やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

ベルツの日記 読書メモ(2)第3編第二の故郷

第3編第二の故郷は1888から1896年までの日記である。

息子、トク・ベルツの編集によるこの日記はかなり削除されたり手が加えられているのではないだろうか?というのはベルツは日本の重要な人物の医療に関わりさまざまな内情を知る立場であるからだ。読み進めるに従って色々と想像してしまう。

さて第3編第二の故郷はベルツが日本人のハナさんと結婚し家族を持ち、日本が故郷になる記録である。

第二の故郷には誰からも愛された娘ウタを3歳で亡くし、その詳細が日記に書かれているのだが、ここは涙なくして読めない。この箇所を書いているベルツを想像するが、医師として父親として自分を責める記述がない。もしかしたら編集してあるかもしれない。それとも相当強靭な精神を持っていたのか。

 

f:id:yashinominews:20200207052741j:plain 1891年の正教堂 ウィキより

始めて知った、意外だった記述がある。お茶の水のロシア正教教会の設立背景だ。

明治24年、1891年、日本政府がロシア公使館設立に向け提供した土地にあの教会を建てたとある。しかもロシア人は一人もいないのに、だ。当時からロシアに対する日本の反感は強かったようで大津のロシア皇太子凶行事件の背景でもある、と言う。

「この大教会堂はその異様な形状で、本当に全東京を威圧している、そこで、当然のことに、ロシアへの非常な憤激が起った。」

続いてメディアがその国民感情を煽動。ロシア皇太子来日は軍事上のスパイ活動であると。

 

そして日清戦争。明治27年9月5日の記述にも目が止まった。

「日本政府は、この戦闘に関してなんの公表もない。清国側は作りごとがうまいから、万事はまだわからない。」(下線は当方による)

中国が情報を操作するのは100年前から周知の事実だった。

 

f:id:yashinominews:20200207053339j:plain ベルツをめぐる研究書は結構あるのだ。この本も読んでみたい。ベルツは日本政治の中枢を知るものとしてドイツ政府や他国からのアプローチことは想像に難くない。