やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

パラオ レメンゲサウ大統領訪日(3)解放記念日

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パラオ大統領、天皇陛下と会見 2014年12月17日

太平洋で仕事をするということは、先の大戦に向き合うという事なのである。

グアム、サイパンには日本占領からの解放記念日がある。

グアムは7月21日。サイパンは7月4日。

10年以上前だが、これをサイパンの知事から聞かされた時はショックだった。

もし米国が「日本占領からの解放」と主張するのであれば、パラオミクロネシア連邦マーシャル諸島も同様であるはずだが、私の知る範囲で、ミクロネシア3国にこの解放記念日はない。

だから、今回レメンゲサウ大統領が繰り返し述べている

「太平洋地域に日本のリーダーシップが必要だ。」

というコメントは、しかも海洋保護分野で、即ち安全保障面でのリーダーシップである事は、深い意味がある。

この土台を作ったのが日本財団笹川平和財団だ。

実は、重要だったのが米豪との調整。ワシントンDCとキャンベラでの会合は事業開始の2008年から数えて数十回になるであろう。なにせ米豪は、ミクロネシア地域は自分たちのテリトリーだと思っているのだから。確かにそうなのだが、それだったらもっとちゃんと管理しなさいよ、と口では言わないが心で唱える。

島嶼国側も、絵に描いた餅ばかり見せる米豪政府、関連団体に段々嫌気がさしてきたのではなかろうか?実際に監視艇を、メンテと燃料付きで供与し、人材育成まで手がける財団の支援は、米豪には悪いが、段違いなのである。

レメンゲサウ大統領訪日中の日本へのラブコールは財団が積み上げてきた実績が基にある。

さて、今月19日、米国の連邦高裁が「シー・シェパード」に対し、捕鯨船への攻撃などを禁じる仮処分命令に違反したとの判断を示した、とのニュースがあった。

当方、シーシェパードにも格別な思いがある。

2011年3月11日のあの日。パラオシーシェパードによる海洋監視協定が締結された。これを覆したのが我々のミクロネシア海上保安事業なのである。

もとより財団のミクロネシア海洋保安事業はシーシェパード対策ではない。シーシェパードパラオに入る3年前から我々は活動を開始している。

私は、情報収集を開始した。収集先は米国沿岸警備隊国務省、海軍、そしてパラオ関係者等々である。この情報収集活動が影響を与えた。(というか影響を与えるように動いた)

日本の海上保安庁国際刑事警察機構を通じて指名手配している相手である事は、米国は百も承知である。当初、情報収集として動いていた当方は、(良い意味で)米国に利用され始めた事に気づいた。即ち日本が動いている、という情報が米国の、ワシントンD.C.を動かしたのである。(確証はないが、正しいと思う。)

安全保障を米国に管理されているパラオは米国の言う事を聞かなければならない。

ちなみに豪州海軍にも情報収集したが何も知らなかったし、全く反応なし。豪州海軍はSSと同レベルと認識し始めたのはこの頃からだ。

何はともあれ、米豪と調整は必須なのである。

彼らの太平洋の活動は驚く程手薄である。特に役人は2、3年で変わるので一から説明する必要がある。

日々情報共有につとめているが、時々「なぜ70年前私たちはこの小さな島を巡って殺し合いをしたのでしょうね?今は共に守って行く時ですね。」というと相手は黙ってしまう。

やっぱり日本占領からの解放なんて美辞麗句でしかないのであろう。