やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

祇園祭と死の商人

祇園祭と死の商人  今年の京都祇園祭は三連休が重なった事もあり、人出がいつもより多かったらしい。

28万人とか45万人とか。。 暑さも一入。  

昨年、祇園祭の由来やらを少しまとめた。そして祇園祭の前座とも言える山鉾巡行が「動く美術館」とも称されるように、アジアヨーロッパから数百年前に輸入した美術品で飾られており、「古都ー京都」は「国際都市ー京都」であったと、認識をあらたにした。  

ところで、昨年の2010年7月3日梅棹忠夫先生が亡くなられたが、海に関する著作に接し、日本の朱印貿易が死の商人であった事を知った。日本がアジアに輸出していたのは鎧、兜、刀であたという。ベトナムに至っては、ホアインという、敵対する南北ベトナムの中心に拠点を作り、両方に武器を売っていた。  つまり、京都の繁栄は、山鉾を飾る美術品の数々は「死の商人」がもたらしたものである、とも言える。  

 

京都をこよなく愛するベトナムの友人がいる。  

彼に京都の運河はベトナムと交易をして栄えた角倉了以が作った事を昨年伝えたら大変感動していた。しかし、彼が「死の商人」であったかもしれない事は、友人にはまだ話していない。友人はベトナム戦争の犠牲者でもあり、伝える事を躊躇っている。  

昔のベトナムの内戦が京都を潤した。即ち、内部矛盾は他者を潤す。 日本の今の政治的社会的矛盾は誰かを潤しているかもしれない。