やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

カール・シュミット『陸と海と 世界史的一考察』(3)

カール・シュミット『陸と海と 世界史的一考察』の目次11−20を下記にまとめる。

アレキサンダー大王とローマの植民地拡大はヨーロッパの空間革命を進めたが、ローマ帝国崩壊後はヨーロッパの空間の暗黒化と陸国化が何世紀も続く。その中で北部・中部イタリアの新都市に新しい神学とローマ法の復活が法学者を生み出した。

そして16、17世紀にはアメリカの発見と世界一周航海が行われる。コロンブス以前にアメリカ・インディアンがアメリカに来たにも拘らず、アメリカはコロンブスに「発見」され前地球的な空間革命となった、とシュミットは議論する。即ち、アメリカ・インディアンのアメリカへの植民は空間革命ではない、ということであろう。ここら辺はあくまでもヨーロッパ中心の視点である。そしてこのことが「ヨーロッパ人の合理的な優越」「ヨーロッパ的精神」「西欧的合理主義」を前面に現す結果となり、新しい国家、艦隊、軍隊、機械を発明し世界の諸民族を支配するに至ったのである。

ここで「ノモス」が出て来る。

ノモスはギリシア語を来ており、取得・占領、分割・分配、生産・消費の3つの意味を持つ。

このノモスの概念は「開化されていない民族にヨーロッパ文明を広めるという命令」に変わり、「このような自己正当化からキリスト教・ヨーロッパ的な国際法、すなわちヨーロッパ以外の全世界に対峙するヨーロッパ・キリスト教民族の共同体が生まれた。」(p. 82-83) とシュミットは主張する。ここは国際法イコールヨーロッパ共同体と解釈して良いのであろう。

当初はローマ教皇によって(トリデシリャス条約条約とサラゴサ条約)世界をスペインとポルトガルに二分したが宗教改革によってプロテスタントローマ教皇の権威を公然と否定するようになり、この2極支配が崩れる。宗教対立は海と陸の対立でもあったが、この頃のドイツは国内に両宗教を抱え、ヨーロッパ諸国の新世界の占領、即ち植民地拡大から取り残されていた。他方「救霊予定説」という自分こそが神に選ばれし者、というエリート自己意識を信じる「政治的なカルヴィニズムと爆発するヨーロッパの海洋エネルギーとを結びつける世界史的な兄弟関係に気づく。」(p. 97) 即ち宗教戦争や神学論の背景に大陸から海洋への世界史的移行が根源的力の対立としてある、とシュミットは主張する。

海洋が自由であるということは海洋はどの国も属していないか、すべての国に属しているかだが、結局はイギリスのみに属することとなった、とシュミットは書く。これは即ち自由が寡占状態を形成するという意味ではないだろうか?

さらに、シュミットは陸戦と海戦の違いが国際法秩序に2つの世界を与えたと説く。英国の海の支配が世界帝国、即ちリヴァイサンの支配として、経済学者、法律家、哲学者がこれを支える体系を作り出したのである。

島であるイギリスが世界で一人リヴァイサンとなりえたのは、イギリスが一隻の船に、もしくは一匹の魚に、国際法的には「漂流体国家領域」になったからである。イギリスはさらに産業革命の結果海洋国と同時に機械国となり世界支配を決定的なものとした。

他方、アメリカの提督マハンは米英による海の支配を提案する。しかしそれは16、17世紀にあった冒険心に富む水夫魂とカルヴァンの貯定説のエネルギーはなく、「地政学的に安全を求める保守的な欲求に発するもの」であった、とシュミットは分析する。

空間革命は新たな段階を常に迎え、大地と海洋の次には、空気、火が現れるであろうことをシュミットは予想するが詳述を避ける。ここでシュミットの言う空気は飛行機だが、現在は衛星通信やサイバー空間が当てはまるであろう。そして「火」とは核エネルギーのことであろう。80年代まで生きたシュミットは核戦争と原子力エネルギーをどのように観察したのであろうか?

これらの新しいノモス、空間革命には正しい尺度と意義深い調和が形成されるのである、と結ぶんでいる。これは新たな国際法のことであろう。

シュミットがこの本を書いた1942年には既にヨーロッパ以外の国家主体が数多く誕生していたはずだ。それでもシュミットはヨーロッパ中心的な国際法思想史しかここでは議論していない。冒頭にシュミットの「われわれ」から外された海洋民族ポリネシアが独立するのは60年代に入ってからだが、南米には第一次世界大戦以降、既に多くの国家主体があったはずだ。

シュミットの『大地のノモス』にこれら小国誕生のきっかけとなった国際連盟のことが批判的に書かれているので次はそれをまとめたい。