やしの実通信 by Dr Rieko Hayakawa

太平洋を渡り歩いて35年。島と海を国際政治、開発、海洋法の視点で見ていきます。

ダブ・ローネン『自決権とは何か』ナショナリズムからエスニック紛争へ(7)

第二章 5つの政治的表現 ー 民族・階級・少数民族・人種・エスニック ー

の最後の3つの節。これが一番ローネンが議論したい箇所なのであろう。ローネンはホロコーストを生き残り、キブツで暮らし、その後アフリカに入っている。どこかに彼のより詳細な経歴があるかもしれないが、アフリカ地域研究者でもあるようだ。だから最後の3節は具体性を持って読めるし、どこの節よりも彼の情熱、が伝わってくる。

 

5節 非植民地化 ー アフリカ自治の追求 [人種の自決]

6節 エスニックの要因

7節 エスニックの自決

 アフリカの事を私は何も知らない。そこには2つの政治的動きがあったという。一つがパン・アフリカ主義、もう一つが非植民地化。前者は白人優越性からの解放。そして大西洋憲章を持って自決が人権の一つとして認められアジア・アフリカの非植民地化が進んだ。(ローネンは1960年の国連決議は触れていない。なぜ?)。重要なのはアフリカに民族アイデンティティは存在せずmエスニックの構成と無関係な植民地時代の境界を受け継いだ。(これは太平洋島嶼国のメラネシア地域も当てはまる)

 ローネンは各所で自分の議論の目的を確認している。それだけ自決権の議論は広大なのだ。これは私も気をつけたい。ローネンが目的としているのはエスニシティと自決権の関係、だそうだ。

 さらにローネンは非植民地化の理論を議論している。すなわち植民者だったヨーロッパ人を「彼ら」と認識する事で始めて「われわれ」というアイデンティティが生まれ、分離していきたい、即ち自決、独立の動きになる、と。

 ローネンの興味深い主張がある。「自決を感じる目がなければ、自決は存在しないのではないか」。地球外から来た支配者に対し、人類は自決を感じるであろう。より詳しく議論されているが、それは抑圧され、搾取され、差別され不満を持っている「われわれ」と、それをしている「彼ら」の存在が必要なのだ。

 エスニックの自決は潜在的に分裂を促し、暴力的で日和見主義的であり、それは現代の新たな政治的動きである事を指摘。

 ここでローネンが議論していない、天然資源とエスニシティの関係が気になる。分離独立するには資源が必要であるという議論が政治的独立と平行して国連でされて行くのだ。そして国際法になっていく。

 

 第三章は基本への回帰 という論理的内容。4、5章はケーススタディである。