パラオ大統領選を追いながら海洋問題、新渡戸や矢内原も読んでいるのだがブログに書く時間や気力がない。
そんな中、今朝ほど産経「正論」に下記の記事を見つけアドレナリン全開の状態となっている。
「天皇は国民統合の象徴」…その隠れた典拠を解く 東京大学名誉教授・小堀桂一郎
http://www.sankei.com/column/news/161103/clm1611030005-n1.html
この記事に関連したyoutubeがあったので追記します。
東洋学園大学櫻田淳教授が、現行憲法の天皇象徴説は新渡戸であると書いていて「そんなわけない!」と調べだしたのが今年の5月。新渡戸は『武士道』と『日本-その問題と発展の諸局面』で、仏人社会学者のブートミーが英国王室を「象徴」と形容したのを取り上げて、日本の皇室もそうである、イヤそれ以上である、と説明しているのである。ちなみに『武士道』『日本-その問題と発展の諸局面』はどちらも英語で書かれた外国人のための日本理解の本である。
よって、現行憲法を作成する時に新渡戸が参照された可能性はあっても、新渡戸が本来言わんとした事は現行憲法には反映されていないのである。
ところが、八木秀次麗澤大教授がGHQはイギリスのジャーナリスト、ウォルター・バジョットの『イギリス憲政論』を参照したと言いきっているのを月刊正論で発見。当方、単なる新渡戸ファンなだけなので、ナーンだ、と理解した。
「政府も悩む皇室「パンドラの箱」 退位・譲位の制度化がはらむ皇室の尊厳を脅かす危険性とは… 」麗澤大教授・八木秀次
http://www.sankei.com/premium/news/160917/prm1609170002-n1.html
新渡戸が現行憲法の象徴に関係していなければ、新渡戸にそんな意図はなかったハズなので、ホットしたと同時に、ちょっと寂しい感じでもあった。
そんなところに小堀桂一郎東京大学名誉教授の正論を目にしたのだ。
小堀教授は、昭和56年の古森義久氏のケーディスへのインタビューを基盤に下記のように推論している。
「ケーディスは地味で誠実な人柄だつたらしく、この時も古森氏に対し決してうそを言ふつもりもその必要もなかつたであらう。ただその〈ふっと考えついて〉の裏には本人も判然とは意識してゐない、記憶の空白があるのではないか、といふのが筆者の推測である。この推測は当つてゐなくても構(かま)はない、結果として偶然の符合であつてもよい事なのだが、この時彼の潜在意識の中からその文案に暗示を与へてゐたのは、新渡戸稲造による日本の天皇と国民との関係の説明だつたのではないか。」
そして小堀教授はベアーテ・シロタが当時英文しかなかった『日本-その問題と発展の諸局面』をケーディスたちに示したのではないか?と推論されている。
私はここの部分は違う。この本を、もしくは新渡戸の「象徴」説をGHQ、もしくはケーディスに提供したのはルース・ベネディクトだったのではないだろうか?なぜか?3つの根拠がある。
1. ベネディクトは文化人類学者の大家フランツ・ボアズの弟子だった。そして新渡戸とボアズは交流があった。
2. ベネディクトが、天皇制を南洋の、即ちオーストロネシア語族の神聖首長起源説を唱えたいた(当方はまだこの資料を読んでいない)のであれば、それは新渡戸の『日本-その問題と発展の諸局面』に書いてある事である。
3. 『日本-その問題と発展の諸局面』はかなり難しい本でベアテ・シロタが理解したとは思えない。これは当方のベアテ・シロタさんに対する偏見、誤解の可能性があるが。
小堀桂一郎東京大学名誉教授は今までも色々なところで書いているのだという。これは読まなくちゃ。
それよりも、このお名前なんか馴染み深い、と思ったら、シューベルト歌曲の訳もされている!
シューベルト、いつもドイツ語で歌いますが今日は小堀教授に敬意を示して日本語訳で歌ってみよ♪