やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

2010豪州対太平洋島嶼国安全保障政策報告書

2010年、豪州上院議員委員会から出たこの太平洋島嶼国安全保障に関する報告書は11年前に読んでまだ記憶に強く残っている。ウェブで見つけられず気になっていたが偶然出てきた。これを参考に学会論文の3節の後半を今日まとめた。楽園の島が犯罪の巣窟なんて信じたくもない、でしょう?下記に部分的に引用します。

10年以上過ぎたがまだ参考にできる内容だ。この政策報告書を策定した豪州上院議員委員会の委員長をされていたのがRussell Trood議員。2008年、知人のASPI幹部研究委員、ベルギン博士の紹介で豪州国会議事堂に会いに行き、私が立ち上げた海洋安全保障研究会への参加をお願いしたところ2つ返事をいただいた。私もよく会いに行って図々しくお願いしたと思うが、Trood議員もよく私に会ってくれてしかも研究会に参加を承諾してくれたものだ。

豪州の対太平洋安全保障政策が変わる2010年、日本と豪州の安全保障対話を開始したのは私だったのです。日豪2+2が開始したよく年だ。Trood議員、2017年1月に亡くなられた。豪州でインド洋をめぐる国際政治の論文を最初に執筆されたのもTrood議員である。現在のインド太平洋構想を知ったら喜ばれるであろう。

www.aspistrategist.org.au

Security challenges facing Papua New Guinea and the island states of the southwest Pacific

25 February 2010

© Commonwealth of Australia 2010
ISBN 978-1-74229-232-8

 

Security challenges facing Papua New Guinea and the island states of the southwest Pacific – Parliament of Australia

実際に太平洋島嶼国の犯罪と法執行能力はどのようになっているのか。オーストラリア議員委員会が2008年から2年かけて包括的な太平洋島嶼国とパプアニューギニアを対象とした政策研究書”Security challenges facing
Papua New Guinea and the island states of the southwest Pacific” を参考にサイバー犯罪に関連する法執行関連の情報をまとめたい。

本報告書は2巻から構成され、第2巻は太平洋島嶼国が経済的・社会的要因に起因する安全保障上の影響をどのように管理するかについて検討し、警察、法執行、司法制度、国境管理、危機管理が検討されている。

第2巻第2章は太平洋地域の法と秩序の概要がまとめられている。法秩序の崩壊が、経済発展の大きな妨げとなり、国内の社会経済成長を著しく阻害し、国内外の投資に対する強力な阻害要因となる。主にメラネシア諸国では民族紛争、クーデターが頻繁に発生している。法と秩序の問題があるから成長と投資がされず、誰も投資をしないので法と秩序の問題が発生するという悪循環も指摘されてる。

青年層の失業率がこの地域の最大の懸念事項である。さらに一節で述べたようにソロモン諸島などは100近い違った言語の民族が千近い島に居住し民族紛争が絶えない。ポリネシア諸国以外は国家として統一しようとした歴史はほぼない。急増する人口と結びつく土地問題も紛争の火種となり、政治的不安定、報道の自由やジェンダー問題に関連した民主主義への課題と複合的な社会制度が詳細に指摘されている。

3章では法執行能力の実態が検証されている。21の太平洋島嶼国と地域、豪州、ニュージーランドが参加する地域協力枠組みThe Pacific Islands Chiefs of Police (PICP)の努力もある一方、community policing modelとよぶ個人を超えたコミュイティの法と秩序が優先され、警察の法執行を規制している。豪州は太平洋島嶼国の安全保障(安全保障関連の支出には、法的・司法的開発プログラム、警察力増強、矯正サービス能力増強、税関サービス・国境管理支援、防衛協力活動など)に関する事業にその政府開発援助(ODA)総額の約半分を占めている。2003年以降のソロモン諸島の治安部隊RAMSIが予算に反映しており、それは豪州連邦警察などのタイド経費ではないかと思われる。

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2007年に行われた太平洋諸島法官会合のレビューでは、太平洋島嶼国が直面している法と司法に関する様々な課題として、法律研修へのアクセスが限られていること、裁判官が不足していること、裁判所のリソースが不足していること、起草リソースが不足していること、ヨーロッパの法的伝統と伝統的な司法制度との調和などが挙げられている。それは伝統的な司法制度が年配の男性によって支配されていること、「縁故主義と汚職に陥りやすい」こと、そしてしばしば女性や若者を差別しているという指摘もある。

最後にサイバー犯罪にも関連する越境犯罪について書かれた5章から引用したい。この章では最も大きな脅威となっている多国籍犯罪活動、すなわち無許可漁業、密輸と違法商品の積み替え、マネーロンダリング、テロリズムが取り上げられている。

太平洋島嶼国の警察の弱さと治安部門のガバナンスの悪さは、多国籍犯罪グループの活動に対して脆弱であり誘因にもなっている。多国籍犯罪シンジケートは、抵抗の少ない地域を狙うのは当然のことであり「道中のどこかにある鎧の隙間を探す」'will look for any chink in the armour anywhere along the way' のである。

世界法律情報研究所のデータベースには、過去25年間に太平洋島嶼国において多国籍犯罪の脅威が着実に増加していることを示している。本節の冒頭で指摘した通り太平洋島嶼国は、違法薬物の生産と流通の主要拠点として知られており、テロ組織を含む多くの多国籍犯罪グループが拠点として選んでいる。この地域では大規模なマネーロンダリングが行われていることが明らかになっており、汚職が蔓延し、小型武器が拡散し、人身売買や人の密輸の中継地として利用され、身分証明書の不正使用が問題を深刻化させている。しかし、この地域で顕在化している多国籍犯罪活動は、主に別の場所の市場に供給することを目的としており、別の場所から計画・資金調達されている。島嶼国の銀行・金融部門の脆弱性を利用しようとする新たな組織犯罪グループの発生も確認されている。

2004年、フィジー警察は、南半球で発見された中で最大規模のメタンフェタミンの工場をスバ近郊で捜索。フィジーを違法活動の中継地として利用していたアジアの犯罪組織と関係があると指摘。オーストラリアを含む地域市場に供給することを目的としたクリスタル・メタンフェタミンを製造する大規模な能力を持っていた。

2000年、Financial Action Task Force(FATF)は、ナウル、クック諸島、マーシャル諸島共和国、ニウエを「非協力的な国及び地域」としてリストアップした。特にナウルは評判が悪く、ブラックリストに掲載された2000年当時多くのオフショア銀行があったが顧客のデューデリジェンスを行わず、実質的な所有者を追跡することもなかった。AML/CFT [anti-money laundering/ counter-terrorism financing]の導入と、金融活動作業部会によるブラックリスト化により、基本的にすべてのオフショア銀行が閉鎖された。この報告書が作成された2010年の時点でもまだ太平洋等小国の通信インフラはそれほど整備されていない。この10年で大きく改善されたためこの報告書にはサイバー犯罪のことはまだ触れられていない。

最後に中国から太平洋島嶼国への援助が2005年から2007年の間に約10倍と劇的に増加したことを示唆する証拠を受け取ったことが指摘されている。2005年に約3,000万米ドルだった誓約額は、2007年には2億9,000万米ドルを超えた。2008年には米国太平洋司令軍が中国軍の太平洋進出を警戒するコメントを出している。この時期、繰り返すが情報通信インフラはまだ整備されておらず、また中国の脅威もほとんど無視されていた。サイバー犯罪の影はないが、その兆候はあったと言えるであろう。

 

一番重要なのは豪州が供与している監視艇の利用日数である。燃料費がない、動かす人員がいない、などの理由で年間50日前後である。1隻では管理し切れなが人員がないので船が増えても管理できない。現場の声で印象深かったのは豪州海軍の情報だ。各国に豪州海軍が派遣されているのだが、彼らが駐在中は監視するが不在の時は何もしない。正式な情報収集の場ではない情報だが、思わず本音が出たと見てよいであろう。

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