やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

ミクロネシア(7)-1 ミクロネシア海洋安全保障事業 

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 90年代から観察し、また関与してきたミクロネシアのサブリジョナリズム。それはパラオのナカムラ大統領との出会い、そして何度も「日本はしっかりしろ!」と檄を飛ばされた経験から養われてきた私の感覚と意思でもある。

 1997年の第一回島サミットで南太平洋大学の衛星教育事業をODAにした経験から、英語圏と米語圏の明確な隔絶を現場で経験した。米国との関係の深いミクロネシア地域がサブリジョナリズムで動くことは当然だし、私はそのことを提案し支持してきた。

 2000年のG8サミットで合意された莫大な情報通信支援予算をミクロネシア地域に結びつけるべくあらゆる努力をした。小島嶼国に海底ケーブルは不要という非人道的論文を書いた日本人学者や、遠隔教育は不要という外務省幹部の判断に負けず、ミクロネシア地域の情報通信制度改革を支援。 2008年にはミクロネシア連邦でいよいよモリ大統領が規制緩和に動くことになったのだ。

 ちょうどその年、米国太平洋司令軍キーティング司令官が中国の太平洋における野望、すなわち中国がハワイから西を、米国が東をという太平洋に分割案を冗談で持ちかけられらことを公聴会で話し世界のニュースとなった。その一方で、広大な海洋資源を抱える太平洋島嶼国はその資源開発、管理が自らできていない状況。日本に支援を求めていた。

 私は日米同盟を睨んだミクロネシア海上保安事業を提案。すぐに実施に移すことができたのは、すでにミクロネシア地域で情報通信支援の実績があり、ナカムラ大統領始めリーダー達の信頼を得ていたからである。

 

 ミクロネシア海洋安全保障事業に関しては何度かに分けて書いておきたい。なぜならば、全てが私の意思で、私一人で立ち上げたからだ。だから私しかこの事業の意味、経過を知らない。ランド研究所の報告書に本件が記載されたが、情報が提供できなかったことが悔やまれる。

 2008年11月ミクロネシア連邦の首都ポナペで開催された大統領サミットで正式に3カ国大統領からの要請案件となった後に、日本の国交省、海上保安庁が参加してきた。彼らはこの事業の本来の意味を理解することもなかったし、ミクロネシア、太平洋地域の安全保障、国際政治は無知であった。また英語能力の限界もありさまざまな問題を起こし、常に私は尻拭いをする作業をしてきたのだ。