やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

松井芳郎教授の自決権の議論

2つ目の博士論文のテーマは「国際的海洋ガバナンスにおける太平洋島嶼国の役割—BBNJの協議を巡る太平洋島嶼国の海洋政策」である。

笹川平和財団の寺島さんとBBNJに日本一詳しいであろうH君からBBNJなんか論文にならない、と言われてしまったが、この二人は博論書いた経験ないし、なにより指導教官の坂元教授のご提案なのである。二対一でも指導教官が正しいのである。

実は私も一瞬戸惑ったが、現在進行形で議論されている事項を追って行くのは面白い。臨場感がある。

 

博論の理論枠組みで、坂元教授から「3年間で扱える内容ではない。止めておけ」とアドバイスいただいている件がある。

「自決権」の理論的枠組みだ。

太平洋島嶼国を30年近く見て来ると、そして一つ目の博論で気になりながら全く議論できなかった点でもあるのだが、人口数万から数十万という小島嶼が主権国家として存在すること、その限界だ。

 

 

30年近く前の20代の私は、独立は、自立は良い事だ、素晴らしいことだ、と考えていた。

下記の笹川太平洋島嶼国基金の設立経緯の文章を書いたのは自分である。その後、「自立」は「自律」ではないか、と自問自答した事も覚えている。

「長年の植民地支配から独立を果たしながらも援助に依存している島嶼国は、今自立への道を模索しています。」

https://www.spf.org/spinf/spinf_j/profile/

 

この独立、自立を理論的に支えているのが「自決権」。

今までE・H・Carrの「平和の条件」(1942)にあるcrisis of self-deteminationの議論と、Antonio Cassese博士の"Self-Determination of People - A Legal Reappraisal" (1995)や数本のペーパーや報告書を見て来た。

日本語の論文を探したところまずは下記の「松井芳郎教授 オーラルヒストリー」を見つけた。

 

「松井芳郎教授 オーラルヒストリー」

立命館法学 2010 年 5・6 号(333・334号)

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/10-56/matsui.pdf

 

松井先生は自決権研究の第一人者なのである。(p. 1871)

松井先生の大学院でのご研究は1962年に採択された「天然資源に関する永久的主権」。この決議も海洋法条約に繋がってくるのだ。そしてこの宣言が生まれた背景にあるのが1960年に採択された「独立付与宣言」。松井教授はこの「独立付与宣言」こそが自決権が国際法として確立した時であると、『現在の国際関係と自決権』(松井芳郎著、1981年、新日本出版社)で議論している。(同書32頁)

よって、自決権の議論と太平洋島嶼国の独立、そして海洋法条約はつながっているのではないだろうか?

 

すなわち,1960年の「独立付与宣言」で政治的独立が可能になったが、経済的独立を果たすために1962年の「天然資源に関する永久的主権」、1974年「新国際経済秩序樹立に関する宣言」「諸国家の経済的権利義務憲章」と、独立国家の主権的権利として経済的自決権が主張されて来たのである。この流れの中で、即ち政治的自決権と経済的自決権、それに伴う脱植民地化と主権国家の枠組みの中で、1967年のパルド大使の演説、そして海洋法条約の議論を捉える必要があるのではないか?

ソビエト崩壊を見て来た松井教授は、アジア・アフリカの新興国の問題も認識されていた。即ち国家主権と自決権の問題点を指摘されている。「松井芳郎教授 オーラルヒストリー」には興味深い松井教授のコメントがある。長いが引用する。

 「自決権を考える時には国家の枠を考えざるをえなかったのですが,古典的なスターリン主義的な発想というか,国家の考え方が理念的にすぎました。社会主義が真の民主主義を実現するとか,アジア,アフリカの民族解放を通じて,民族民主国家が実現するとか,自決権を通じて民主主義国家ができるんだと,現実にこれらの国がどうなっているかをあまり検討せずに考えていた。本当のマルクス主義というよりは,現実社会主義のプリズムを通じて見たマルクス主義で,国家像の理解が教条主義的でした。それが現実の動きを見ると,実はそうでなかったのではないか。そういうところをもう少し批判的に見る必要があるのではないか。」(1876ー1877頁)

 

即ち自決権=主権国家、という理論に問題があった、という事ではないであろうか?この事を松井教授が議論されたという論文「『ソビエト国際法』の終焉」も読んで見た。カッセーゼ博士の議論が出てくる。即ちレーニンの自決権論を手放しで評価する立場ではない。

ここら辺の議論はソ連の事、レーニンの議論がわかってないと理解できなそうなのだ。

 

えっ! レーニンの自決権も勉強せねばならいないのだろうか?やっぱり指導教官のアドバイスに従った方が。。。

 

 

<今回読んだ資料>

松井芳郎、「『ソビエト国際法』の終焉」名古屋大学法政論集 / 名古屋大学大学院法学研究科、157号 p21~65

松井芳郎、『現在の国際関係と自決権』1981年、新日本出版社

松井芳郎, 薬師寺公夫, 徳川信治 他「松井芳郎教授 オーラルヒストリー」、立命館法学 2010 年 5・6 号(333・334号)

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/10-56/matsui.pdf

 

 

<これから読みたい資料。レーニンもがく〜(落胆した顔)

松井芳郎「天然の富と資源に対する永久的主権(一)(二)」『法学論叢』79 巻 3 号(1966)35–71 頁及び同 4 号(1966)45–68 頁

 

長谷川正安、『民族の基本的権利』

 

1913 The Cadets and “The Right of Nations to Self-Determination”

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1913/dec/11.htm

 

1913 National-Liberalism and the Right of Nations to Self-Determination

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1913/dec/20.htm

 

1913 Novoye Vremya and Rech on the Right of Nations to Self-Determination

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1913/dec/25.htm

 

1914 The Right of Nations to Self-Determination

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1914/self-det/index.htm

 

1915 German Social-Democracy and the Right of Nations to Self-Determination

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1915/jan/00.htm

 

1915 The Revolutionary Proletariat and the Right of Nations to Self-Determination

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1915/oct/16.htm

 

1916 The Discussion On Self-Determination Summed Up

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1916/jul/x01.htm

 

1916 Note to the Theses “Socialist Revolution and the Right of Nations to Self-Determination”

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1916/feb/00.htm

 

1916 The Socialist Revolution and the Right of Nations to Self-Determination

https://www.marxists.org/archive/lenin/works/1916/jan/x01.htm