太平洋と言えばアメリカである。
このブログでは「海のウルカヌス」というカテゴリを設け、思いつくまま、気が向くままに米国の動き書き留めている。 第一次世界大戦後、南洋諸島が日本に委譲された事に激震、激怒したのがアメリカである。軍縮会議として有名なワシントン会議だが、米国は「太平洋極東問題」も議案にあげた。ベルサイユの会議でも軍縮は議論され、日本は軍縮には異論はなかったが「太平洋極東問題」が白人の共同謀議である、と悟り参加を検討した背景がある。
「太平洋極東問題」とは主に中国問題だが、ヤップ島の海底ケーブル問題もあった。米国にとって経済的死活問題であったのだ。
ここら辺の事情を調べようとしていたら、Yamato Ichihashi著 "The Washington Conference and After" (1928)という本に出会った。 太平洋に於けるドイツの権益と米国の権益は結びついていたのである。で思い出したのが数年前に福沢諭吉を2枚くらい出して手に入れた『ドイツ南洋統治史論』(高岡熊雄著、昭和29年)。読もう読もう、と思いつつその緊急性がなく積ん読していた本である。この2週間ほど、この2冊の本に翻弄されている。
現在、太平洋に国家としてのドイツの存在は殆どない。しかし、至るところにドイツの名残がある。パプアニューギニアのマウントハーゲン、マーシャル諸島のカペル一族。そしてビスマルク諸島、等々。しかし、その歴史的背景を私は今まで全く知らなかった。
高岡熊雄著『ドイツ南洋統治史論』はまさに宝箱であった。数年前に2人の諭吉さんと別れたことは、正解であった。ドイツの南洋統治を知らずに米国の太平洋政策は語れない、というのが今の所の当方の仮説である。
以前「二人の男に愛された太平洋」というテーマでケネディ大統領とデビッドソン教授の事を書いた。しばらくは『ドイツ南洋統治史論』を参考にしながら、「ビスマルクに愛された太平洋」というテーマでドイツの太平洋政策、そしてできればこれに繋がる米国の太平洋権益について書いてみたい。