やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

『マリコ/マリキータ』

 「キリバスの合気道」をブログにアップしたら、グアムの峰岸さんから連絡をいただいた。やっぱり、情報のイズルところに人も情報も集まるのだ。

 峰岸さんは夏季集中稽古中で、貧困家庭や家庭内暴力などの子供たち72名が青少年局からグアム合気会に送られてきて、1ヶ月間月曜から金曜まで毎日稽古をしているそうである。

 

 大好きな池沢夏樹の短編『マリコ/マリキータ』を思い出して、再び読んだ。

 グアムが舞台の小説で、日本人マリコ/マリキータはチャモロ、フィリピン、中国、カロリニイアンの子供達を分け隔てなく面倒みる。

 日本から来た頼りない文化人類学者の「ぼく」とのつかの間の恋。間もなく「ぼく」はまたすぐ来ると約束してグアムを離れる。しかし、彼が来たのは1年後。マリコ/マリキータはその2ヶ月前にバヌアツへ旅立っていた。「ぼく」はマリコ/マリキータを直ぐにでも追いかけたいほど好きなのに、前に進むことができない。

 

 グアムもサイパンも観光旅行で訪れればつまらない場所、のように思う。しかし、スペイン、ドイツ、日本、アメリカの支配と現在のリンボーな政治的立場を背負った島の人々の苦悩、喜びを知ると不思議な魅力を持つ。

 『マリコ/マリキータ』は私が持つグアムのイメージと重なる。

 同じく池澤夏樹の『マシアス・ギリの失脚』がミクロネシアのイメージだ。ナカムラ大統領やモリ大統領と話しているとこの小説の中にいるような感覚になる。

 

 私はこの小説に出て来る文化人類学者のように島に通うだけで、マリコ/マリキータや峰岸さんのように島に根を下ろして、ということができない。