やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

パラオEEZにおける軍事活動

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右から海上自衛隊の池内出指揮官、ジェニファー・アンソン師範、イスマエル・アグオン公安局長

 

海洋法の学術書で学び議論する内容を、現場に関与しながら学ぶという貴重な機会をいただいた。

パラオ柔道キッズと警察アカデミー用に寄付した道着を護衛艦かが、が運んでくれる事になった。そして9月1−4日に開催された日本海上自衛隊とパラオ海洋警察との共同演習が行われた。この二つ連携している。

共同演習が行われない可能性があったことは以前書いたが、改めて外国のEEZにおける軍事活動(今回は軍事演習、海上自衛隊のウェブには親善訓練とある)について考察してみたい。

今回の親善訓練の内容は防衛省ウェブの情報(令和3年9月1日 海上幕僚監部、日パラオ親善訓練の実施について)によると下記の通り。

主要訓練項目:通信訓練、戦術運動、捜索救難訓練等

訓練海域はパラオ周辺(領海、EEZ、ということであろうか?)

令和3年度インド太平洋方面派遣訓練|海上自衛隊 〔JMSDF〕 オフィシャルサイト

より

 

EEZでの軍事活動に関しては多くの研究論文が出ているが、防衛研究所の永福誠也氏の下記のペーパーを拝読した。

排他的経済水域における軍事活動― 海洋制度の変遷を俯瞰して―
防衛研究所紀要 第22巻 第1号 - 防衛省防衛研究所

 

議論の前提として次の2点が指摘されている。

・国連海洋法条約の規定も EEZ での軍事活動については明確でない

・海洋制度の変遷を俯瞰した上での検討は十分になされていない

 

太平洋島嶼国に関してはEEZが形成されることで、すなわち海洋資源の管轄権、優先的権利を得ることで70年代を中心に国家が誕生した歴史がある。しかしそのEEZ で島嶼国家が漁業をしていたわけでも軍事活動をしていたわけでもない。そもそも軍隊があるのがパプアニューギニア、フィジー、トンガの3カ国だけである。その3カ国さえEEZでの活動実績はほぼない、はずだ。

太平洋島嶼国の独立とEEZの形成は同時に行われ、そのEEZ管理にあたっては「島嶼国の要請」に応える形で豪州政府がPacific Patrol Boat Programme という監視艇の供与と豪州海軍の島嶼国への派遣、ソロモン諸島にある太平洋漁業フォーラムの実質的な管理を行なってきた。すなわち永福論文が「EEZ 制度確立の契機と制度趣旨に安全保障上の利益との関係性は認められない。」と指摘するように、安全保障ではなく、海洋資源の「主権的権利」を守るために豪州海軍が50年にわたり関与してきたのである。

2008年、私がミクロネシア海洋安全保障事業を立ち上げたちょうどその時、豪州上院特別委員会(委員長は故人ラッセル・トラッド議員)が開催されており、豪州海軍は「お魚を追いかけるのは自分たちのミッションではなく、止める」というレターを委員会かどこか忘れたが提出していたのだ。それが継続する事になったのは私が動いたからである。反日のラッド政権が過激に反応したのだ。(豪州政府はそれでも当初国境警備隊などの法執行機関による太平洋島嶼国のEEZ管理を検討していたが、結局豪州王立海軍が任に落ち着いた。この経緯も目の前で見てきたのでまとめたい。)

軍隊が他国の、ここでは太平洋島嶼国のEEZにおける主権的権利を守ることに協力するとはどういうことか?興味深い議論になりそうである。永福論文は安全保障の概念を伝統的な安全保障に限定して論を展開されている。ここ数年の動きとして、中国の漁業活動が普通の漁業活動ではないことは多くの論文が出ているし、米軍が違法操業取り締まりに重点を置いていることはINDOPACOM司令官の公聴会記録などからも明確である。

STATEMENT OF ADMIRAL PHILIP S. DAVIDSON, U.S. NAVY COMMANDER, U.S. INDO-PACIFIC COMMAND BEFORE THE SENATE ARMED SERVICES COMMITTEE ON U.S. INDO-PACIFIC COMMAND POSTURE 09 MARCH 2021

https://www.armed-services.senate.gov/imo/media/doc/Davidson_03-09-21.pdf

 

永福論文ではEEZを公海の一部と解釈する合理性を議論しており、ここも魅力的なのだが飛ばして「妥当な考慮」の議論に進みたい。EEZでの軍事活動は公海の規制が適用される。他方、

「理論的帰結として、他国 EEZ における軍事活動の許容性は、EEZ に係る沿岸国の権利及び義務並びに他国の「公海の自由」の行使に「妥当な考慮」を払っているか否かによって確定されると結論づけられる。」と永福論文では主張。何が「妥当な考慮」なのかも様々な事例を挙げて議論されている。

UNCLOSにある「妥当な考慮」をタイトルにした論文もあるようだが、まだ読んでいない。条文理解と共に、実際にどのような「妥当な考慮」がされたか、されなかったの議論も重要に思われる。そこで今回のパラオ実例は参考になるであろう。

パラオ共和国は、親日国家であり、日本の委任統治領であった。パラオ大統領が日本は友人というより兄弟と表現されるような特別な関係ではあるものの、水産資源をめぐるEEZ管理に関しては日本(具体的には沖縄漁船)を追い出す政策(パラオ国家海洋保護区)を策定していることも事実である。この動きを変えようとしているのもウィップス新政権だ。

今回海上自衛隊の軍事訓練では相互の十分な「妥当な考慮」が、結果的にされたのであろう。ウィップス大統領が海上自衛隊の池内出指揮官を迎え、We welcome you とスピーチで述べ、FOIPを連発した。「令和3年度インド太平洋方面派遣訓練」の目的である、各国海軍等との連携強化だけでなく各国との相互理解の増進及び信頼関係の強化、がある程度いやかなりのレベルで達成されたのではないだろうか。

パラオ、ウィップス大統領FOIPと海上自衛隊を歓迎 - インド太平洋研究会 Indo-Pacific Studies

 

「妥当な考慮」に関しては今年7月に日本のEEZでロシアが軍事演習をすると日本に通告したことにより「妥当な考慮」があったという解釈もあるが、緊張関係にあるロシアの通告を「妥当な考慮」と受け止めることは日本国民の広い認識なのであろうか?

EEZにおける軍事活動の法的基盤となる「妥当な考慮」が相互に認められる関係とは、普段からの親善、友好、信頼関係の構築が重要であることをここ数日考えている。柔道着支援に寄付いただいた30人の皆様はじめ関係者に上記議論はちょっと難しいかもしれませんが、お伝えしたく思いました。