やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

バヌアツのタックスヘブン

バヌアツのサイクロン災害情報、このブログを薗浦外務大臣政務官も、参院外交防衛委員会委員長である片山議員も読んでいただいているようで、(勿論ご本人ではなく秘書の方なんだと思いますが)災害支援と全く無関係とも言えないバヌアツのタックスヘブンの件を簡単に振れておきたい。

バヌアツと言えば、タックスヘブン。

タックスヘブンの太平洋での元祖。

この件は外務省はそれほど把握していないかもしれないが、IMF等が詳細を押さえているはずなので財務省が把握しているのではなかろうか?

<バヌアツの独立の裏にタックスヘブンあり>

英仏の共同統治が1世紀近く続いたバヌアツ(旧名ニューへブリデス)で独立の動きが顕在化したのが1971年。英国政府がタックスヘブンを導入したのも1971年。

この独立運動を牽引したのが、ペンタコスト島出身のウォルター•リニ初代首相だ。この共同統治の結果、英仏の2つの教育システムがある、と以前書いたが、リニ牧師はアングロフォン。独立を反対するフランスとは逆に、英国はタックスヘブンを導入する事で独立を進めようとした。

リニ牧師の独立運動とタックスヘブンを結びつける論文はまだ見ていないが、この2つがつながっている事はほぼ間違いない。

<ブレトンウッズ体制とタックスヘブン>

このタックスヘブン、英国「政府」が導入した、と聞いていたが、政府に入るべき税金が減るのである。なぜ英国政府が押し進めたのか、ずっと疑問だった。

バヌアツのタックスヘブンを研究するGreg Rawling 博士の下記の論文を読んで理解できた。

ドルを基軸通貨とするブレトンウッズ体制下。米国の支配を逃れたい、ソ連、中国のお金が大量に英国に流れたのである。そしてこの巨大な資金運用をするために、英国政府は旧植民地にタックスヘブンを次々と作っていった。実際はもっと入り組んだ話ですが、多分そういう事だと思います。

Rawlings, Gregory (2004) “Laws, Liquidity and Eurobonds: The Making of the Vanuatu Tax Haven.” In The Journal of Pacific History, Vol. 39, No.3: 325-341.

<バヌアツのインフラ整備とタックスヘブン>

英仏政府が植民地支配してきたバヌアツ。

ヨーロッパ本国はほとんど地域の開発に手を差し伸べていなかった。よって通信等のインフラが改善されたのが、米軍がWWIIの際基地を設置した時と、1971年のタックスヘブンが紹介された2回だけ。

1971年前後には港湾、住宅、通信等のインフラが次々と改善された。

タックスヘブンを目指してやってくる欧米の金融関係者のためだ。バヌアツの人々のためではない。しかも、欧米人が経済活動をする中心地ヴィラのあるエファテ島とサント島だけで、離島はほとんど放っておかれたまま。

<独立に反対するフランス人植民者>

バヌアツの多くの土地が未だ、フランス人に所有されている。

英仏統治時代もフランス人の土地所有率は高かったようだ。そんなフランス人は強行にバヌアツの独立を反対した。仏軍が米国の不動産屋にしてリバタリアンのフェニックス財団と手を組んで、武器を秘密裏に持ち込み、バヌアツ人同士の殺し合いまでせたのだ。(これも入り組んだ話だがリニ首相の自伝に詳しい)

英国はそのフランスに独立を認めさせるために、所得税をなしとした。今でもバヌアツには所得税がない。その分タックスヘブンからの収益で補おうという事だ。これが英国政府がタックスヘブンをバヌアツに導入しようとしたもう一つの理由。

<世界のタックスヘブンに>

今年独立35周年を迎えるバヌアツの歴史は、このタックスヘブンの歴史であるという見方もできるであろう。タックスヘブンのために、銀行は山ほどできて、法律事務所も山ほどあり、世界のお金持ち、小金持が集まる場所となった。

陰の部分もある。1988年、笹川平和財団が開催した太平洋島嶼会議参加した、セシー•レゲンバヌ大臣は(現在ご子息が国土大臣)その自伝の中で、80年に独立を果たしたバヌアツのリーダー達が次々に汚職に手を染めていった事を嘆いている。

タックスヘブンはバヌアツの独立を支えたと同時に、世界から集まる魔の手に導かれ政府の汚職体質も醸成してしまった、という事ではなかろうか。

<今またタックスヘブン>

こんなタックスヘブンのバヌアツに新たな魔の手がここ数年延びていた。

一つは、鉱山産業で潤っていた(もう過去形?)豪州のお金持ち達。

鉱山会社では大卒初任給が一千万円だそうだ。

唸るお金の回しどころをバヌアツに定めた。ある程度の小金持ちになれば諸経費を払ってでもバヌアツにペーパーカンパニーや、土地、家を持っていた方が得なようである。昨年バヌアツにはいかにも成金とわかる趣味の悪いオーストラリア人がヴィラや高級リゾートを跋扈していた。

豪州がバヌアツの災害復興に躍起になる理由は自分たちの利益に直結している、という点も見逃してはならない。政府の年金運用もバヌアツでやっている、と聞く。

加えてこのブログで取り上げるチャイナマネー。主に中国官僚の汚職マネーの逃避場所ともなっている。数年前バヌアツを訪ねた際は、タイのタクシン氏が逃避先亡命先として検討するためバヌアツを訪問中であった。

この豪中の唸るお金、逃げたいお金が、バヌアツのバブル、インフラ整備を後押ししている。

<バヌアツの土地問題>

独立で奪い返した土地を今度は自ら欧米人に売り渡し(正確には75年リース)、分譲販売で土地が切り刻まれている。お金を得た現在の持ち主はよいが、次世代以降はどうなるのか。土地を売って得たお金は高級車購入に当てられ、財産を使い果たした後に戻る土地はもうない、という社会問題も実際に発生している。

この土地開発をなんとか阻止しようと活動しているのがレゲンバヌ国土大臣だ。市場自由化を進める世銀とも応戦している様子が下記の公開討論会で確認できる。

Praxis Discussion Series: Pacific Futures

<日豪協力の意味>

タックスヘブンなくしてバヌアツの独立はなかった。

しかし、タックスヘブンがさまざまな災いをバヌアツにもたらしているのも事実だ。

サイクロン災害支援を日豪で、と当方が主張するのは、豪州こそがバヌアツのタックスヘブンを利用してきたから、また現在もしているからである。

即ち、同国の裏の裏まで押さえている、豪州との協力は必須なのである。

バヌアツ政府の許可なしに豪州法執行機関が立ち入り検査をする事もまれではない、と聞く。

これを黙って見るバヌアツ政府、若しくは世論、そして国際社会が、バヌアツの政治経済体制の問題の深さを語っている。