やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

シュタイン、マルクス・エンゲルスと迎える御代がわり(6)

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『平等原理と社会主義

 まずは『平等原理と社会主義』を取り上げたい。ここにマルクスが「共産主義者宣言」で書いた「妖怪」という表記が出てくる。今回時間がなく読めなかったので以前の読書メモを中心にまとめた。なお後述するSiclovanの博士論文でマルクスがこのシュタインの本を読んでいる事が確認できる。

 

 訳者が『平等原理と社会主義』とタイトルを変更したが本当は『平等原理と共産主義』。フランス革命の前後を書かれており次の4部に別れている。

第一部 平等の原理(1848年の再版本では「社会とプロレタリアート」に変更されている)

第二部 社会主義者

第三部 並列する著述家

第四分 共産主義

 

 マルクスの「共産主義宣言」(1848)でコピーされたという箇所は第一部の3頁目に現れる。

 

「この両者(フーリエ主義とサン=シモン主義)と並んで、共産主義という不気味で恐るべき幽霊が現れて来る。共産主義の実現など誰も信じようとはしないが、しかし誰もがその存在を認めて恐れている。これらの現象はすべて正気でない頭脳の偶然的な産物にすぎず、自分たちの前に立ちはだかっている課題の大きさが、そのために発揮しなければならない小さな能力を狂わせてしまったのだ、などと主張できるであろうか。否、これらの現象は自らに生命を付与する要素を内包している。こうした現象を産み出した結果の背後に、しかも社会主義と共産主義を呼び起こした欲求そのものの背後に、この現象を現代フランスの最もな内的な核心と結びつける接点が隠されている。」

 

  シュタイン詣に来た、伊藤博文を始めとする日本人に、自国の歴史、文化を尊重せよ、と主張したシュタインは、ドイツの隣国フランスが,同じゲルマンでありながらどのように違うのかを分析している。

 プロレタリアトがどのように誕生したのか? (プロレタリアトの語源 proletarius=produce offspring ラテン語のproles=子供。ローマ時代の財産がない階級)ルイ14世の頃、パリには4万人もの貧民がいたがプロレタリアトは存在しなかった。革命前、フランスには3つの身分しかなかった。貴族、聖職者、第三身分。突然パリの人々が立ち上がり、国王を襲撃。プロレタリアトの身分を理解し、認識したのである、彼らがロベスピエールを支持し、シュタインは書いていないが、ルイ17世を残虐な手段で死に至らしめたのである。(以上20頁あたりの記述。)

 なぜフランスでこのような事が起ったのか。シュタインはフランスには「国家」Staat という言葉がなく、「社会」ソシエテしかない、と言う。さらにルイ14世が「朕は国家なり」と言った事で、国王の人格と同一視された国家についての哲学的研究が消えてしまったと書く。(4849頁)さらに、英国やドイツに比べ「宗教」と国家が離れてしまったため、革命後の秩序が回復できなかった。シュタインが、教えを請いに来た日本人に日本の歴史文化を基盤にした国家を形成せよ、と言ったのはここら辺に理由があるのではないだろうか?

 ルソーをシュタイン博士は批判している。共産主義のアイデアの起源の一つはルソーなのだ。以下、『平等原理と社会主義』から書き出す。

「本来ルソーの『社会契約論』の本質的帰結は、彼がその中で平等の理念を国法および社会の基礎として承認したことではない。−中略− ルソーの与えたもっとも重要な影響は、この原理から外れた実際の状況をすべて、たんなる強者の権利に基づくものとしたことにある。−中略− ここには『社会契約論』と革命とを密接に結びつける絆がある。−中略− 国民は、暴力それ自体を正当化する根拠を持とうとする。この根拠はまさに国民にあっては、自分たちが攻撃している事態は暴力の基づくものであるから、自分たちは暴力には暴力を、平等には平等を対置するだけだ、という思想の中に現れている。−中略− かくして『社会契約論』がフランス国民にとって、「だから力は権力を産み出さないことを認めよう」という、うさん臭い命題に集約されたことは、おそらく否定できないことであろう。」 P55-56

 この後、シュタインは、平等に関する精神的なものと法的なものがフランス国民に理解されず、この矛盾を抱えたまま、そしてその矛盾を否定することが革命へと進ませた、と議論を展開している。この箇所も興味深い。

 もう一カ所、ロベスピエールを引いて、ルソーを痛烈に批判している箇所がある。88ー89頁

「たいへん熱しやすい心をもち、革命への勇気を呼び起こした火花、即ちルソーは、つぎのように語る。」と『社会契約論』の第一篇第38章が紹介される。ここは省略しシュタインの分析を引用しておく。

「もっとも貧しい国民大衆を考えてみたまえ。彼らは、最初はロベスピエールのもとで現実的な支配をかちえていたが、彼らの手中から国家の支配がすべり落ちてしまい、ルソーがあのように厳しい有罪判決を下した富と貧富とが、いまや自分たちのもとに生じたことに気づいたのである。」そして平等原理が共産主義を導いたことが、ルソーだけでなく他の論者の議論も引用して、さらに分析されるのである。

 シュタインのルソー批判が453頁にもある。共産主義は富の平等だけでなく、精神の平等も求めた。それは科学も、知的生活もない、教育である。シュタイン博士は「身の毛もよだつ作り話だ」と北アメリカの平等教育について書いている。

「結び」の、最後の文章を引用しておく。

「従来国家が社会を形成し、これを制約して来たが、これに対して、フランスにおけるこんにちの社会運動は、あらゆる現象の中で、自らは無自覚のまま、いまや社会の概念とその実際の生活を通じて国家を形成し、制約しようとの試みをふくんでいる、と。」p. 547-548 

 この最後の「結び」の3頁には自由主義と平等原理も書かれていて、自由とは何かを理解しないまま、平等原理と共産主義が議論されていることを批判している。

 エドモンド・バークもルソーを批判している。ヒュームの証言を引用して書かれている。

「ヒューム氏によれば、ルソーは物を書く上で、こんなポリシーを持っていた。一般大衆を驚かせ、注目を浴びるためには、非日常的な夢を売り物にしなければならない。しかしエキゾチックな神話などは時代遅れとなって久しく、巨人、魔法使い、妖精、伝説の英雄といった類にしても、とうにリアリアリティを失っている。」

そしてバークは次にように続ける。

「かりにルソーがいまも生きていたら、自分の弟子に当たる連中が夢と現実をごっちゃにしたあげく、世の中を引っかきまわしていることにショックを受けるに違いない。」