やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

「太平洋のネットワーカーたち」

「太平洋のネットワーカーたち」

2009年次日本島嶼学会久米島大会

2009年10月2日~4日、沖縄県久米島

<太平洋のネットワーカー:航海者たち>

 地球の3分の一を占める広大な太平洋には無数の島があります。そこに住む人々はどこから、なぜ、どのようにしてやってきたのか、長い間「謎」とされていました。

 考古学、言語学民族学などが発達するにつれ徐々にその謎が解明して行きます。  

 1950年代、南米から約8千キロ離れたポリネシアクック諸島で南米にあるクマラというサツマイモの一種が発見されました。太平洋の人々は南米からやってきたのであろう、という説が広まります。

 ノルウェイの探検家、トール・ヘイエルダールが古代でも入手が容易な材料のみを用いてコンティキ号という一隻のいかだを造りました。見事南米のペルーからポリネシアまでの約8千キロの航海を成功させ、この説を証明します。その航海の模様はドキュメンタリーや本になり世界中の人々が知ることになります。

 その後、研究が進み、太平洋の人々のルーツは南米ではなく、アジア、台湾であるという説が現在有力です。約5千年前に台湾を出た人々、オーストロネシア語を話す人々は西はマダガスカルから東はイースター島まで広い範囲に拡散しました。

<島の資源管理>

 何故人々はそのような大冒険に挑んだのでしょうか?

 小さな島に定住した人々は、限られた資源の管理をする必要があります。食料や人口の管理をするために様々な「島のタブー(掟)」が決められましたし、数百キロ離れた島へ定期的に食料やお嫁さんお婿さん探しに、もしくは交換をしに出かけていた記録が確認されています。英語になっている「タブー」はポリネシア語です。

 つまり、ポリネシアの人々は8千キロの航海し、南米にたどり着き、芋を持ち帰っていたのです。数千年前の航海者達は数千キロの大海原を自由に行き来し、モノ・人・情報の交流が行われていたことがわかりました。久米島からハワイまでが約8千キロです。

<新しい時代の挑戦>

 太平洋の人々がカヌーで自由に大洋を航海する時代は終わりました。

 16世紀から始ったヨーロッパ人との接触により太平洋の人々が抵抗力を持たない病原菌がもたらされ、人口は激減します。植民地支配で「島の掟」は禁止され「キリスト教の掟」が定着します。

 1960年から80年にかけて太平洋の島々は独立国家としてスタートします。人口は増え、資源の管理は容易ではありません。かつての「島の掟」もキリスト教の価値観が根付いた今はあまり使えません。自由に航海できた大海原も今ではパスポートとビザがなければ出られません。

 島のあふれた人口はどうするのでしょうか?

 多くの島国が旧宗主国と特別な約束をし、移民を受け入れてもらっています。人口8千人のツバルはニュージーランドに毎年75家族移民できる枠を設けてもらっています。2002年から始ったこの制度で既に3千人のツバルの人々がニュージーランドに移住しています。

 移民した人々はツバルのことを忘れてしまうのでしょうか?島の人々の家族の絆は固いようです。ツバルに届く送金は毎年3~4億円。国内総生産の15%を占めます。

<太平洋のネットワーカー:衛星で結ぶ島々>

 カヌーに代わって島々を結びつけているのが「電気通信」です。

1960年代アメリカの中古衛星が無料で太平洋地域に提供されました。ハワイ大学が中心となりPEACESATという衛星ネットワークが構築されます。このネットワークを利用して南太平洋大学の遠隔教育システムもできました。12の島国の人々が自分の島で大学教育を受けられます。

今でもPEACESATはミクロネシアの島々で活躍しています。ハワイ大学でその管理をしているのはクリスティーナ・ヒガさんという沖縄移民3世です。

 ここ数年の間に太平洋の島国でも一般の人々が徐々にインターネットや携帯電話が使えるようになりました。

 数千年前、8千キロの大冒険で手に入れた芋の情報は、インターネットで探すことが可能です。隣の島で不足している材料を知る事ができますし、市場の値段を知り、適正な値段をつけることもできます。

 ニュージーランドアメリカに移民した家族や親戚に島の様子を知らせることもできます。困っている時に助けを頼む事もできます。移民した家族を支えることもできます。

<過去の知恵と未来への挑戦>

 モアイ像で有名なイースタ島など資源の管理ができずに崩壊していった島も数多くありますが、過去数千年の歴史は「島」が外に開かれつつも、限られた資源を巧みに管理し、環境の変化に耐え、持続してきたことを教えてくれます。太平洋の島の人々は知恵や情報を蓄積すると共に新しいことへの挑戦、冒険心に満ちていたようです。

<参考図書>

ジャレド・ダイアモンド 『銃・病原菌・鉄』上下。倉骨彰訳。草思社。2000。

ジャレド・ダイアモンド 『文明崩壊』上下。楡井浩一訳。草思社。2005。

ピーター・ベルウッド 『太平洋―東南アジアとオセアニアの人類史』

 植木武、 服部研二訳。法政大学出版局。1989。

ピーター・ベルウッド 『農耕起源の人類史』長田俊樹・佐藤洋一郎監訳。

 京都大学学術出版会。2008。

入江隆則 『太平洋文明の興亡』PHP研究所。1997。

千野境子 『ラピタ土器-南太平洋の絆-』 Wave of Pacifika Vol.8, 笹川太平洋島嶼基金発行。2002。

(文責:早川理恵子 2009.9.3)