やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

樋口レポートとインド太平洋構想(8)

インド太平洋構想は日本が主導したことは否定しないが、突然現れたわけではない。そんなことはAPECや重光の大東亜共栄圏を少しでも知っていればわかることだ。インド太平洋構想は世論を呼び起こすアジテーター的役割があったが、樋口レポートのような奥深さはない。批判ではない。安倍晋三という世界を相手にできる大役者と兼原・谷口氏のような国際語がわかる脚本作家がいなければ、世界は反応しなかったはずだ。そして私が太平洋島嶼国で海洋安全保障の基盤を2008年から作っていなければ・・・

 

第1章「冷戦の終結と安全保障環境の質的変化」の4点目「今後の予想される4つのタイプの危険」 をまとめる。

一つ目は、中露を含む安保理事国が米国を中心とした協調関係を維持できるか?

<<28年後の結果としてできていないどころか明確な対立構造を示している。

 

2つ目が局地的規模の武力衝突の多発化と大国の調整能力の低下、それに伴う自体の悪化。

<<世界のあらゆるところで発生しているが、南シナ海の件もそれではないだろうか?

 

3つ目が軍事技術の拡散、特に旧ソ連から核技術・物資が流出し「国際的規則に従わないものの手に渡る」危険性。

<<これこそは北朝鮮への旧ソ連からの核技術、人材等々の流出という現実になっている。

 

4つ目が2つ目にあげた局地的武力衝突の原因となる経済的貧困、社会的不満、国家の統治能力喪失への対応、最貧国、資源があっても社会不安を抱えた地域への、軍事的手段だけでなく経済・技術支援の必要性をあげている。

<<これはまさにインド太平洋構想の中で日米豪などが協力し通信ケーブルなどのクリーンなインフラを支援を現在していることに現れているが、この指摘があった1994年から25年を待たないと、もしくは中国の進出を待たないと動けなかった事は残念だ。

 

・・・

樋口レポート、第1章「冷戦の終結と安全保障環境の質的変化」の最後、5つ目の「アジア・太平洋地域の安全保障環境の特徴」ではアジア諸国の持つダイナミズムとエネルギー、地域的安全保障協力システムの未成熟、主要な軍事大国の利害の交錯、の3点が議論されている。

インド洋の視点はないが、インド太平洋構想の理論的基盤であることは間違いない。中露の脅威を匂わす文章は、その脅威が明確となった25年後の今さらに説得力を持つのだ。

3点を簡単にまとめたい。

 

1点目

第二次世界大戦後のアジア諸国が国際社会において「主権的存在」として自己主張をし始めた時代であると描写する。この「主権的存在」が東西両陣営の主導権争いを導いた理由の一つ。冷戦終結後、「中国を含む」アジア諸国がみずから軍事力向上という政治的動機と経済的基盤を持つようになったことがこの地域の安全保障の特徴。

<<中国が他のアジア、インド太平洋諸国を飲み込む存在になった事は25年前には想像が難しかったのかもしれない。

 

2点目に北朝鮮と中国が取り上げられている。中国に関しては台湾海峡、香港、内陸部と沿岸部の経済格差の問題。南シナ海への中国の領有権をめぐる紛争、軍事衝突の可能性を指摘。

<<ここはまさに問題が顕在化し、世界のアジェンダとなり、インド太平洋構想の基盤となった問題点だ。

 

3点目に北東アジア、北西太平洋は米中露の軍事大国の利害がぶつかる地政学上重要な地点であり、中露が大陸国家から海洋国家へと変容していることが指摘されている。

<<これもまさに現在その通りになっている。日本は北東アジア、北西太平洋に位置し安全保障問題に敏感ならざるを得ない、と結んでいるが、果たして日本はどこまで敏感なのだろうか?頻繁な北朝鮮からのミサイル発射など、逆に鈍感になっているような気がする。

 

最後にアジアの動向が世界の安全保障の将来を決め、主要大国・関係国の責任は大きいとある。アジアとは主に中国事を指していると理解して間違いないであろう。主要大国・関係国とは当然日米が渡辺先生の頭にあったと思う。豪州は関係国であるがミドルパワーである。ここにインド、英国、フランス、そしてドイツまでも加わることを樋口レポートでは議論されていたであろうか?インド太平洋の地域的枠組が生まれるのは、中国の一帯一路構想を待たなければならなかったのかもしれない。