やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

太平洋はアメリカの海?オーストラリアの海?

(2009年9月頃に書いたもの)

 

<太平洋はアメリカの海?オーストラリアの海?>

 

「南太平洋?そんなものわからん。わかる気もない。アメリカには他に重要な地域がある。南太平洋はオーストラリアに任せるよ。用があれば電話でもくれ。」(早川訳)

 2006年、キャンベラを訪ねたアーミテージの発言だ。

 

(原文)“I’ll freely admit that no Americans understand the South Pacific. And we leave that to you. Be glad to help you in any way you see fit. But we just don’t understand it. Perhaps it’s a good thing we don’t understand it – we keep our meddlesome hands off it and leave it to you.” Armitage R 2006. Answer to questions. Menzies Research Centre, Parliament House, Canberra, 6 November.

 

 アメリカとの自由連合協定を締結するミクロネシア3国は当然アメリカの裏庭であり、海上安全保障もアメリカの手中にある、と少なくとも私は理解していた。オーストラリアがミクロネシア3国でもPPB(Pacific Patrol Boat)を展開していたことを承知していたが、当該地域の海上安全保障の中のマイナーな活動である、と想像していた。しかし、今年春に実施した「鷲頭ミッション」で明らかになったことはアメリカは少なくとも冷戦後約20年、南太平洋はおろか、自分の縄張りであるミクロネシアの海さえもオーストラリアに任せ放しだったのである。

 「鷲頭ミッション」にはUSCGからも参加があったが、彼ら自身の口からもミクロネシアの海上安全保障に人も、金も、船も出し担って来たオーストラリアの理解がなければ、笹川平和財団が進める本件にアメリカが参加することは難しい、という発言があった。

 我々が仁義を切るのはアメリカではなく、オーストラリアだったのだ。

 

<PPBは大失敗>

 2009年9月15日、羽生会長のアドバイスもありキャンベラを訪ねた。訪問先は、先にご報告したオーストラリアの海洋政策について報告書を出しているAustralia Strategic Policy Instituteのアンソニー・ベルギン博士だ。島嶼国基金は昨年ベルジン博士を東京に招き、講演をいただいている。それ以来、情報入手先として連絡を取り合ってきた。ベルジン博士は1998年オーストラリア国防省の委託を受けPPBの本格調査を実施した背景がある。(報告書は非公開)

 PPBは12の太平洋島嶼国に22の沿岸監視船を供与している。1985年に開始され、一義的な目的は違法操業の取り締まりだ。当初オーストラリア政府は船を供与し人材育成も支援していけば、いつかは手が離れると考えていた。しかし結果は逆だった。依存体質は深まり、オーストラリアの負担は増えるばかりである。

 

 ベルジン博士から非常に興味深い資料をご教示いただいた。

 迂闊にも見逃していたが、オーストラリアのラッド新政権は2008年6月24日同政府の太平洋島嶼政策に関する意見公募を提示。国防省は、現在供与している船の寿命(2017年から2027年)が来たらPPBは終了すべきだ、との意見を出している。なぜならば

1.PPBの一義的目的は違法操業取り締まりであり、漁業は国防範囲外。

2.PPBを管理しているのは島嶼国の警視庁で、国防省の本来のカウンターパートではない。(トンガ、フィジー、パプアニューギニア3国は国防省が管轄)

3.おまけにアメリカは自分の裏庭であるミクロネシア3国の燃料代も支払わない、と言っている。

 オーストラリア国防省が一手に引き受ける事業ではない、というのが同省の本音。国防省が負担するPPBへの年間予算は20億円を越える。この他に警備艇の修繕費に350億円が措置され、年間30名の海軍オフィサーを島嶼国に派遣しているのだ。

 オーストラリアに海保はない。海保設置の可能性を30年近く協議しているが、その動きはない、という。

 

<政治家主導のオーストラリア政治>

 オーストラリア国防省から上記意見が提出されたのが2008年8月29日。面白いのは2009年6月17日同省から、「先に出した意見は内部手続のミスである。PPBの将来ついての決定は政府が下すのであって、国防省がこのような意見を出すべきではない。ごめんなさい。」というレターが提出されている。このやりとりが全てウェッブに公開されている。また公聴会の記録も全て公開されている。

 同記録から、議員も国防省もPPBは同事業が開始した20年前と違って、現在のの多様化した安全保障活動には不適正で非効率な、かつオーストラリア政府のキャパシティを越える事業である、との認識があるようだ。

(参照)

http://www.aph.gov.au/senate/committee/fadt_ctte/swpacific/submissions/sublist.htm

 

 2008年8月29日から2009年6月17日の間に起こったことと言えば、我々のミクロネシア海上保安案件である。全く意図しなかった我々の活動がオーストラリア政府に与えた影響は案外大きかったのかもしれない。

 

 オーストラリア政府からミクロネシア3国に供与された警備艇は下記の5隻。90年に開始した船舶の供与は、正に冷戦後のアメリカの肩代わりを示している。オーストラリア国防省の考え通りになれば2020年から2027年にかけてミクロネシアのPPBは終了していく。即ち我々の活動は数年先の短期計画と2020年以降の中長期計画が必要になってくる、ということだ。

(ミクロネシア連邦) 供与年、船名、寿命年の順

Mar-1990 “Palikir” – 2020

Nov-1990 “Micronesia”- 2020

May-1997 “Independence”- 2027

(マーシャル諸島)

Jun-1991 “Lomor”- 2021

(パラオ)

May-1996 “Pres. Remeliik”- 2026

 

<オーストラリアとの共同事業Regional Maritime Coordination Centreの可能性>

 現在オーストラリア政府から財団に打診があるという、Regional Maritime Coordination Centreはベルジン博士のアイデアである。昨年同博士が出した下記のペーパーに詳細がある。

Special Report Issue 12 - Australia and the South Pacific: Rising to the challenge、14 MARCH 2008, By Anthony Bergin, Graeme Dobell, Stewart Firth, Satish Chand, Andrew Goldsmith, Bob Lowry, Bob Breen, Sam Bateman and Richard Herr

 

 

 漁業、船舶、通関、越境犯罪等々の組織が持っているバラバラな情報を共有、分析、C2機能の強化しようというアイデア。多様化した安全保障に対応しようとする内容。ベルジン博士の案ではFFAがあるソロモン諸島とフォーラム事務局やSPCの海洋部局があるフィジーのスバにセンターを置く考えだ。

 ベルジン博士の案では同センターはフォーラム事務局(Pacific Islands Forum)がトップに位置する。ミクロネシアのサブリジョナルの動きはフォーラムの枠組みを慊焉した背景もあるので判断が難しいところだ。同センター案はオーストラリア政府及び島嶼国政府との相等なジャブの応酬、が必要となってくるはずである。

 当方からベルジン博士にミクロネシア地域のサブリジョナルの動きと通信環境の近況について30分近くブリーフィングをさせていただいた。基本的にオーストラリアの関心はメラネシアにある。

 

<Your security is our security>

 今年5月に発表されたオーストラリアの国防白書は海洋国家を明確に目指す内容であった。よってPPBの活動も強化されるのではないか、と想像していた。しかし、ベルジン博士曰く、供与した船舶の寿命が来たら終了。これはほぼ決定的である、とのこと。8月に開催されたケアンズのフォーラム総会の議事録も良く読めば、PPBは評価の上、新しい事業に差し替えたい、とある。

 既にオーストラリア政府は人も金も船も出している状態なのでこれ以上何も出てこないであろう。逆に日本が沿岸警備艇や訓練施設を援助するのであればその運用費や運用人員は誰が負担するのか、という強い懸念がオーストラリアにはある。現に中国がミクロネシア連邦に2隻の船を供与し、燃料も動かす人もいないため海に放置されている、という事例がある。

 オーストラリアの今までの努力とlesson and learnを活かしつつ、冷戦以降太平洋の海から目を逸らしてきたアメリカのコミットメントをいかに取り付けるかが日本の課題,本事業の要である。

 それには太平洋の安全保障=日本の安全保障、という認識を持たなければならない。島嶼国家は主権国家と言えども自国の安全保障を自ら管理できないのだから日本が太平洋島嶼国の非公式帝国たらんという位の気概を持って海洋ガバナンスに関与することは、実利の上でも、日本という国家の在り方を闡明する上でも意義あることだ。オーストラリアのPPBのように、いつかは自立し手が離れる、などという非現実的な観測は持たない方がよい。「帝国」と言う表現が誤解を生むようであれば「太平洋共同体(Pacific Ocean Community)の盟主」ではどうか?

過去の植民地支配と違うのは島嶼国にとって「複数」の盟主が存在し、一応の主権が島嶼にある、ということだ。複数の大国が小国に関心を示すという状況は小国、島嶼国にとって政治的自律性が優位に動くということだ。彼らにとっても望ましい環境だと考える。

 

<オーストラリアの政治家との対話を>

 「脱官僚主導」は日本の新政権の目標のようだが、オーストラリアは日本に比べれば断然政治家主導だ。我々NGOが協議する相手は一義的にはオーストラリアの国民の代表、政治家であり、役人ではない。特に今現在、オーストラリアの太平洋安全保障支援政策、即ちPPBをどうするか定まっていない中(2009年10月29日に報告書が発表される予定)、役人と話しをしても事は進まない。オーストラリア官僚の対話も重要であるが、オーストラリア国防省が認めているように、決断するのは政府である。

 

 

以上。(文責:早川理恵子 2009年9月22日)