やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

外務省が知らない太平洋・島サミット<情報通信>

日本の太平洋島嶼国政策は外務省の大洋州課が一義的に担当するのであろうが、同課は主に豪州とニュージーランドに力を置いて、島嶼国に関する知識や経験は限られている。1997年から開催されてきた島サミットに当たった課長は一応の対応はするが、2、3年で異動する彼らが詳細な情報を引き継ぐことはない。よって外務省が知らない太平洋島サミットの重要な点が見過ごされてしまう。その一つが現在安全保障上の観点から活発に議論される「情報通信」である。

1997年の第一回太平洋・島サミットでは南太平洋大学の遠隔教育衛星ネットワーク、USPNetが支援案件として取り上げられた。日NZ豪の協調案件として地域組織の南太平洋大学へのODA 支援だ。この事業形成は私が一人で行ったので日本政府、外務省は何も知らない。南太平洋大学からの最終的な申請書は私が笹川平和財団に入った1991年から5年かけて、財団内に研究会を設置し形成してきたのである。

笹川太平洋島嶼国基金設立にあたりフィジーのKamisese Mara閣下から太平洋島嶼国のために衛星打上の打診があった事に始まる。私は1991年から財団の太平洋島嶼国基金再興を任された。最初の担当者が突然いなくなったのだそうだ。前任者が残した事業の一がPEACESATとUSPNetの2つの衛星事業。これが私の人生も変えてしまった。USPNetを運営する地域機関の南太平洋大学が独自の衛星回線を運営する、という事業は財団内で誰も支持せず諦めろと言われ続けた。しかし、情報通信が人間の安全保障の観点から重要である事を現場で認識していた私は諦めず、日本のODA案件にしたのである。

情報通信政策は私の一つ目の専門分野である。2つ目の修士号と1つ目の博士号は情報通信政策をテーマとしている。2023年にグアムのUnderwood博士と共著でUSPNetとPEACESATに関する論文を発表しているので参照いただきたい。

 

R Hayakawa, R Underwood, J Anson

The Modern History of ICT in Oceania–PEACESAT and USPNet

 - IEEE Annals of the History of Computing, 2023

 

日本外務省が情報通信を本格的に扱ったのは2000年の第2回太平洋・島サミットである。このサミットは日本が主催した九州・沖縄G8サミットの一環として扱われ、通称IT憲章と呼ばれるDigital Divideが中心議案であった。私はこれをきっかけに、パラオをはじめ、南太平洋大学がカバーしていないミクロネシア地域のICT改善に取り組んだ。パラオのナカムラ大統領からの強い要請もあった。日本のIT政策を大いに推進した森元首相とナカムラ大統領をフィジーに連れて行ったこともある。しかし、ミクロネシアのICTプロジェクトは、当時の大洋州課宮島課長によって潰された。宮島課長は、島嶼国の経済を『費用対効果』で語るべきではないということを知らなかったのだ。

今パラオには2本目に海底通信ケーブルが設置されようとしている。中国の脅威がなければ小国の情報通信改善は行われないのか?日本政府はそうではないことを1997年の太平洋島サミットで示しているのだが、悲しいことに肝心の外務省が理解していない。

 

 参考資料:1997, 2000, 2003の島サミットから。情報通信に関する記述

1997年第1回

日・南太平洋フォーラム(第1回太平洋・島サミット)首脳会議宣言

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/palm_01/s_sengen.html

このような点に関し、日本、豪州及びニュー・ジーランドの継続したコミット、特に、太平洋地域における遠隔教育の施設の改善に対するコミットとこの目的のために資源を提供するとの意図を高く評価した。

 

2000年第2回

(2)「太平洋IT推進プロジェクトの実施」

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/palm/miyazaki.html

国連開発計画(UNDP)への我が国の拠出金から100万ドルを使って、情報通信技術(IT)推進のための人材育成、南太平洋大学の遠隔教育システム「USPネット」や国連の「小島嶼国ネットワーク」と連携したホームページの構築、ITを活用した遠隔教育、遠隔医療、マングローブ保全(国際マングローブ生態系協会が関連)等のプロジェクトを、沖縄における知見も踏まえつつ実施する。

 

2003年第3回

I.太平洋地域の安全保障の強化(iii)情報通信網の整備

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/pif_3/factsheet.html

日本側:経済的に安価な情報通信網の向上、デジタル・デバイドの軽減。

 

共同行動計画 I.太平洋地域の安全保障強化のためのイニシアティブ (人間の安全保障)

https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/pif_3/actpln.html

  1. 太平洋島嶼国は自然災害、経済の混乱、汚染された環境や疾病等、人間の安全保障に対する様々な形の脅威に対しても脆弱である。これらの課題は以下のパラグラフでそれぞれ取り扱われるが、分野横断的なイニシアティブが一つ存在する。それはこれらの人間の安全保障上の懸念に取り組む活動のための基盤を提供する情報通信網の整備である。
  2. この関連で、日本は、費用・技術水準面で持続可能なインターネット網に関する共同研究およびその後の横顔等を含む、情報格差軽減のための方策に対し支援を行うことを検討する。