期待しないでついでに買った本が期待に外れて面白かった時ほどうれしい事はない。
『エンリケ航海王子』はそんな本である。
グロティウスの自由の海につながるポルトガルとスペインの2極支配。
特に地球の上に勝手に(いやキリスト教の神の名において)引いた2本の線は現代の議論されている「境界」の原点ではないか、と考えている。
2本の線とは、大西洋を上下に走るトルデシリャス条約(1494年6月7日)とその後マゼランの航海で地球が丸い事を知り、線が一本だと足りな事に気づいて引かれたサラゴサ条約(1529年4月22日)。これについて調べたく、和文資料を探したがない。
みつけたのが『エンリケ航海王子』であった。
ちなみにサラゴサ条約は日本の上も通過している。
エンリケ航海王子は1394年生まれ。ポルトガル、スペインの大航海時代が始まる前の人物である。
彼の時代にこの2極支配の基盤が作られた。
この本で明示されているように、奴隷や植民地化の正当性がキリスト教、ローマ教皇に求められている点はその後の西洋諸国の植民地拡大政策につながる。そして、グロティウスがキリスト教の予定説を部分批判した事、そしてその事によって勾留、追放された事にもつながるのではないかと想像している。
現代の国際政治のやり取りが、ポルトガル・スペインの2極支配に対する、オランダの略奪行為の正当性、即ち国家主権の概念や、国際法と神の領域の設定にある、という視点がどこかで議論されていないだろうか、と思って資料を探している。
ミクロネシア地域がスペインからドイツに渡る時も、ビスマルクとローマ教皇の興味深いやり取りがある。
それからこのエンリケ航海王子、結構有名らしく司馬遼太郎や和辻哲郎も取り上げている。しかし著者はこの2人の説は残念ながらは間違いである、と一刀両断。
司馬遼太郎は、ポルトガルを訪ねた際、エンリケが建てたという伝説の世界初の航海学校はあったに違いないと記しているが、それは伝説にすぎなかった。でも伝説が必要だった事も書かれている。
和辻哲郎は『鎖国』の中でエンリケを取り上げ、日本が太平洋戦争に負けたのはエンリケ航海王子のような精神がなかったからだと主張してるらしいのだが、残念ながら「エンリケは中世的なものに抗ったのではなく、ただひたすら中世的なるものを追い求めた末に「大航海時代」という「近代」の扉のひとつを開いたのであった。」(本文182ページより)と著者はこれも一刀両断。和辻が主張する「エンリケの精神」とは全く反対の精神が近代化を導いた事を指摘している。
さて、トルデシリャス条約とサラゴサ条約条約を巡る資料。これも英文を探さないとだめなのだろうか?ご存知の方がいればご教示ください。