やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

「国家管轄外の海洋生物多様性に関する新協定」兼原敦子著、日本海洋政策学会誌

兼原敦子著「国家管轄外の海洋生物多様性に関する新協定」(日本海洋政策学会誌、第6号、2016)

 

BBNJに関する論理的考察。難しいです!数日かけて読み込みましたがよくわかりませんでした。

 

BBNJ、現在国連で議論されている新しい海洋管理の枠組み。その理論的意味は?

グロチウスの海洋の自由が、特に公海が、UNLCOSや関連の国際法によって人類共通の財産、利益として位置づけられて、過去40年近く規制され管理されてきた。UNCLOSは何を規制してきたか、その限界はなんであったのか?が議論され、BBNJという新たな「実施協定」の意味を、公海におけるさらなる論理展開の可能性を浮き彫りにしている論文、だと思う。

 

その新たな論理とは、現在の「事項別規制」から「事項横断的」且つ「統合的規制」に。そして既存の共通価値観に加え「国家管轄圏外の海洋生物多様性の保存と持続的利用」である、という。

ここら辺はイメージが掴めないが、具体的議論を追って行けばわかるかもしれない。

 

 

この論文の中で旗国主義と非旗国主義の議論があり、実際には非旗国主義で海洋管理協力が進んでいる事が議論されている。便宜置籍船が多い太平洋島嶼国のケースはどうなのであろうか?と少し疑問に思った。

即ち、船を所有し運営する、管理、規制がしっかりしている先進国はさまざまな経費削減のため便宜置籍船という仕組みを利用して小国の旗で運営している。これは公海ではなく沿岸の例だが、メキシコ湾の重油流出事故の船はマーシャル諸島の旗であった。当然ながら旗を貸しているだけのマーシャル諸島政府は何の責任も取れない。旗国主義が機能しない、という事ではないか?この事故が米国であったから米国政府が対応できたが、もしどこかの途上国であればどうなったか?

地球規模の無責任な海洋管理体制も現在の管理規制体制は作り出しているのではないだろうか?

 

また本田悠介氏 のペーパーにあった南北格差への不満がBBNJの背景にあるのであれば、UNCLOS はこれにどのように対応しようとし、結果がどうなっているのかの議論も重要なのでは?

漁業に関しては格差は広まる一方、なのであろう。

 

 

 

兼原先生の論文に出て来る公海における「人類共通の財産」「人類共通の関心事」という記述を見る度にその「人類」は誰かを想像してしまう。BBNJの議論に活発に参加するような人々がどこに属し、どのような利益を代表するのか?彼らに共通性があるのか?あればどこにあるか。思いを巡らさざるを得ない。