やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

高松宮のパラオ訪問

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高松宮殿下

高松宮殿下が南洋庁時代のパラオを訪問されている。 以下、学習院大学史料館のパンフレットから。

「1925年海軍少尉に任官された後、軍艦に乗船し遠洋航海演習に参加された。ちなみに南洋方面では1928年(昭和3年)と1933年に2回演習を行っている。「高松宮日記」の1933年条には「7月21日南洋庁から先年と同じような品をくれた」

「7月26日パラオ島の北端のコンレイ村へ上がる」などの記事がみえる。」

このパンフレットの最初の文には 「当時、日本の委任統治であった南洋の島々は、軍部に取っては軍事訓練の場であり、」 とある。ここがちょっと気になった。

なぜならば。。

国際連盟規約では「陸海軍根拠地の建設、及び警察、又は地域防衛以外のためにする土民の軍事教育を禁止すべきことを保障し」とあり、海上での軍事訓練は禁じていない。よって規約に違反していないのだと思われるが、もしかしたら、日本の海軍が南洋の海上を行き来しているのを米国辺りが脅威に感じた可能性はなかろうか。清に、ロシアに勝ち、そして太平洋からあっという間にドイツを追い払った日本帝国海軍である。

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左から三塚議員、ガラルド州知事、田淵会長

コンレイ村(アルコロン州オレイ集落の旧名)から少し南へ下ったガラルド州には「高松宮来島記念碑」が昭和16年に建てられ、朽ちていたのであろうか、1999年に村の人がボランティアで再建した。 その横にあった日本時代に建てられた学校を日本のODAで再建した事がきっかけだったようだ。

笹川平和財団の初代田淵節也会長と三塚博議員のお供でこの除幕式に参加させていただいた。 あの時は高松宮殿下がパラオを訪ねられた事に何の考えも及ばなかったが、天皇皇后両陛下のパラオ訪問を控え、皇室と南洋の関係を改めて考える手がかりにしたい。 田淵会長、三塚議員のパラオ訪問はたまたまPIF総会にぶつかり、議長だったナカムラ大統領は総会よりこっちの方が大事な様子であった。(それにしてもなぜ昨年パラオで開催されたPIF総会に安倍総理の参加を見送ったのあろうか?)

前回のパラオ出張では短時間であったがナカムラ元大統領ともお会いできた。 「天皇皇后両陛下のペリリュー島ご訪問は自分たちがしっかりやるからダイジョーブ。」 (「大丈夫」はパラオ語になっている。)と言っていただいた。 ナカムラ大統領はペリリュー島の伝統的酋長でもある。