やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

元の木阿弥 PPBP

元の木阿弥* PPBP

今回のパラオ出張では、米豪の太平洋への動きを始め多くの貴重な情報を得ることができた。

その中で、豪州のPacific Patrol Boat Programの最新情報を豪州国防省からヒアリングでき、この情報はオープンであるとの確認が取れたのでこのブログで紹介したい。

多分このブログがPPBPを唯一フォローしているのではないか、と思う。問い合わせも多くいただくし。。

<元の木阿弥>

結論は、2008年頃からあーだこーだと、豪州政府内で議論して来たPPBPは元の姿のまま、ということだ。

1.燃料も人手も足りなく、ほとんど使用されていなかったパシフィックボートは、寿命が来たら廃止ではなくて、新たな同じ大きさの船に差し替える。もちろんコストエフェクティブ且つ最新整備にして。

2.ベルギン博士提案のリジョナルコーディネーションセンターは、ソロモン諸島のFFA内にセンターではなく、リジョナルコーディネーション機能を強化する形で設置する。例えばサモアのパトロールボートがメンテ中で使用でいない時、サモアの違法操業監視を隣国のパトロールボートで実施できるようなコーディネーションを強化。ニウエ条約の強化ですね。

3.上空からの監視はF-35 Joint Strike Fightersみたいなのではなく、現地の民間飛行機会社と契約し、実施する。一日2−3千ドルで済むそうだ。

http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/758

4.権限を国境警備局に移行させようとしたのはとうとうあきらめて、結局国防省が管轄する。

この情報をいただいた国防省の方に、「元の木阿弥ですね」と言いたかったがこの英語を知らないので、go back to where it has started, と思わず返してしまった。

パラノイアなダウンアンダー>

PPBPを巡る豪州政府の過去5年の経緯を、隅々まで知っている当方にとっては、感慨深い。

省庁間の縄張り争いは日本だけの事ではないんだなー、とか、多々学ばせていただいた。

2008年5月羽生会長がマーシャル諸島で太平洋の海洋安全保障をやるぞ!とのろしを上げたと同時、豪州海軍はPPBPなんてやってられません!海軍はお魚を守るためにあるのではありません!というレターを政府に出していた。後にこのような判断は国防省がするものではありませんでした、ごめんなさい、とのレターも出している。

まさにその時、笹川平和財団が太平洋の海洋安全保障に乗り出した、との噂がインターネットで即時に太平洋全域に流れ、日本が太平洋を乗っ取ろうとしている、という話になった。嘘みたいだけど本当の話。これ、豪州のパラノイア的リアクションを見た初めての経験。ダウンアンダーの豪州にとって日本て脅威なんです。いや世界第3位の経済大国が動く、というのはどこにとっても「脅威」なんだと思う。日本人にその認識がない事の方が問題のようだ。

しかし、肝腎の当方は、まだ何をやればいいのかも、何が現地で起っているのかも、皆目検討がつかない状況だったのだ。なんせ「走りながら考えよう。」の羽生式で始めたのだから。

羽生会長も私も米国の裏庭とばかり思っていたミクロネシア地域。冷戦終了後は豪州が唯一人で守っていた。仁義は米国に切ればいいだろうと思っていたのが大間違い。米国が豪州がウンと言わなきゃ了解できない、と言い出したので、慌ててキャンベラに仁義を切りに行ったのである。それからキャンベラ通いが始まった。

怪我の功名、とでもいうべきか、笹川平和財団が動き出したせいで、豪州政府の方向性が180度変わってしまった。PPBPは続けないけど新たな形で太平洋の海洋安全保障に関与して行きます、ということで、国境警備局を中心にスタディグループができたのである。

<軍事執行か、法執行か>

2009年頃、豪州国防省は太平洋の海上安全保障は法執行分野で、国防省は関与しない、と明確に述べていた。それで法執行を行う国境警備局にスタディチームができたが、国境警備局、国内の警備の経験はあっても海外経験ゼロ。国防省からも一人派遣されていたが、チームのあまりのひどさに彼は政府を辞めてしまうほどの深刻な状況であった。

それからキャンベラ訪問中の忘れられない経験。この国境警備局とアポを取って訪ねたところ、呼んでもいない豪州外務省が同席。そのうち当方の存在を無視して豪州の役人さんたちだけで侃々諤々とやり出したのだ。2−3時間は続いたと記憶している。他国の省庁間の争い、そんな簡単に傍聴できるもんじゃあない。貴重な経験でした。

その後国境警備局ではやりきれない、との判断が、多分外務省辺りからあって、国防省に主導権が戻された。それでも、国境警備局や連邦警察を前面にし、法執行を重点にという話だったと理解しているが、今回の情報では、もう国防省が行う、という事になったようである。

*1豪州国防省が法執行を行使する事の正統性は下記の"Fisheries Management Act 1991"を参照せよと国防省の方からご教示いただきました。

その背景には豪州の法執行局の海外経験の弱さの他に、米国の動きもあるのだと想像する。さらにその背景にある中国の台頭も。

キャンベル国務次官補のアイランドホッピング随行したPACOMの司令官は太平洋島嶼国の海洋安全保障とは違法操業監視である、と喝破している。

米国ネービーが違法操業を取り締まるのである。加えてロックリア司令官は気候変動が最大の脅威とも言っている。

http://blog.canpan.info/yashinomi/archive/755

2011年には米豪同盟60周年を迎え、米豪協力も様々な形で過去数年強化されているし、状況は刻々と変化する。

<PPBPとUNCLOS>

このPPBPが立ち上がった背景には、太平洋島嶼国がUNCLOSを批准し、広大なEEZ保有した事がある。

1987年パプアニューギニアに最初のパトロールボートが供与されたのを皮切りに10隻のボートがフォーラムメンバー国に供与された。その後米国の裏庭のはずのミクロネシア諸国にも供与。

豪州のPPBPは太平洋島嶼国のEEZをどのように守るか、という議論の元祖的存在なのだ。

それから豪州が太平洋の違法操業取り締まりの基地としているのがソロモン諸島のFFA。FFAにはQuadの枠組み、即ち豪NZ仏の国防と米国の沿岸警備隊の4者協力体制もある。

日本がここにどのように関与していくか。肝腎の太平洋島嶼国の海洋領有権のあり方、主権の行く末も気になる所である。

*1  "Fisheries Management Act 1991"

http://www.austlii.edu.au/au/legis/cth/consol_act/fma1991193/index.html#s106

 Specifically you want to look at PART 6-SURVEILLANCE AND ENFORCEMENT

Section 83 - Appointment of Officers; and

Section 84 - Powers of Officers

*元の木阿弥

戦国時代の武将筒井順慶が、幼い時に父の順昭が病死した。

父の遺言によりその死を隠し、顔や声がよく似た木阿弥という盲人を薄暗いところに寝かせ、順昭がまだ寝床にいるかのように見せかけた。

その死は順慶が成人するまで敵に知られずに済んだが、順慶が成人した折に順昭の死を公表したために、木阿弥は用済みとなりもとの庶民に戻されたという故事によるものとされている。

http://kotowaza-allguide.com/mo/motonomokuami.html より