済の観点から見れば、決して大きいものではない。しかし、安全保障上の観点からすれば、技術的に高度で高品質の装備品を開発・生産できる防衛産業を国内にもっていることが、きわめて大切であることを、ここで強調しておきたい。戦前の陸軍造兵廠や海軍工廠のような国営の軍需工場が果たした役割は、戦後はすべて、民間の防衛産業の手でおこなわれている。そして、関係する企業が幅広く各種産業部門にまたがっており、しかも、きわめて多数の中小企業や高度に専門的な企業まで含んでいるのが、特徴である。また、武器輸出三原則によって、日本は武器輸出を厳しく自制する政策をとっているので、こうした民間企業の武器関連部門は、防衛庁の受注だけを対象に生産計画を立てるしかない。そのために、多種少量生産になり、製品は全般に割高の傾向になる。また、主要装備品については、米国からの輸入や米国装備品のライセンス生産が主力であり、米国の装備品の影響を強く受けているといった特徴がある。
このような種々の制約のもとにありながら、最近までは防衛力が整備・建設の段階にあったので、日本の防衛産業は、曲がりなりにも、その生産基盤を維持してきた。しかし、最近2、3年は、装備調達のための予算が頭打ちもしくは減少し始めているので、先行きが不安になっている。折柄の不況のあおりで、企業全体の収益が縮小しているため、防衛部門を維持していくことも次第に難しくなってきている。
今後は先にも述べたとおり、防衛力の近代化を進める一方で、戦闘部隊を中心とする防衛力全体の規模については縮小・効率化が課題となる。加えて、装備品の耐用年数も顕著に伸びる傾向があることなどを併せて考えれば、装備品、とくに正面装備品の調達については、これまでと比べて、量的にはかなり大幅な縮小が見込まれる。その結果、適切な対応策が講ぜられないかぎり、いくつかの企業では、生産基盤の維持が困難となり、最悪の場合には、防衛産業から撤退せざるを得ないところに追い込まれるかも知れない。
上に説明したような理由で、日本の防衛生産は、コスト的には不利な条件にある。しかし、防衛産業の性質上、経済性の観点からだけで、ものごとの是非を判断するわけにはいかない。装備品の調達・防衛関連技術における自主性・自立性を維持しておくことは、米国との技術交流を推進するためにも、肝要である。したがって、防衛産業に関与する企業の存続を極力支援するような政策的配慮が必要となる。
たとえば、できるだけ時間的余裕をもって政府が中期的な調達の見通しを明らかにし、企業の側で生産計画が立て易いようにすることが、望ましい。とくに、正面装備品の調達量の減少による不利な影響をできるだけ緩和するためには、引き続き国産化に配意し、企業レベルでのリストラを推進するとともに、次のような点について、留意する必要がある。第一に、高度の技術を要する部門については、研究開発および製造技術の基盤の維持に配慮する必要がある。第二に、部隊現場での装備品の日々の運用に支障をきたさないようにするためには、装備品の補修能力を関連企業が維持していることが、是非、必要である。第三に、防衛需要への依存度の高い中小企業に対しては、産業政策あるいは社会政策の観点から考慮する必要があろう。第四に、米国などとの間で適切な共同研究・開発や共同生産を進めることも対応策のひとつとして検討すべきであろう。
(3)技術基盤
軍事技術は、今後とも、着実に進歩していくことが予想される。しかも、質の遅れを量で補うことは不可能となっているので、最新の防衛技術水準を保有しておくことは、安全保障上、きわめて重要である。他方、上に述べたとおり、正面装備品の調達量は、今後減少することが見込まれるため、せっかく研究開発に成功してもその装備品の実際の発注高は思ったほどの額に達しないかも知れない。将来における受注の見込みが立たないことが、民間企業の研究開発への投資意欲の減退を招くおそれがある。
こうした点を考えて、今後、政府が研究開発に力を注ぎ、政府資金で量産化を前提としない技術実証型研究を推進し、最先端の技術基盤の強化をめざすことが肝要である。また、ソフトウエアの蓄積やデータベースなどの構築に努力を傾注することも大切である。
(4)今後の防衛力整備計画のあり方
この報告書の提言するような考え方に沿って防衛力の再編成と組織改革を実施することは、自衛隊員や防衛庁関係者はもとより、関係地方公共団体や民間企業など一般社会へ影響するところも少なくないので、無駄な混乱を避けるためには、相応の期間(たとえば、10年程度を目途)をかけて、段階的に実施する必要があろう。また、ここで提言している改革案は、今後の適当な期間をかけて行われる改革の過程を通じて到達すべき目標の提示といった性質のものであって、1976年の「大綱」別表のように、長期にわたって維持すべき目標とか防衛力の上限などを示すものではない。「大綱」とは訣別しなければならないが、それに代わるべき何らかの文書を作成する必要があるか否かは、今後、政府が検討すべき問題である。また、「国防の基本方針」についても、新たな防衛についての基本的な思想を表現するようなものに書き直すか否かは、今後の検討課題であろう。
なお、具体的な防衛力整備については、中期的な計画を作成し、それに基づいて、柔軟かつ計画的に進めていくべきものであろう。
(5)危機管理体制の確立と情報の一元化 一般に、C³Iシステムに関して、複数の組織と組織の間の継ぎ目が、その最も弱い部分であり、そこで欠陥が露呈し易いことが指摘されている。この指摘は日本の国家全体としての情報システムや危機管理体制の現状に、そのまま当てはまるようである。内閣において、合同情報会議が開催されるなどこの継ぎ目を埋めるよう努力が払われているが、政府全体としての情報・危機管理システムがいっそう有効に機能するように努力する必要がある。今後は、内閣レベルでの危機管理・情報分析機能を一段と強化・充実するという課題に本格的に取り組む必要がある。この課題は、情報専門家の養成とその処遇の改善から、各政府機関や自衛隊のレベルでの情報機能の強化、そして内閣レベルでの情報一元化と危機管理に適した政策決定機構の仕組み、さらには緊急事態に備えた国内法制度の整備などに至る、広範囲にわたる非常に重要な問題であるので、十分な論議が行われることを期待したい。
おわりに
冷戦が終わり、安全保障問題の性質には一定の変化が生じた。そのようななかで、世界の諸国民は、新しい国際秩序を求めて、それぞれに努力を始めている。われわれも、こころを新たにして、安全保障政策に取り組む必要がある。
もとより、安全保障政策の基本が各国の自己管理能力と危機対応能力にあることには、変わりがない。また、利益と価値観の共有が国家間の関係における最も確かな絆であることにも、変わりがない。その意味で、新しい国際秩序の形成に関して共通の目標をもっている日米両国間の絆は、むしろ、これまでよりもいっそう重要性を増すであろう。というのも、今後は、世界の諸国民が協力して、武力紛争の予防とその早期解決をはかり、さらには紛争の誘因となる貧困などの社会問題の解決のために、能動的・建設的に行動する機会が増えていくものと思われるからである。このような協力的安全保障の実績を着実に積み重ねることを通じて、人類は、それだけ、国連の掲げる集団安全保障の目標に近づくことができるのである。その結果、「国際紛争解決の手段としての武力による威嚇又は武力の行使」の禁止を基本的なルールとする国際秩序が、より確実なものとなるであろう。そうなることは日本国民の利益にもかなうことであり、われわれは、それを目標として、最大限の努力を払うべきである。
そのような視点に立って、この報告書は、日本が今後とるべき安全保障政策と防衛力のあり方について、述べてきた。多角的協力の促進、日米安全保障関係の充実、信頼性の高い効率的な防衛力の保持が、三つの柱である。
ここで述べてきたような新しい安全保障政策が円滑に実施され、防衛がそのなかで有意義な役割を果たせるようになるためには、国全体が総合的な視野からこれに取り組み、整合のとれた政策運営を行うことが是非とも必要である。それには、効果的な政策決定と実施を可能にする危機管理システムの構築が不可欠である。同時に、より広く、国民全体の理解と支持と参加が、安全保障政策の根本であることを、併せて、強調しておきたい。本懇談会の報告書が、安全保障問題に関する国民的理解の深まりに資するところがあるならば幸いである。
参考資料
防衛問題懇談会のメンバー
座長 樋口廣太郎 アサヒビール会長
座長代理 諸井虔 秩父セメント会長
委員 猪口邦子 上智大学教授
〃 大河原良雄 経団連特別顧問
〃 行天豊雄 東京銀行会長
〃 佐久間一 NTT特別参与
〃 西廣整輝 東京海上火災顧問
〃 福川伸次 神戸製鋼副会長
〃 渡邉昭夫 青山学院大学教授
防衛問題懇談会の経過
○第1回(2月28日)
細川総理挨拶
防衛計画の大綱の考え方
防衛諸計画・制度
○第2回(3月9日)
国際情勢認識
我が国を取り巻く軍事情勢
○第3回(3月16日)
我が国の安全保障に関連の深い地域の軍事情勢
統合機能の現状の問題点
陸上自衛隊の防衛戦略と現状の問題点
○第4回(3月30日)
海上自衛隊の防衛戦略と現状の問題点
航空自衛隊の防衛戦略と現状の問題点
○第5回(4月6日)
人的資源
新たな防衛力の態勢への移行
有事法制研究
我が国防衛産業の現状と課題
防衛装備・技術と防衛産業
防衛関係費の推移と構造
○第6回(4月13日)
日米安保体制
日米防衛協力
日米技術交流
駐留経費負担
○第7回(4月18日)
国際平和協力法に基づく我が国の人的貢献
自衛隊による国際平和協力業務
安保理改組問題
軍備管理・軍縮問題の現状
新たな安全保障環境構築に向けた努力
○第8回(4月27日)
防衛機能のレヴュー
メンバーによる所見の中間発言
○第9回(5月11日)
羽田総理挨拶
今後の議論の進め方
○第10回(5月18日)
今後の議論のための枠組み
防衛力整備計画の方式
○第11回(5月25日)
我が国財政の現状と防衛関係費
国際情勢の問題についての議論
○第12回(6月1日)
防衛力の在り方について
○第13回(6月8日)
武器輸出管理
ODA4原則の適用
総合的な安全保障の問題についての議論
○第14回(6月13日)
情報の一元化、政府としての情報の処理等
湾岸危機をケーススタディとした危機管理の問題
重要論点についての議論(基本的な考え方、陸海空自衛隊の統合の強化、予備自衛官制)
○第15回(6月22日)
重要論点についての議論(シーレーン防衛、陸上自衛隊18万人体制)
○第16回(6月27日)
国連協力と憲法問題
PKO
○第17回(7月13日)
村山総理挨拶
防衛力の問題についての議論
○第18回(7月20日)
意見の取りまとめのための議論
○第19回(7月27日)
意見の取りまとめのための議論
○第20回(8月12日)
村山総理への報告
日本の安全保障と防衛力のあり方 ‐21世紀へ向けての展望‐
(要約)
はじめに
冷戦が終結した今、新しい世界のあり方を諸国民が模索している。そのようななかで、日本でも、安全保障と防衛力のあり方を、国の政治の中心的な問題として正面から取り上げて考え直してみようとする機運が生まれている。この懇談会は、内閣総理大臣の私的諮問機関として、これまでの防衛力のあり方の指針となってきた「防衛計画の大綱」を見直し、それに代わる指針の骨格となるような考え方を提示することを目的に、5か月余にわたって、議論を重ねてきた。冷戦後の国際環境の変化と、日本社会自身が直面しつつあるさまざまな変化を考慮しながら、新時代に即した安全保障政策の方向を示し、それに基づいて防衛力の新しいあり方について提言することが、本懇談会の課題である。
第1章 冷戦後の世界とアジア・太平洋
1.冷戦の終結と安全保障環境の質的変化
冷戦が終結したいま、安全保障環境がこれまでのものと大きく変化したことは否定し難い。はっきりと目に見える形の脅威が消滅し、米露及び欧州を中心に軍備管理・軍縮の動きも進展している一方、不透明で不確実な状況がわれわれを不安に陥れている。いつ破綻するかも知れない「恐怖の均衡」から解放されたという意味では、確かに、安心感は増大したが、予想し難い危険に備え、時期を失わずに敏速に対応する姿勢を保持しなければならないという意味では、より難しい安全保障環境にわれわれは直面しつつあるとも言える。冷戦の終結とともに生じつつある新しい安全保障問題の出現に鈍感であることは、許されない。
2.米国を中心とする多角的協力
このような新しい安全保障環境のもとでも冷戦時代に米国を中心として作りあげられた同盟のネットワークは、今後も国際関係の安定的要因として、持続されるであろう。そのなかでも、日米安全保障条約と北大西洋条約機構(NATO)とが、最も代表的なものである。経済問題をめぐる国際的競争の激化にもかかわらず、軍事と安全保障の面では、米国を中心とした協力的関係が続くと予想される。
3.協力的安全保障の機構としての国連などの役割
米国を中心とした多角的協力が保たれることが、国連の安全保障の仕組みが機能するための不可欠の要件である。きびしい米ソ対決のもとでは十分に機能することのできなかった国連は、ここ数年、平和維持活動を活発に展開し、その活動範囲を、地理的にも内容的にも拡大しつつある。今後も引き続き国連のこうした活動が可能であるかどうかは、安全保障理事会の常任理事国である5大国や、財政的に大きな寄与をしている日本、ドイツなどを含めたG7等主要国の間で、どのように協調が保たれるかに、大きくかかっている。
4.今後に予想される4つのタイプの危険
今後に生じやすい危険とは以下のようなものである。第一には、かつての米ソ間にあったような主要国間の直接的な軍事的対立は、さし当たり考えられない。しかし米国を中心とする大国間の協調が失なわれる{前5文字ママ}ならば、世界全体の安全保障環境が一挙に悪化する危険がある。第二に、局地的な規模の武力衝突が多発し、その性質が複雑化すると予想される。第三に、局地的な武力衝突の原因ともなり、その結果でもある武器や軍事関連技術の拡散の危険が高まっている。第四に、上に述べたような局地的武力衝突の誘因となるのは、経済的貧困や社会的不満であり、それと関連した国家の統治能力の喪失である。この点に着目すれば、安全保障問題の解決には、単に軍事的手段による対応だけではなく、経済・技術援助を含めた多元的な手段を駆使して、統合的に取り組むことがますます必要になってくると思われる。
5.アジア・太平洋地域の安全保障環境の特徴
国際社会の安全をおびやかす大規模な危険は、今のところ遠のいている。しかし、地球はますます相互依存的になっているので、局地的な紛争であっても、国際社会全体に波及しやすい構造となっている。とりわけ、日本の経済は、世界各地との深い関係を基礎として成り立っているので、その安全保障上の関心は全世界に及んでいる。にもかかわらず、以下のような理由から、日本はアジア・太平洋地域の安全保障に特別の関心をもたざるを得ない。
第一に、冷戦の終結にともなって、アジアでの力関係が流動化しつつあるという状況があり、中国を含む多くのアジア諸国が、軍事力の向上をめざす政治的動機と経済的基盤を持つようになった。第二に、アジア・太平洋地域の安全保障システムは、未成熟な形成途上の段階にとどまっている。朝鮮半島、中国、インドシナ半島の状況や、島しょの領有権をめぐる利害関係国の紛争にみられるように、政治的・軍事的に十分に安定した状況が、まだ、この地域には存在しない。第三に、アジア・太平洋、とくに北東アジアと北西太平洋地域は、米国、ロシア、中国という、世界でも有数の軍事大国の利害が集中している。ロシアと中国は、その経済活動が拡大するにつれて、太平洋に目を向けた海洋国家的な性格を持ちはじめている。米国は、安全保障上の観点に加えて、ますます増大する通商上の利益から、今後、この地域に対する関心を持ち続けるであろう。日本は、このような世界的な軍事大国の利害の交錯を特徴とする北東アジア・北西太平洋に位置している国として、安全保障問題に敏感たらざるを得ない。
アジア・太平洋の安全保障環境には、プラスとマイナスの両方の可能性が潜んでいる。アジアが大国の利害追求のための受け身の舞台にすぎなかった時代は、すでに終わった。アジア・太平洋が豊かな機会に満ち、そして主要大国が深いかかわりをもつ地域であるだけに、今後のアジアの動向が世界の安全保障の将来をきめるひとつの重要な要因となるであろう。日本をはじめとする関係諸国の責任は大きい。
第2章 日本の安全保障政策と防衛力についての基本的考え方
1. 能動的・建設的な安全保障政策
今日の安全保障問題は、明確な焦点が失われ、分散的で予測困難な危険が存在する不透明な国際秩序そのものが、われわれの不安感の原因となっている。しかし一方、国連など国際的な諸制度のもとで米国を中心として主要国が協力することにより、集団的な紛争処理能力が発展していく兆しが現われはじめているので、ひとつの新しい方向は示唆されている。世界の諸国民が協力の精神に基づいて、持続的な「平和の構造」を創りあげるために能動的・建設的に行動するならば、今までよりも安全な世界を作り出す好機も、また、生じている。
日本は、これまでのどちらかと言えば受動的な安全保障上の役割から脱して、今後は、能動的な秩序形成者として行動すべきである。また、そうしなければならない責任を背負っている。国際紛争解決のための手段として武力行使を禁止するのが国連憲章の意図するところである。そのような姿に国際社会がなることは、地球的な規模で経済活動に携わり、しかも軍事的大国化の道をとるべきでないと決意している日本にとって、国益上、きわめて望ましいことである。
したがって、能動的・建設的な安全保障政策を追求し、そのために努力することは、日本の国際社会に対する貢献であるばかりでなく、何よりも、現在および将来の日本国民に対する責任でもある。
そのような責任を果たすために、日本は、外交、経済、防衛などすべての政策手段を駆使して、これに取り組まなければならない。すなわち、整合性のある総合的な安全保障政策の構築が必要とされる。
2. 多角的安全保障協力
冷戦が終わって、主要国の間に深刻な軍事的対立がない現在は、国連の集団的安全保障機構が本来の機能を発揮するための条件が、最低限、満たされている。この好機を利用して、諸国民がどれだけ協力的安全保障の実績をあげ、その習慣を身につけることができるかどうかが、21世紀の国連の運命を占う決め手となるであろう。日本は、だれのためよりも、まず自国の国益の見地から、この歴史的な機会を積極的に利用しなくてはならない。日本国憲法第9条の規定も、その精神において国際紛争解決の手段として武力の行使またはその威嚇を禁止しようとする国連の目的と合致している。
もっとも、国連の集団安全保障機構が、完成したかたちででき上がるのは、まだ遠い先のことのように見える。むしろ今の段階で国連に求められているのは、国家間の武力衝突への対処というよりも、統治能力の主体がはっきりしない不安定な諸国の内部で発生する武力紛争の予防とその拡大防止、さらには紛争停止後の秩序再建に対する支援などである。日本は、この平和維持活動にできる限り積極的に参加することが必要である。なお、平和維持活動の民生部門や紛争収拾後の平和建設の分野では、日本がとくに有意義な貢献をすることができるはずである。
他方、国家間の利害の衝突が武力紛争に発展する危険も、もとより、なくなったわけではない。各国が自衛力を最後の備えとして持つことは、それが自衛権の行使の範囲にとどまるものである限りは、容認される。しかし、それらの諸国が極端な相互不信を抱いたままの状態で軍事力の増強に走るならば、武力紛争の危険は高まるであろう。したがって、相互不信のレベルを低下させ、逆に安心感を高め、少しでも相互信頼の状態へ近づけていくことが、まず必要である。
協力的安全保障政策は、国連においてだけでなく、地域的なレベルにおいても、進められなければならない。多国間または二国間の対話が進むならば、アジア・太平洋の安全保障環境の透明度が増し、それによって、地域諸国の間の安心感が高まるであろう。北東アジア・北西太平洋地域の多角的安全保障対話は、まだ緒についたばかりであるが今後、その発展に意を注ぐべきである。
3. 日米安全保障協力関係の機能充実
対話とそれを通じての信頼関係の増進が必要であると言っても、米国を中心とする国際的協力が冷戦後の安全保障体制形成のための現実的な基礎であることには変わりはない。その意味ではヨーロッパにおける北大西洋条約機構(NATO)と並んで、アジアでは日米安全保障条約が、前の時代からの貴重な資産として受け継がれるのは、理由のあることである。
日本自身の安全をいっそう確実にするためにも、新しい安全保障上の必要に対応してより積極的に対処するためにも、両国の協力関係をさらに充実させるよう努力すべきである。また、多くのアジア諸国が望んでいる米国のこの地域へのコミットメントを確保し続けるため、日米安全保障協力を引き続き維持するという決意を新たにすることの意義は大きい。米国が今後も日本をはじめとする地域諸国との安全保障協力の枠組みを維持していくことは、この地域全体の安定のために大きな意味をもっているのである。このような視点から見るとき、日米安全保障条約は、これまでにもまして、重要な意味を帯びてくるであろう。
4. 信頼性の高い効率的な防衛力の維持および運用
安全保障の最終的なよりどころが、国民の自らを守る決意とそのための適切な手段の保持であることは、依然として真理である。日米安全保障体制の信頼性の向上をはかるとともに、多角的な安全保障協力に日本が能動的・建設的に参加するためには、日本自身の防衛態勢が確実なものでなければならない。
独立国として必要最小限の基盤的防衛力という概念は、冷戦終結後の今日においても妥当性を失っていない。今後は、その概念を生かしながらも、新しい安全保障環境の必要に応じて、また資金的ならびに人的資源の適正配分をも考慮して、強化・充実すべき機能と縮小・整理すべき機能とを区分し、組織の合理化をはかることが肝要である。
第3章 新たな時代における防衛力のあり方
冷戦的防衛戦略から多角的安全保障戦略へ
冷戦の終結とともに、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変化したが、自国の防衛という本来的な役割は、時代の変化を越えて、変わりがない。また、日米間の協力が今後も日本の安全保障政策の重要な柱であることも、これまでと変わらない。そのような日本の防衛力と日米安全保障関係を、地域および地球全体を視野に入れた、より広い国際的な安全保障協力の枠組みとどう関連づけていくかが、今後の問題である。
第1節 多角的安全保障協力のための防衛力の役割
世界の各地で発生する多様な性質の危険に適切に対応し、安全保障環境の悪化を防ぎ、さらにはそれを積極的に改善していくためには、各国が、同盟関係を基礎に、国連その他の機構などを通じて、世界全体および各地域の安定を増すために、建設的な視野に立って互いに協力しつつ、能動的に取り組んでいくことが肝要である。
1.国連平和維持活動の強化と自衛隊の役割
今後の日本の安全保障政策の重要な柱の一つは、平和維持活動の一層の充実をはじめとする国際平和のための国連の機能強化に積極的に寄与することにある。日本の安全の確保を最大の使命とする自衛隊がこの任務から免れてよいわけがない。そのような観点から、自衛隊の運用に関する法制、部隊組織、装備、訓練などの面で、いくつかの改善が必要である。
まず、国の防衛という第一義的な任務と並んで、平和維持活動をはじめ、国際安全保障を目的として国連の枠組みのもとで行われるさまざまな多角的協力に可能な限り積極的に参加することを、自衛隊の重要な任務とみなすことが肝要である。組織・制度面では、平和維持活動その他の国際協力に関連する情報を幅広く蓄積・整理し、要員に対する専門的な教育訓練を施し、実施のための計画立案とその調整の機能をもった専門の組織を新設することが必要である。自衛隊の平和維持活動への参加の態様に関しては、現行の国際平和協力法のいわゆる平和維持隊(PKF)本体業務の凍結規定をできるだけ早く解除する方向で、論議を煮詰めることが望ましい。これに関連して、武器の使用に関しては、国連で一般に認められている共通の理解について日本も検討すべきである。
2.その他の安全保障上の国際協力
平和維持活動以外にも安全保障に関して国連とその専門機関、あるいは非政府機関(NGO)の手で行われる国際的な協力活動の分野が拡がりつつある。そのうち、自衛隊に関係するものとしては、現行の国際平和協力法に盛られている人道的な目的のための各種の国際救援活動のほか、たとえば、国際協力の枠組みで行われる難民の救出活動などがある。
軍備管理については、地域的にも全世界的にも、信頼醸成措置と関連して、さまざまな努力が試みられており、日本も少なからぬ寄与を行ってきた。冷戦後の不確実で不透明な安全保障環境が危険な方向に向かわないようにするためにも、この分野の国際協力は、ますます必要となってきている。アジア・太平洋地域で始まっているさまざまなレベルでの安全保障対話に日本の防衛関係者が積極的に参加するべきである。
第2節 日米安全保障協力関係の充実
冷戦後の安全保障環境のもとでも、日米安全保障条約は、依然として日本自身の防衛のための不可欠の前提である。それだけではなく、日本が、米国と手を携えてアジアの安全保障のために協力していく分野は、今後、ますます広がると思われる。すなわち、日米の安全保障上の協力関係は、単に2国間の視野からだけでなく、同時にアジア・太平洋地域全体の安全保障に関わるものとして見なければならない。
もとより、日本自身の安全が日米間の軍事面での協力に大きく依存している事実を、無視するわけにはいかない。とくに、米国の核抑止能力は、核兵器を所有する諸国家が地球上に存在するかぎり、日本の安全にとって不可欠である。日本は、今後も非核政策を堅持していく決心であるので、核軍縮と核兵器拡散防止は、日本の利益とも完全に合致している。同時に、このふたつの目標が現実に達成されるまでの間、米国の核抑止の信頼性に揺らぎがないことが、決定的に重要である。核兵器から自由な世界を創るという長期的な平和の戦略と、日米安全保障協力の維持・強化とは、この点でも、密接不可分の関係にある。
より日常的なレベルでの日米安全保障協力関係の促進をはかるため、作戦運用、情報・指揮通信、後方支援、装備調達などの広範な分野にわたる相互運用性(インターオペラビリティ)の確立に配意し、以下のような諸点で、改善を進めるべきであろう。
(1)政策協議と情報交流の充実
(2)運用面における協力体制の推進
(3)後方支援における相互協力体制の整備
(4)装備面での相互協力の促進
(5)駐留米軍に対する支援体制の改善
第3節 自衛能力の維持と質的改善
冷戦後の国際的安全保障の趨勢が、対決型のものから協調型のものへと移行しつつあるといっても、種々の軍事的危険のみなもとが一挙に消滅したわけではない。アジア・太平洋地域の安全保障環境が、いろいろな理由で流動的であることは、すでに述べた通りである。このような事情からして、各国が危機管理・危機対処の自前の能力を備えていることが、安全保障の基礎であることには変わりがない。また、少なくとも世界の主要国がそのような能力をもっていてはじめて、国連その他の機構を通じての多角的安全保障の仕組みが効果を発揮できるものであるという現実に目をつぶってはならない。その意味で、堅実な自衛力を備えていることは、自国の独立維持の最終的な担保であるとともに、国際的安全保障の見地からも望ましいことである。
(1)予想される軍事的危険
今では、冷戦時代と軍事的な危険の形態や性質が変わった。これまで想定されていたような規模の軍事的侵攻が日本に対して直接加えられる可能性は、大幅に低下した。ふたたび、いずれかの国との政治関係が極端に悪化し、その国からの軍事的攻撃の可能性が高まってくるということが全くないと決めてかかって良いわけではないが、軍事的にも政治的にも米国に対抗する用意のある旧ソ連に匹敵するような国家が出現することは、近い将来にはないであろう。いずれにせよ、そのような意味での脅威の出現は、かなりの時間的余裕をもって予測できるはずであり、わが国の側にも、相応の準備期間があるであろう。そうした場合の防衛力のあり方については、そのときの情勢に照らして、新たに検討すべきである。
当面意を注ぐべき対象は、不安定で予測が難しい状況の中に潜んでいるさまざまな危険である。そのような危険が顕在化した場合に、的確かつ機敏に対処して、それが大規模な紛争に発展しないように管理する能力を維持しておく必要がある。
(2)防衛力整備に当たって考慮すべき要因
このような、情勢の変化に加えて、軍事科学技術の分野では従来の重厚長大型の兵器からコンパクトで高性能の精密誘導型兵器へと、ウエートが大きく変化してきており、それに合わせた省力化も進んでいるという事実も考慮すべきである。一方、若年人口の減少傾向を計算に入れて、今後は、人的資源の節約の方向で、防衛力の整備を考える必要がある。さらには、防衛力整備を支える財政的基盤は、長期にわたって、好転する可能性は少ない。これまでも、他国と比べて、防衛の分野への資源配分は、決して多いとは言えなかったが、今後は、限られた予算を最大限に有効に使って、防衛力の水準の低下を防ぐことに、努力を傾けることが、これまで以上に求められる。
(3)新しい防衛力についての基本的考え方
以上のような諸点を考慮に入れれば、今後の防衛力の基本的なあり方としては、つぎのような考えかたを採用するのが妥当であろう。すなわち、基盤的防衛力の概念を生かしつつ、新たな戦略環境に適応させるのに必要な修正を加える。具体的には、第一に、不透明な安全保障環境に対応し得るような情報機能を充実させるとともに、多様な危険に対し的確に対応できるように運用態勢を整える。第二に、戦闘部隊について、より効率的なものに編成し直し、装備のハイテク化・近代化をはかるなどの方法を講じて、機能と質を充実させる一方、その規模を全体として縮小させる。第三に、より重大な事態が生じた場合、それに対応できるように、弾力性に配慮する。このような考え方に立った防衛力の改革・改編は、今後10年程度を目途に、順を追って、実施されることを期待する。
(4)改革の具体策
改革の具体策としては、以下のような項目があげられる。
(i)C³Iシステムの充実 危険に対処するには、防衛組織のC³Iシステムの必要性が増大した。情報収集・分析能力や各種警戒監視能力を今後より一層重視する必要がある。
(ii)統合運用態勢の強化 国連の平和維持活動をはじめとする新しい任務を効果的に実施し、各種の危険に機敏に対応するためにも、陸海空三自衛隊の統合運用態勢の強化が急務である。
(iii)機動力と即応能力の向上 抑制された規模の防衛力を効果的に運用するためには、機動力と即応能力の向上が必要である。
(iv)人的規模 常備の自衛官定数については、今後強化すべき機能に見合った要員を含めても、現行の約27万4千人を24万人程度を目途として縮小する。
(v)陸上防衛力 画一的な師団編成から多機能的な部隊に再編成する。すなわち、地域の特性を考慮に入れた多様な編成を有する師団および旅団への改編および部隊の配置などを実施し、部隊の数ならびに規模を削減する。一方、平時において任務遂行の機会の多い部門や、機敏な対応能力の求められる部署については、必要な人員を確保し、高い練度を保つ。また、有事において第一線部隊に充当し得るだけの練度の高い予備兵力を作り出すことをねらいとした新たなタイプの予備自衛官制度の導入を検討する。また、重装備重視から、機動力の向上やハイテク装備重視への転換を進める。
(vi)海上防衛力 本格的な海上交通の破壊攻撃の可能性の低下にともない、従来重点がおかれていた対潜水艦戦や対機雷戦のための艦艇や航空機の数を削減する。他方、よりバランスのとれた海上防衛力を整備することに意を注ぐ。たとえば、監視・哨戒の機能や、対水上戦、防空戦の能力などは、これまで以上の充実が必要である。また、国連の平和維持活動などへの参加も考えて、海上輸送、洋上補給等の支援機能についてある程度強化する。
(vii)航空防衛力 レーダー・サイト等の航空警戒管制組織については、その近代化が一段と進んでいるので、効率化の見地も含め、大幅に見直す。本格的な航空侵攻の可能性の低下にともない、戦闘機部隊または戦闘機の数を削減する。他方、空中給油機能の導入も、防空体制の効率化・強化の観点から、検討に値する。一定の長距離輸送能力の保有も、国連の平和維持活動などへの参加の視点から、航空機動性の向上をはかるため、必要となると思われる。
(viii)弾道ミサイル対処システム 大量破壊兵器とその運搬手段の拡散の危険に対処するために、非核政策をとる日本としては、米国による抑止力の信頼性が維持されることが、絶対に必要である。それに加えて、日本自身が、弾道ミサイル対処能力をもつ必要がある。この分野の研究の進んでいる米国と協力しながら、このようなシステムの保有に向けて積極的に取り組むべきである。
(ix)防衛力の弾力性の維持 将来の事態の発展に備えて、養成や取得に長期間を要する要員や装備を、教育訓練の充実にも資するよう、その部門にある程度配備するなどの方法で、ゆとりをもって保有しておくといった配慮が必要である。
(x)人事面での施策 自衛隊員の処遇の改善、募集方法の改善、人材の育成と教育訓練内容の改善を進める。
(xi)駐屯地等の統廃合 防衛力の合理化・効率化の考慮から言っても、自衛隊の部隊配置を見直して良い時期である。たとえば、小規模な陸上自衛隊の駐屯地は、社会的必要の見地を考慮に入れながら、ある程度の整理を行なって良い。また、スムースな統廃合を可能にするため、財政面での特別の工夫が必要である。
第4節 防衛に関連するその他の事項
求められる防衛力の再編と密接にかかわる課題のなかで、政府全体あるいは日本社会が全体として、取り組むべきものについて、最後に取り上げる。
(1)安全保障に関する研究と教育の充実
日本では、安全保障に関する研究や教育にこれまで十分な関心が払われてこなかった嫌いがある。平和に対して国および国民が真剣な関心を抱くべき国際環境にあることを考慮すれば、それが、安全保障問題への研究と教育に反映されなければならない。安全保障は、国民全体が等しく享受する公共財であり、その任務に従事する人々に対する相応の敬意を、社会全体が払うことを忘れるならば、国防も安全保障も、精神的な基盤を失うであろう。自衛隊員が誇りをもって職務に邁進できるように、配慮が不可欠である。
(2)防衛産業
安全保障上の観点からすれば、技術的に高度で高品質の装備品を開発・生産できる防衛産業を国内にもっていることが、きわめて大切である。さまざまな制約のもとにありながら、最近までは、曲がりなりにも、その生産基盤を維持してきた日本の防衛産業は、いま内外の諸条件の変化によって難しい状況に追い込まれている。
しかし、防衛産業の性質上、経済性の観点からだけで、ものごとの是非を判断するわけにはいかない。装備品の調達・防衛関連技術における自主性・自立性を維持しておくことは、米国との技術交流を推進するためにも、肝要である。したがって、防衛産業に関与する企業の存続を極力支援するような政策的配慮が必要となる。
(3)技術基盤
軍事技術は、今後とも、着実に進歩していくことが予想される。しかも、質の遅れを量で補うことは不可能となっているので、最新の防衛技術水準を保有しておくことは、安全保障上、きわめて重要である。今後、政府が研究開発に力を注ぎ、政府資金で量産化を前提としない技術実証型研究を推進し、最先端の技術基盤の強化をめざすことが肝要である。また、ソフトウエアの蓄積やデータベースなどの構築に努力を傾注することも大切である。
(4)今後の防衛力整備計画のあり方
この報告書で提示されている防衛力の改革案は、今後の適当な期間をかけて行われる改革の過程を通じて到達すべき目標の提示といった性質のものであって、1976年の「大綱」別表のように、長期にわたって維持すべき目標とか防衛力の上限などを示すものではない。「大綱」とは訣別しなければならないが、それに代わるべき何らかの文書を作成する必要があるか否かは、今後、政府が検討すべき問題である。また、「国防の基本方針」についても、新たな防衛についての基本的な思想を表現するようなものに書き直すか否かは、今後の検討課題であろう。なお、具体的な防衛力整備については、中期的な計画を作成し、柔軟かつ計画的に進めていくべきであろう。
(5)危機管理体制の確立と情報の一元化
政府全体としての情報・危機管理システムがいっそう有効に機能するように努力するという見地から、今後は、内閣レベルでの危機管理・情報分析機能を一段と強化・充実するという課題に本格的に取り組む必要がある。この課題は、広範囲にわたる非常に大きな問題であり、十分な論議が行われることを期待したい。
おわりに
安全保障政策の基本が各国の自己管理能力と危機対応能力にあることには、変わりがない。また、利益と価値観の共有が国家間の関係における最も確かな絆であることにも、変わりがない。その意味で、新しい国際秩序の形成に関して共通の目標をもっている日米両国間の絆は、むしろ、これまでよりもいっそう重要性を増すであろう。というのも、今後は、世界の諸国民が協力して、武力紛争の予防とその早期解決をはかり、さらには紛争の誘因となる貧困などの社会問題の解決のために、能動的・建設的に行動する機会が増えていくものと思われるからである。このような協力的安全保障の実績を着実に積み重ねることを通じて、人類は、それだけ、国連の掲げる集団安全保障の目標に近づくことができるのである。その結果、「国際紛争解決の手段としての武力による威嚇又は武力の行使」の禁止を基本的なルールとする国際秩序が、より確実なものとなるであろう。そうなることは日本国民の利益にもかなうことであり、われわれは、それを目標として、最大限の努力を払うべきである。
新しい安全保障政策が円滑に実施され、防衛がそのなかで有意義な役割を果たせるようになるためには、国全体が総合的な視野からこれに取り組み、整合のとれた政策運営を行うことが是非とも必要である。それには、効果的な政策決定と実施を可能にする危機管理システムの構築が不可欠である。同時に、より広く、国民全体の理解と支持と参加が、安全保障政策の根本であることを、併せて、強調しておきたい。本懇談会の報告書が、安全保障問題に関する国民的理解の深まりに資するところがあるならば幸いである。