やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

パーセプションギャップ (米豪を動かしたのは私です!)

<豪州のPPB>

 私がミクロネシアの海上保安案件を始めたのが2008年5月である。

 同年、豪州政府はその太平洋島嶼国への海洋安全保障事業Pacific Patrol Boat (PPB)事業を見直し始めたところであった。こちらはそんな事はちっとも知らなかった。

 豪州政府、特にPPBを担当する国防省が、同事業は費用対効果も悪いし、漁船の違法操業追跡などは軍隊の仕事ではない、辞めたい。と言い始めたところだった。

 そのタイミングで、太平洋の海洋問題については新参者である、笹川平和財団がミクロネシアの海上保安支援を表明したのである。

 日本以上に反応したのは豪州であった。

 ANCROSのチェメニ博士にお会いして最初に言われたことが

「笹川平和財団は大変よいことをした。ミクロネシアの海上保安案件は非常によかったし、これからも続けて欲しい。PPBに問題があることは皆が認識していたが誰も真剣に動こうとしなかった。笹川の動きが大きな脅威となって、全員がやっと動き出した。」

「本当ですか?」3回くらい確認した。

以前ブログにそうであろう、という希望的観測を書いた。事実だった。

「豪州だけでないよ。アメリカも笹川の動きに反応し、2008年からShip Rider Agreementを太平洋島嶼国全地域に拡大した。」とチェメニ博士は続けた。

 

<島嶼国に支援すると大国が動く>

 太平洋島嶼国と仕事する中で経験として認識していた。事業によっては大国が大きく反応するのである。米豪NZ等にとって太平洋は未だ自分たちの裏庭だ。

  最初の経験は1991年のPEACESAT支援である。本事業を進めるハワイ大学は、冷戦終結後、一気に太平洋から関心を失った米国連邦政府の支援を受けられず、仕方なく笹川平和財団に助成申請してきた。

 ちょうど日本の郵政省(当時)は国連宇宙年に向けた独自の衛星国際協力事業「パートナーズ」を控えていた。さらに偶然にも笹川堯さんが郵政政務次官だった。郵政省も積極的であったし、こちらもUSPNetの案件があったのでどうにか本件を成功させたかった。

 結局、笹川平和財団が2,500万円、郵政省が2,500万円拠出し、5,000万円の国際会議となった。全太平洋島嶼国から100人近い大臣、政策リーダーが小雪の散る東北大学に一堂に会した。PAECESATユーザーがあれだけ集まったのはあれが最初で最後であろう。

 この時、反応したのは米国連邦政府である。今まで米国が支援してきた案件の初めての政策会議をなぜ日本で開催するのか?NOAA長官が急遽参加する、という話も出た。  

 その後PEACESATはゴア副大統領のGII構想にも記述されるほど米国内での認識が高まった。

 

<PPBの新しい展開>

 さて豪州はどうしたか、というと2009年ケアンズで開催されたフォーラム総会でラッド首相が明確にした通りPPBは別の形で継続することとした。別の形とは、今回の出張で訪問した関税国境警備局、Custom and Border Protection Serviceの中にPacific Maritime Security Programme(PMSP)を新たに立ち上げたのである。

 現状と課題の洗い出しが行われ、別添のコンセプトペーパーが作成されている。この中で一番重要なのがコーディネーション・センターの設置である。今年7月にやっとこのセンターの在り方について有識者を集めたワークショップが開催された。

  PMSPはたったの3人。その内一人は元王立豪州海軍で、FFAにも在籍していたベテランである。あとの2人は国内税関業務専門家とマネロンの専門家。設置して約1年。元々簡単な作業ではないが動きは鈍い。PMSP 自体を見直している最中らしい。

 

<パーセプションギャップ>

 豪州が30年以上、2千億円近い予算をかけてきた太平洋の海洋安全保障に笹川平和財団と日本財団が海上保安庁と手を組んで、さらに外務省の支援も受け、乗り出して来たのだ。豪州側はこちらが想像する以上の脅威を感じている。

 今回のキャンベラ出張の会議は3時間以上に及んだ。途中侃侃諤諤と豪州側だけでやりはじめた。冗談で「そちらで話し続けている内に日本でやってしますよ。」と言ったとたん、シンとした。冗談を受け取る余裕がないほどの事態なのである。

  日本側は豪州が国家的にこの案件に取り組んでいると思っているかもしれない。現実は上記のように厳しい状況である。

 他方、豪州側は自分達の一番大切な事業に、しかも一番弱っている時を狙って日本が土足で踏み込んできた、位に思っている。

 両者の間に大きなパーセプションギャップが存在する。

  これからは米豪との信頼構築が緊急課題だ。