やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

第8回ミクロネシア大統領サミット

2008年11月に書いたレポートである。

第8回ミクロネシア大統領サミット及び実務者会議に出席した。

私が日本財団、笹川平和財団を動かして進めているミクロネシア海上保安案件。ミクロネシア3国の大統領が合意するまでたった6ヶ月だった。

 

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 第8回ミクロネシア大統領サミットが2008年11月19ー20日ミクロネシア連邦で開催された。同サミットで「ミクロネシア海上保安」を議案として取り上げられる方向で3カ国が調整。笹川平和財団羽生会長が議長国パラオから正式に招待されるよう私が動いた。

 サミットに先駆け11月17ー18日には実務者会議が開催。議長国のパラオ政府の要請を受け、各国との事前調整を担当していた私が出席することとなった。

 

<合意までの急展開>

 結果として、ミクロネシア3カ国共同の海上保安庁の設置の方向に向け、日本財団、笹川平和財団及び既に協力関係にある米豪の協力を得て進めることでミクロネシア3カ国の大統領が合意した。

 

 ここまでの動きは早い。約半年の経過をまとめる。

 今年4月に訪日したマーシャル諸島大統領と日本財団笹川会長が当該地域の海洋安全保障について話しあったことをきっかけに、翌5月には羽生会長がマーシャル諸島を訪問。閣僚との協議の中からミクロネシア地域の海上保安構想が生まれた。その後ミクロネシア連邦、パラオ政府及び米豪政府との非公式な協議を継続。9月には羽生会長がミクロネシア連邦とパラオを訪問し各国の大統領及び閣僚との協議を行った。

 この9月のパラオ訪問で大きな動きがあった。大統領との会談の翌日、クアルテイ大統領補佐官から次回のミクロネシアサミットで議案として取り上げ合意する方向で調整したい、と連絡があったのだ。

 11月のサミットまでの詳細は省くが、この合意までの早さの背景には下記の理由があげられる。

 

1. 海洋安全保障はミクロネシア3国にとって共通の最重要課題の一つである。

2. 安全保障に関することなので、主要援助国の中国、台湾からの援助は受けにくい。他方米豪の支援が強化される動きは見えない。

3. 地味ながらもミクロネシア各政府が認める事業を展開してきた笹川太平洋島嶼国基金(以下基金)への信頼。基金は第2次ガイドライン(1999ー2008)でミクロネシア重視の事業を実施してきた。

  1999年、故田淵会長が故三塚議員(日本パラオ議員連盟会長:当時)を誘いパラオを訪問して以来、パラオ政府の基金への信用が格別強くなったことも明記しておきたい。

 

 <新しい地域主義ーミクロネシア地域協力の動き>

 なぜ今ミクロネシア地域協力の枠組みが形成されつつあるのか?またこの動きが意味するものは何か? 

 ミクロネシア諸国は2000年頃から共通の課題に共に取り組むため、地域協力の枠組み形成に努力している。なぜサブリジョナルの動きが生まれてきたのか?下記に考察する。

 

1. ミクロネシア3カ国は地域政府機関「太平洋諸島フォーラム」(PIF)のメンバーである。しかし、PIFは当初の組織名(South Pacific Forum)からパラオ前ナカムラ大統領がSouthを取っても、未だ豪NZの影響力が強く、英連邦諸国を重視。ミクロネシア地域への関心が高い、とは言えない。PIFだけでなく、SOPAC, SPC, USP, FFA等全て地域機関は南太平洋に軸足を置いている。

2. 加えて、近年フィジー等メラネシア諸国の政情不安が続く中、豪NZの関心もそこに集中し、ミクロネシア地域はPIFからの裨益を期待できない。前回のフォーラム総会にはパラオ、ミクロネシア連邦の大統領が欠席している。

3.多くのポリネシア、メラネシア諸国が英連邦に属し、イギリスの制度に準じているのに対し、ミクロネシアは米国と自由連合協定を結び、米国の社会制度に準じている。ミクロネシアがメラネシア、ポリネシアと歩調を合わせるのは無理がある。

 

 ミクロネシア地域協力の動きは私自身がトリガー(の一つ)となった背景もあり、注目していた。この動きに日本がどのように参加できるかが、今後の日本の太平洋島嶼国外交の流れを変える機会にもなる、即ち私のアイデアが盛り込まれた笹川陽平の「太平洋共同体構想」へつながると考えている。今回「海上保安」の案件がミクロネシア地域協力の流れに乗ったことは日本の対太平洋島嶼国外交の方向を変える大きな成果と捉えたい。 

 

 日本がミクロネシアとの関係を強化する理由はもっとある。なぜか?

1. 日本は地理的には米国よりもミクロネシアに近い。

2. 南洋統治の「光と影」の歴史的繋がりがある。スペイン、ドイツ、日本、アメリカと500年近く続いた他国からの統治からやっと得た「主権」を、彼らの求めに応じて応援する「境遇」がある。

3. 加えてミクロネシアには日系のリーダーが多く、日本への期待が大きい。ミクロネシア地域協力という新しい地域主義の動きは日本が太平洋の政治に参加する機会でもある。

 

<米豪へのアンビバレントな感情>

 サミットへ向けた事前協議で、当該地域の海洋安全保障に関しては米豪が既にさまざまな支援をしていることを財団は認識しており、米豪政府とも協議をする機会を得て、前向きな反応を得ていることをパラオ政府に再度説明した。

 実務者会議ではパラオ政府から、ミクロネシア3カ国大統領連名で米豪の政府関係者にレターを発信することが提案された。

 それに対しマーシャル諸島政府からは、ミクロネシア3国の主権に関わることなので米豪は関係ない、との強気の発言があった。ミクロネシア連邦政府からは豪が支援するPacific Patrol Boatの人員引き上げや予算削減が予想される危機的な状況であり、米国政府には燃料支援の要請をしてもなしのつぶてだ、とのこれも米豪政府への批判的な発言があった。結局レターは米豪政府に「notifyする」という内容に落ち着いた。

 米豪の関係者が会場にいれば出なかった発言かも知れない。長年支援してきたにも拘らず、非難される状況は「明日の我が身」でもある。依存(従属)関係を強化するような援助をどのように避けるか、若しくは長期にコミットをする根拠をどのように見つけ出すか、肝に銘じた場面であった。

  もう一点、ミクロネシア3カ国政府担当者とのやり取りの中で感じたことは、我々の海洋安全保障活動への参加が、米豪政府への「カウンターパワー」として既に利用されている、ということだ。我々はミクロネシア地域での海洋安全保障に関してはまだ何も実績はない。しかし、「関心がある」という意思を示しただけで、既に米豪へのカウンターパワーとしてミクロネシア3国に利用されたのである。小国にとって敵対する大国が多い程優位なのである。小国が国際政治に影響を与えないことが影響を与え得る、という逆説的な動きを目の前で見ることができた。

 対太平洋島嶼外交とはそこを「裏庭」と思っている米、豪、ニュージーランド、フランスとの外交でもある。今後もこれら欧米諸国との調整は、太平洋島嶼国との調整以上に重要な課題である。

 

<海洋安全保障ー日本の新しい外交分野>

 太平洋の海洋安全保障は日本にとって古くて新しい問題である。太平洋航路の確保と漁業資源確保は日本の対太平洋島嶼外交の軸足であった。

 太平洋島嶼国の海洋安全保障問題は米国に頼るところが大きいが、豪、ニュージーランドがメンバーであるFFA, SPCの地域機関も主要な役割を担っている。日本はどちらの組織にも属していない。常に監視、管理される側である。 太平洋を「共に護る」という姿勢はなかった。

 今までの日本の漁業外交、太平洋航路確保の交渉を見直す機会として「海洋外交」を真剣に検討することが日本にとって必要なのではないか。即ちhereからthereに軸足を変える、立ち位置を変える必要があるということだ。

 それではthereに行って何ができるのか? 今回のサミットでの合意に至までの交渉で一番の難しかった点は「日本は何ができるのか?今まで実施してきたナウル条約、ニウエ条約による地域協力と何が違うのか?」という疑問に答えることであった。日本財団が行ってきたマラッカ・シンガポール海峡の活動を具体的数字と共に提示することによってこの問題は解決できた。

 日本とって海洋安全保障は「未知」でも「無知」でもない分野なのだ。 特に海上保安庁を持つ日本はそれを持たない豪、ニュージーランド、フランスに比して優位である。(USCGも主要な実動部隊は軍隊だ。)

 なお「マシ海峡」について日本財団海洋グループから迅速かつ丁寧な資料・情報提供の協力をいただいたことを感謝したい。

  今回のサミットの議案には地域フラッグによる監視体制の強化(ニウエ条約)、漁業資源の地域協力(ナウル条約)とならんで地域海上保安構想が並んだ。繰り返しになるが海洋安全保障問題はミクロネシア諸国にとって共通の重要課題なのである。そのような中で、こちら側で利益の確保に努力するよりもあちら側に行って彼らの資源や利益を共に保護する立場に立った海洋外交こそが、日本の対太平洋島嶼国外交に求められる。

 

  最後に渡辺明夫東大名誉教授の主張を引用させていただく。

  我々が問うべき根本的な質問は「海は人々を分かつものか、あるいは結びつけるものか」である。

 以前の太平洋は我々を分かつものであった。しかし現在では、我々をより強く結びつけるようになっている。その結果 、日本と太平洋諸島は、PECC/APECの加盟国とともに、アジア太平洋共同体という大規模な機構のメンバーになろうとしている。こうした状況の中で、日本と太平洋島嶼国は、太平洋という貴重な財産から最大限の利益を引き出すことを目的とした共同戦略を模索していくべきであろう。(渡辺2000)

 

参考資料

【正論】日本財団会長・笹川陽平 太平洋島嶼国との共同体を

2008/05/06 産経新聞

 

渡辺昭夫,グローバル化時代における太平洋島嶼国と日本の新たな関係

国際政治講座|太平洋総合講座 | やしの実大学  

笹川平和財団 笹川太平洋島嶼国基金事業室発行、平成12年7月