やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

「李承晩ラインの違法性」- 小田滋『海洋の国際法構造』より

引き続き、 小田滋『海洋の国際法構造』(有信堂、1956)を読んでいる。第2章領海制度の構造の2つ目の論文は「李承晩ラインの違法性」だ。竹島問題にも連なる話である。

一番興味深かったのが一方的公海への拡大を、韓国だけでなく、ラテン・アメリカ諸国も主張しており、それがトルーマン宣言の誤認に基づいている、と言う箇所だ。ここはなんだか現在国連行われているBBNJの議論にも似ていて、日本外務省の長沼前交渉官が指摘したように「BBNJは間違ったプレゼンテーションで始まった」と言う話に似ているようにも思えた。

現在の200海里の制度が、ラテン・アメリカ諸国やアフリカ沿岸国の資源イデオロギーを背景にしていると言うのは山本草二先生の『海洋法』にあったが、まさか李承晩ラインも繋がっているとは。

最初に同論文は事実確認として、韓国官憲による日本漁船の拿捕の詳細が報告されている。1952年の李宣言以前にも1947年から1951年まで97隻が拿捕され、1099名の漁師が抑留された。この内3名が亡くなったが船員は帰国し、漁船も返還された。

それが李宣言以降の4年間で121隻が拿捕され、1670名が追跡された。そして107隻、691名が帰還しないままであったと言う。これに対し小田論文では「日本政府の態度は揺るぎないものであった」(p. 53) と書いているが、私が知る国会議会議事録では、国会議員が強く外務省を批判している。

 

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小高委員 ただいまの御答弁によりますと、それでは蹂躙されて手を上げつぱなしで処置ないではないか。何のために完全独立したか、何のために本日まで苦しんだか、わが国の領土ではないか、それがはつきりしておるではないか、こういうことになりますと、これでは資源の確保いずこにありやということになりますので、私はただいまの御答弁を了承するわけには行きません。それほど遠慮しなければならない義理合いがどこにあるか、義理合いの根拠をさらに御答弁願いたい。(第16回国会衆議院 水産委員会 第19号より)

 

次に同論文は李宣言をめぐる日本と韓国のやりとりが書かれているが韓国側からの文書で「漁業独占のための海洋分割こそが、この李宣言の意図するところのものであったと結論せざるを得ない」と結んでいる。

この論文が書かれた1956年頃は、まだ公海自由の原則の下、国際法学者も排他的所有権や排他的管轄権または主権を認めていず(p.60) トルーマン宣言も米国内で一貫した態度はなかったものの他国(具体的にはカナダ)を考慮し管轄権拡張は否定していたのだ。さらにトルーマン宣言は海洋資源に関しては他国と共同で保護処置を取ると言う、どちらかと言うと現在の地域漁業管理組織のようなアイデアであり「それ自体なんら新しい権利の設定を意図したものではない」(p. 65)という。

それよりもラテン・アメリカ諸国がトルーマン宣言を漁業独占権を主張するものと誤解し、チリの1947年6月の大統領宣言に始まりペルー、エル・サルヴァドルが続いて200マイルの独占的管轄権行使を主張し始め外国漁船拿捕もされた。(p. 66-67)

これらラテン・アメリカ諸国に対し米国、イギリス、フランスが抗議をしている。

 

1950年代、200海里の主張は国際法上も実定法上違法であるばかりでなく政策的にも望ましくないとされていたのだ。それが一体どのような背景で逆転したのであろうか?