笹川陽平会長のブログの更新の案内をほぼ毎日いただく。
実は、会長の毎日のハードスケジュールは、心臓の手術をされた以降、急に気になって拝見するようになった。
その中で松岡正剛氏とよく面談されているのが気になっていた。
松岡正剛著『フラジャイル』は弱者に対する私の視点を支えてくれたし、何よりこのブログを書くにあたり、同氏が運営する編集学校で学ばさせていただいた。
笹川会長の新刊『残心』の編集を松岡氏が手がけていたと言う事を知りナットク。それで早速読ませていただいたが、いつもの軽快な筆ではなくて、重い。内容も多岐に渡っている。それで、2、3回に分けて感想というか、考えた事を書き留めたい。
多分後で書き直します。
「笹川良一」という存在は笹川陽平会長にどんな存在であったか、なぜこの人について行こうと決心されたかが、書かれている。
「笹川良一」氏の件は赤の他人の私にとっても財団に入る時から大きな存在であった。
太平洋島嶼研究者のK教授に、笹川平和財団の就職が決まった事を告げたところ
「笹川良一は悪い事をしたんだ。でもどんな悪い事をしたのか誰も知らないんだよ。」
この破壊された論理思考は東大とか、東京農大とか、普通の大学を出ていると可能なのであろう。
国立音楽大学を卒業していると、理解不可能である。
数年後、このK教授といっしょに財団の仕事をする機会があった。
「早川さん、N女史には20万円の通訳謝金を払ってある事してあるが、実は一銭も払っていない。よって君はN女史に感謝しなければならないんだよ。」と怒られたのである。
これも国立音楽大学を卒業していると理解できない論理である。
上司に報告。
「K教授は切ろう。」
穏便に済ませたようだが、実際は横領詐欺罪になるのではないだろうか?
当方の経験から言うと、笹川良一批判をする人はどうみても自らが「悪い事」をしている、もしくは現場を知らない人ばかり。逆に現場で動いている人は立場が違っても批判しない。
実はこれ、相手を見極めるリトマス紙になっている。
もう一人。
「笹川平和財団で働くという事は、一生十字架を背負って生きる事になるんだよ。」と言われたのも覚えている。
こんな事を言う人は名前を出しましょう。早稲田大学の黒田一雄教授(現在)。
25年前いっしょにボランティア活動をしていたのだが、黒田君まったく仕事をしない。
「どうして、ボランティア団体の役員になったの?」
「米国留学に、ボランティアの経歴が必要だから。」
心の底から黒田君を軽蔑していた。こういう人が米国留学し、大学の教授になるのだ。
もし誰かが理論的、実証主義的「笹川良一」批判をしてくれていれば、と思うが、
伊藤隆著の一連の笹川良一研究しかない。