やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて30年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

笹川太平洋島嶼国基金

満州事変 ー 笹川良一と松本重治、そして後藤と新渡戸

緒方貞子さんの博士論文、満州事変を読みながらここには名前が出て来ない2人の人物を思い描いていた。笹川良一と松本重治だ。 2人は1899年生まれで同い年。満州事変のどこにどのように関わったのか。本を読みながら想像していた。 私が笹川の看板を背負っ…

パラオ大統領の暗殺、自殺ーお花畑の外務省大洋州課のために

パラオが楽園である、というのは否定しない。 しかし、その政治は血にまみれている。 歴代の大統領は暗殺され、自殺した人もいる。自殺は暗殺ではないか、という噂も。 Haruo Remeliik初代大統領 1985年6月30日に暗殺 Roman Tmetuchlの親戚が犯人。空港には…

ポートモレスビーと東亜の解放

大凡30人のバングラデシュ人を乗せたバヌアツ発の飛行機は4時間も到着が遅れ、乗り継ぎのシンガポール行きの飛行機を逃してしまった。パプアニューギニアの首都ポートレスビーに思いもかけず一泊する事となった。 そこは2002年パプアニューギニアの国父ソ…

一人で立上げたミクロネシア海上保安事業

2008年、笹川陽平さんの正論をきっかけに立上げる事となったミクロネシア海上保安事業。安倍政権のインド太平洋構想にも重要な位置を占める。 笹川さんの正論にミクロネシアへの支援をいれたのは私のアイデアである。草稿段階で何回かコメントを求められたの…

日本を悪者にする日本政府とパラオのフェイク海洋保護区

パラオがその80%のEEZを禁漁とする海洋保護区法案に動き出したのが2008年。私はそのアイデアをレメンゲサウ大統領から直接聞いた最初の人間だ。 まさか国交省、海保、日本財団がこんなに海洋音痴とは当時は知るよしもなく、その案を押し進めようとする笹川…

30億円の基金を任されて(9)

30億円の基金を任されて ー 昨年入学した同志社大学の法学研究科で自分の子供ような学生さんたちから仕事のこと聞かれて書き出したブログのテーマ。笹川平和財団の愚痴ばかりになっている。それでも控え目に書いている。もっとすごい状況だったのです! とこ…

このブログのこと

このブログは2010年3月に、日本財団の笹川陽平会長のアドバイスで開設した。 よって笹川平和財団の業務ではない。日本財団の笹川会長は当方に業務指示を与える立場ではないのだ。 きっかけは2008年に副会長だった羽生次郎氏からの業務指示。太平洋島嶼国のこ…

研究者?実務者?

Facebookの世界はまさに「不思議の国のアリス」 一昨日「笹川に関わったジャーナリストが仰向けになって海に浮いていた。誰にも言ってはいけませんよ。」 というメッセージを見ず知らずの人からいただいた。なぜ仰向けなのだろう?と不思議に思いながら、そ…

30億円の基金を任されて(8)

30億円の基金の立ち上げに躓いて、それを26歳の私に「自由奔放にやってくれ給え」と丸投げしておきながら、信じられない話だが何のサポートもないどころかすぐにセクシュアルハラスメントが総務部長だったか課長だったか宮本という人から受けた。 財団の飲み…

安倍総理提案:南太平洋大学における日本語コース(追記あり)

今回の島サミットは色々な意味で私にとって特別になった。 もちろん、議連講演会に呼ばれた事をきっかけに、1年かけて仕込んできたインド太平洋戦略と海洋安全保障がトップだが、首脳宣言には安倍総理提案の南太平洋大学における日本語コースが挙げられてい…

日本財団幹部のセクハラ発言

財務省のセクハラ発言やらなんやらニュースが出ている。 私は安倍政権支持なのでこれが安倍叩きに利用されるのは反対だが、セクハラが指摘されるのは自分の経験を返り見ても良いことだと思う。 このブログは、日本財団会長の笹川陽平氏からの提案で立ち上げ…

30億円の基金を任されて(7)

今回の島サミットに、タヒチ、正確には仏領ポリネシアがニューカレドニアと共に参加することとなった。これを喜ぶのは昨年亡くなられた篠遠喜彦博士であろう。 なぜ私が、篠遠先生にタヒチに関連を持つようになったのか。 これも笹川平和財団の不正・腐敗と…

私が渡辺昭夫先生を選んだ訳

これも重要だからブログに書いておきたい。 浅野亮教授の中国の授業だ。 米中戦略で核がテーマ。 最初に浅野教授が核問題が安全保障で議論され始めたのは10年位。もっぱら平和研究が核を扱って来た。最近は安全保障と平和研究の交流はあるが、方や戦争のリア…

島サミット特集:中国・太平洋島嶼国関係を強化した笹川平和財団

今回の島サミットで安倍総理と共同議長を務めるトゥイラエパ、サモア首相は1988年に笹川良一氏に引き連れられ、他の首脳と共に北京を訪問している。 中国と太平洋島嶼国を関係を強化したのは笹川平和財団であった。 私が担当した91年からは中国のことは関係…

30億円の基金を任されて(6)

1988年に笹川平和財団が開催した「太平洋島嶼国会議」の成果として翌年設立された30億円の「笹川太平洋島嶼国基金」を4人の大の男がこけさせた理由は明確だった。 誰も太平洋島嶼国の事を知らないのである!私が財団に入る前に辞めてお会いしたことのない担…

30億円の基金を任されて(5)

財団に入って1年も経たずに基金の目的、ガイドラインを書き上げて、日米の衛星通信国際協力開発につながる会議を成功させた頃は、次の課題は明確であった。 国内に専門家委員会を立ち上げ、具体的にどのように支援すべきか研究し、 USPNet支援案を作成するこ…

30億円の基金を任されて(4)

笹川会長も懸念する財団の不正・腐敗の影を感じながらも、30億円の基金をゼロ、いやマイナスから立ち上げる、やり甲斐のある仕事を得たのは運命だった。 そして質の高い公正な事業を、基金運営をすれば、影のように忍び寄る財団の不正・腐敗から距離を置くこ…

30億円の基金を任されて(3)

笹川平和財団の仕事は自分でゼロから作り上げたので非常に楽しかった。 しかし財団の組織的な不正・腐敗にはあらゆる形で苦しめられた。 経理の山田という男性が、よく業務中に油を売りに来た。 「誰それは毒団子を食べた。誰それは毒団子を食べた。お前も食…

30億円の基金を任されて(2)

太平洋島嶼国の事を誰も知らずに1989年に立ち上がった笹川太平洋島嶼国基金。 太平洋島嶼国の事を知らないのはそれほど問題ではない。勉強すれば、知る努力をすればいいだけの話だ。 しかし、財団にはいくつかの問題があった。26歳の私は既に1万人規模の国…

30億円の基金を任されて(1)

自分の仕事のことを聞かれる機会が多い。 みんな誤解しているのだが、笹川平和財団という大きな組織の意図があって、その指示を受けて私が仕事をしている、わけではない。 私が与えられた「仕事」というのはかなり貴重な、ユニークな状況であった。 30億円…

タオテ・シノトの遺言

タオテ・シノト、(Dr Yosihiko Sinoto、篠遠喜彦博士のポリネシア語読み)が昨年亡くなられた。 ハワイのビショップ博物館のタオテ・シノトの遺跡保護人材育成事業を笹川平和財団が支援させていただいたが、その前に、私が財団に入った時に始めた、土方久功…

10の意味を持つアイランダーのイエス

よくこの太平洋島嶼国を相手に、基金を立ち上げる事ができましたね、と聞かれたのでアイランダーのイエスの意味を話した。 1989年に設立された笹川太平洋島嶼国基金は最初に担当された方が、カオス状態のまま去ってしまった。そこに私が入ったのである。財団…

祝 笹川陽平会長パラオ名誉市民に!(この件は人生最大の失敗だが記録として残しておく)

(この件は人生最大の失敗だが記録として残しておく) 笹川陽平日本財団会長が、パラオ政府から名誉市民権を授与される事がパラオの国会で決まった。 昨年、パラオの友人知人に呼ばれてパラオに行った際、相談された件の一つがこれだった。 感謝の気持ちをど…

200万円の自由裁量手当

産経の千野さんから女好きと言われた元国交省審議官の羽生さんは、少なくとも日本財団の色惚け老人宮崎正さんのように私といると誤解される、などと馬鹿な事は言わなかった。 羽生さんお元気でしょうか? 会長室でよく2人だけで面談した。吊るし上げに会う…

豪州がPPBPを継続する事とした理由は中国ではなく笹川平和財団

現在ブログのアクセスが毎日2千件近くになっている。講演会、原稿、SNSでの質問。会ってお話を聞きたい、というのもある。 2016年のブログに質問をいただいた。 あまりにも自分がした事がすごいので、自分ですらウソを言っているんじゃないかと思う事がある…

太平洋のレジェンド、篠遠喜彦博士の訃報

昨日、このブログを書き終えた時、ハワイのビショップ博物館篠遠喜彦博士の訃報が届いた。 篠遠喜彦博士の思い出が走馬灯にように巡って、昨日は、多分今日も、物事が手につかないであろう。 笹川太平洋島嶼国基金は、少なくとも私が関わった1991年4月からの…

笹川太平洋島嶼国基金設立の経緯と不敵の26歳!

自分の書いた文章を数十年後に読み返すのは恥ずかしいものだ。同時にその文章を書いた時の自分の思考や周囲の動きも思い出す。 1991年4月に私が笹川平和財団に入った時、既に前任者は辞めていて、座礁していた基金をゼロから、ある意味マイナスから立て直す…

大橋玲子さんの事

人生を変える出会いがある。 私が今、国際交流、国際協力と言った仕事に関わっているのは24才の時に大橋玲子さんに出会ったからである。 その彼女が1週間前に亡くなられた。 虫が知らせる、という事はあるのだ。 私は育児、仕事、博論で10年近く彼女に連絡…

第二回太平洋島サミット

「小渕総理に沖縄での太平洋島サミット開催を進言したぞ。島嶼国基金で何か手伝えないか?」 1999年の年末だったと思う。笹川陽平に呼ばれた。 エー! 小渕総理?と心の中で叫びつつ、ここであまり大風呂敷を広げて「じゃあやってみろ」と言われたらまずいの…

「島々」ー 天皇陛下のおことば

「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」 誰も取り上げていないようだから書こう。 おことばのなかに 「日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。」 がある。 「島々」 もうこの…