やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

海洋法とセレブリティ・ディプロマシー

海洋法とセレブリティ・ディプロマシー 

1. 概要

海洋法に関わる議論、特にその国際的な議論に非国家アクターとして、ハリウッドの俳優やビリオネラーなどの「セレブリティ」が登場する。彼らの影響力は大きく、国内のもしくは国際的海洋法を制定する中で無視できる存在ではないように見える。「セレブリティ」は国連、国家、NGOと共に、時には単独で行動する。彼らは単に宣伝に利用されるだけでなく、時には太平洋島嶼国など小国の声を代弁したり、もしくは小国の政策決定に大きな影響を与えているように見える。

2. セレブリティと海洋問題の関連性に関心を持つに至った背景

筆者がセレブリティと海洋問題の関連に強い関心を持った事例を2つあげたい。

まずは、現在国連で議論されているbiodiversity beyond national jurisdiction国家管轄権外区域の海洋生物多様性、以下BBNJ)の事例を紹介する。

2017年7月にBBNJ第四回準備会合が開催され、カナダのInternational Institute for Sustainable Development (IISD)というNGOが分析をその報告書の中で行なっている。興味深いのはその分析文章は俳優のレオ・デカプリオのコメントで始まり、バージン航空のリチャード・ブランソン会長のコメントで締めくくっている事だ。

“We can’t afford to leave 70% of our oceans to unlimited exploitation. We need a Paris Agreement for the ocean with ambitious and measurable goals.” This was Leonardo DiCaprio’s clarion call, delivered via video-message to the UN Ocean Conference in June 2017. DiCaprio was among the many celebrities, artists, scientists and social entrepreneurs that helped generate genuine hope and momentum for addressing the multiple threats to the oceans at this high-octane event. "(p. 19, IISD)

"Walking off into the warm New York night, many considered the end of PrepCom 4 too early to say if a firm course has been set towards developing―as Virgin Founder Richard Branson put it at the UN Oceans Conference―“a bold treaty with teeth and vision.” (p. 20, IISD)

デカプリオ氏もブランソン氏も今回の会議に直接参加した様子はないが、サイドイベントや会議周辺でのイベントに参加したようである。二人とも探検家として海洋をある程度知っているかもしれないが、BBNJや海洋法の議論に必要な科学、法学の専門的知識持っていないはずである。

ディカプリオ氏のコメントの「70%の海洋が無制限に開発される」というのは公海の事である。現在の法規定でも公海が無制限に開発される、というのは正確ではない。ブランソン氏は強制力(teeth)とビジョンを持った明確な条約が必要だ、と述べる。掛け声としては印象的だがなんの具体性もない。これらコメントを見てもわかるようにその内容は扇動的で感情的であり、非論理的で非科学的である。また彼らの有する財団のスタッフや委員を見たところ、 BBNJの議論に必要な専門家を抱えているようには見えない。それにもかかわらずIISD の分析文章は、NGOの報告書とはいえ、国際的海洋ガバナンスの重要な議論を分析する文章であり、その始まりと終わりに彼らのコメントが引用されるのである。

もう一つ例をあげたい。こちらは筆者がセレブリティの存在を小国の主権の観点から「脅威」にすら感じた事例である。

筆者は2008年から笹川平和財団ミクロネシア海洋安全保障事業を担当し、パラオの海洋保護区制定の動きを現場で観察してきた。パラオの海洋保護区法案とは、全EEZの80%商業漁業を禁止する条件である。パラオ人が経営する遠洋漁業も禁止されることになるため国内のビジネスリーダーを中心とする反対意見が当初非常に大きかった。また域内の水産資源管理組織であるWCPFC, FFA, PNAからも反対の意見があった。流れが変わった理由の一つが、モナコ公国アルベール2世やデカプリオ、ブランソン氏など世界のセレブリティの支持、そして国連で開催された会議での同法案への支持である。国連の会議というは、国連で行われたというだけの会議で、国連自体の会議ではない。主催者はビリオネラーの資金を背景に設立された国際NGOで、その運営者は会計士である。即ち海洋問題の専門家ではない。

このような世界のセレブリティが同法案を支持したことがパラオ国内で周知、報道され、特にパラオの若者が強く支持するようになった。さらにこの海洋保護区は本来一番重要な保護区域の監視やモニタリング、科学的調査に関してはほとんど議論されず、中心的議論は新たに設置される信託基金であった。この基金パラオ人の年金不足分への穴埋めなど海洋保護区とは関係のない項目も含まれている。さらに同法案が国連海洋法条約にどのように適応するか、パラオ国内に国際法、海洋法の専門家がいないため一切議論された形跡はない。このメガ海洋保護区は海洋法条約62条の観点から疑義がある。

パラオ自由連合協定を締結する米国政府は本来このような動きにアドバイスを与える立場にあるはずだが、法的、科学的アドバイスを与えた形跡はない。逆にメガ海洋保護区制定のキャンペーンを世界展開する環境NGO PEWトラストと共に、国務省主催で”Our Ocean”という会議を米国で開催。俳優のデカプリを招き、オバマ大統領、ケリー国務長官が参加するショーのような会議で、海洋問題の法的、科学的議論はほぼ扱われなかった。この会議にはパラオのレメンゲサウ大統領も招かれスピーチを行った。そこにはただ一人として海洋問題の科学的議論や法的議論をする専門家は、米国のNOAAの研究者さえも招かれなかったと理解している。

この他にセレブリティが関わった海洋問題としては、古いところで海洋探検家(科学者ではない)のクストー、ハワイの伝統的航海者ナイノア・トンプソン、そしてシーシェパードを支持、支援する多くのハリウッド俳優たちなど事例としては事欠かないように見える。

3.セレブリティ・ディプロマシーの先行研究

デカプリオなどハリウッド俳優や、ビル・ゲイツなどビリオネラーが国連や国際的な開発、環境保護に参加、関与しているケースの研究が数は限られているようだが過去10年近く、積み重ねられているようである。2つの論文を紹介したい。

“Celebrity Diplomacy”というタイトルの本を2007年にカナダのウォタールー大学、政治社会学専門のアンドリュー・F・クーパー教授が出版している。セレブリティを外交と結びつけた論文として画期的だったようだ。

同書はセレブリティと国連の関係をフォローしている。具体的には初期の国連の活動に関与したオードリー・ヘップバーンダニー・ケイというセレブリティが単なる慈善家として宣伝的役割を担ったのに対し、徐々にセレブリティ自身が意見を持ち、自らの意思で行動して行く、即ち外交の担い手としての活動する姿がポジティブな面とネガティブな面、両方から議論されている。

彼らが共に活動する国連や、米国政治家、そして大衆への影響についても多様な角度から分析を試みている。例えばオックスファムというNGOはセレブリティの力を借りて普段であれば大衆が見向きもしない支援事業に多くの注目を得て、寄付金を得る事にも成功した。しかし、一旦セレブリティの「スターパワー」が失われれば、その活動も組織自体にもマイナスの影響が出て来る。(7−8頁、Cooper)

またセレブリティが「グローバル」な課題に取り組む際は、米英系のアングロ系西洋人のセレブリティ・ディプロマシーだけが注目を浴び、同じセレブリティでも非アングロ系のセレブリティ・ディプロマシーは無視される傾向があることも指摘している。(8−9頁、Cooper)さらに外交や国際政治を知らない一介の俳優や歌手が「外交」という極めて専門的な分野に関与する事に関しても批判的な議論を展開しいている。他方で、世界が関心を示さない国際紛争などにジョージ・クルーニーが声明を出すことで国際政治が変わってしまうことも事実として指摘し、セレブリティ・ディプロマシーの可能性を完全に否定はしていない。

もう一つの論文は、ロンドンメトロポリタン大学のマーク・ウィーラー教授2011年に書いた”Celebrity Diplomacy: United Nation’s Goodwill Ambassadors and Messengers of Peace”。この論文は2010年に創刊されたCelebrity Studiesという学術誌に掲載されている。

ウィーラー教授は前述のクーパー教授のセレブリティ・ディプロマシーの概念とジョン・ストリートのセレブリティ・パフォーマンスという概念を下敷きに、国連のGoodwill Ambassadors と Messengers of Peaceを中心にセレブリティ外交官の役割などを議論。

1997年から2007年のアナン事務総長の時代、400名以上の国連のGoodwill Ambassadors と Messengers of Peaceが指名されたという。背景には国連改革を目的に国家主体からパブリックを主体するためにセレブリティを利用したことが分析されている。国連に利用されるセレブリティも様々で、チベット支援をするリチャード・ギアなどは逆に中国の立場を守るUNHCRに対して非難声明を出し、国連とセレブリティが対立するケースがある事も指摘している。ウィーラーはこのようなセレブリティの活用には複雑な外交問題を単純化しすぎる傾向や感情的な反応を利用する事の危険性を指摘している。まさに、先に事例であげた法的にも科学的も複雑な海洋問題が扇動的かつ感情的、非論理的かつ非科学的に取り上げられていることへの筆者の懸念と一致する。他方でウィーラーは信頼性のあるセレブリティ・ディプロマシーが国際的コミュニティで展開された事も指摘している。

この他に、村田晃嗣教授が現在執筆されているレーガンに関する論文などは、米国特有のハリウッドと政治の関係を分析するのに有効であろう。米国で海洋問題が大きく動いたのが2009年でオバマ政権である。海洋政策策定とともに2016年には太平洋にメガ海洋保護区も制定した。これら民主党とハリウッドの関係も興味深い。環境保護を目的としたセレブリティの財団や環境NGO環境保護という美名に隠れた租税回避を行なっていることを研究する論文も存在する。(浅妻、2011)

4. 今後の課題

国連での海洋問題の議論に非国家アクターがどのように関わっているかという視点で、セレブリティだけでなく、国際環境NGOの動きも加えながら議論を展開する可能性があるかもしれない。BBNJの協議過程自体が、4回の準備会合設定し「アドホック・オープンエンド非公式作業」という形式でNGOも招かれ行われて来た。ここに参加したNGOの動きを分析することは可能であろう。

太平洋島嶼国や小国でよく観察されるのが、海洋問題の知識や経験の限られた島嶼国政府の中に環境NGOが入り込み、政府の政策に大きな影響を与えるケースである。例えばパラオの海洋保護区は米国の環境NGOピュートラストが大きく関与している。この現象に関する批判的な声は至るところで聞くものの、研究対象として書かれたものはまだ読んでいない。NGOと海洋ガバナンス、もしくは環境ガバナンスの研究はかなりあるようなので今後これらの資料を当たってみる可能性もあると考えている。

参考資料

Cooper, A.F., 2007. Celebrity diplomacy and the G8: Bono and Bob as legitimate international actors. Working Paper no. 29. Waterloo, Ontario, Canada: Centre for International Governance Innovation.

Wheeler, Mark, 2011. 'Celebrity diplomacy: United Nations' Goodwill Ambassadors and Messengers of Peace', Celebrity Studies, 2: 1, 6 — 18

IISD (International Institute for Sustainable Development), Bulletin A Reporting Service for Environment and Development Negotiations, Vol. 25 No. 141 Monday, 24 July 2017

浅妻章如「ナショナル・トラストその他の環境保全団体等への寄付に係る優遇税制の設計」 立教法学81号234-213(23-44)頁(2011.3)

http://www.rikkyo.ac.jp/law/output/rituhou/81/03.pdf

これから読みたい資料

LM Campbell et al. Global Oceans Governance: New and Emerging Issues,Review in Advance first posted online on July 6, 2016.

http://sites.nicholas.duke.edu/xavierbasurto/files/2011/11/oceans-governance.pdf

Rémi Parmentier, Role and Impact of International NGOs in Global Ocean Governance, Ocean Yearbook Online, Volume 26, Issue 1, 2012.

Lee. A. Kimball, "Ocean Governance: The. Role of NGOs". in Davor Vidas, "Order for the Oceans at the Turn of the Century" 1999.